455. アレクシェービッチ氏の怒り

2022年3月19日

(NHKニュースからの抜粋です)

ベラルーシの作家、アレクシェービッチ氏はウクライナ人の母とベラルーシ人の父のもと、ウクライナで生まれ育ちました。代表作に第二次世界大戦に従軍した女性たちの証言をまとめた「戦争は女の顔をしていない」のほか、「ボタン穴から見た戦争」「アフガン帰還兵の証言」など、国家に翻弄されてきた旧ソビエト諸国に暮らす人々の感情や記憶を聞き取り、著述したほか、2015年にはチェルノブイリ原発事故の被害者を取り上げた作品「チェルノブイリの祈り」などが高く評価され、ノーベル文学賞を受賞しました。

(以下、NHK記者からの質問への答え)

アレクシェービッチ氏

「誰も想像できませんでした。手に負えないナショナリズムが、ファシズムへとゆっくりと堕落していくようなものが、ロシアからやってくるとは」

アレクシェービッチ氏

「ほとんど眠れません。子どもの頃はずっとウクライナで過ごしました。そして夏になるたびに、おばあちゃんのところへ行っていました。今は私たちの村もおそらく爆撃されていると思います。私の親戚は今でもそこにいます。とにかく全く考えられないことです。自国(ベラルーシ)の政権のせいで、自分たちのことを侵略者の仲間だと感じ、なおさらつらいです。本当につらい。自分がベラルーシ人だと言うことを恥ずかしく思うのは初めてです」

アレクシェービッチ氏

「私は『なぜ黙っているのですか』と言わずにはいられませんでした。恐ろしいことはソビエトの時代が残っていることです。それは作りの悪い家や道路だけではなく、堕落した知識人が残るのです」

アレクシェービッチ氏

「90年代の変革について、市民は何が起きているのかほとんど理解できていませんでした。その後貧困が始まった時、すべてはゴルバチョフ(元大統領)や民主主義者のせいだと思うに至ったのです。プーチンはそのことを考慮に入れ巨額の資金をプロパガンダに投じました。そして多くの人々が彼を支持するようになりました。私たちが取り組まないといけないのは、この過半数を占めるプーチンの支持者と向き合うことであり、話をしないといけないのです。制裁が始まり、ロシアは大きな試練に遭うことになります。すでにルーブルは下落していますし、おそらく貧困が待ち受けているでしょう」

アレクシェービッチ氏

「ソビエト崩壊後、真の民主主義国家を作ったけれど、発展した経済もないし、家も道路も無い。足りないものばかり。それは西側のせいでしょうか。西側が私たちの代わりにすべてを作るべきだったのでしょうか。70年余り、ソビエト時代の思想の下で暮らし、その思想に何百万人もの人々を放り込み、残ったのは集団墓地と血の海だけだったとしたら、そんなにすぐに変わることはできません。どこからか美しい家やすばらしい思想や立派な工場を持ってくることなどできません。それは無理です。そのためには時間かけて準備し、真剣に取り組まなければなりません。強い艦隊や新型の爆撃機、それに新型の戦車などを使うのは、最も原始的で時代遅れなやり方です。つまり、彼は未来へと進めなかった人間なのです。彼が私たちを連れて行こうとする先は彼が理解できる場所、つまり過去なのです」

アレクシェービッチ氏

「彼は偉大なロシアを復活させたいのです。彼にはそうでないほかの世界など考えられないのでしょう。ロシアは、偉大なソビエト連邦が崩壊した時に感じた屈辱に耐えることができなかった」

アレクシェービッチ氏

「ウクライナが勝てば、プーチンはロシア国内で大きな問題を抱えることになるでしょう。そうなればもちろん、ルカシェンコも同じことになります。ウクライナの人々は今、自分たちの未来のために戦っているだけでなく、ヨーロッパのため、ウクライナの周辺の国々の民主主義のためにも戦っているのだと言うことができます。ですから、多くのベラルーシ人がプーチンと戦うために、それをなんと呼べばいいか…外国の土地へ向かいました。ウクライナ軍の部隊には多くのベラルーシ人がいます。なぜなら、ウクライナこそが未来への道を切り開いてくれると、皆が理解しているからです」

アレクシェービッチ氏

「私たちははっきりと自覚しないといけないのは、もし皆で団結しなければ、私たちはせん滅させられてしまうということです。今、プーチンの暴挙を前にして、皆が団結しています。闇はあらゆる所、あらゆる方角から迫ってきますが、どの国にも明るい側にいる人がいて、対抗しようとしているのです。私は自分がやるべきことをやるだけです。ただ座って「戦争と平和」を書いているわけではありません。何が起きているかを理解しようと努めています。人々の話を聴き、それについて書こうとしています。何が人を人でなくすか、何が人を人たらしめるかを。自分のすべき小さなことをやるべきです。私にとってとても大事なことばがあります。『誰もあなたに耳を傾けようとしない暗い時代はある。声を上げるのをやめたくなる。しかし声を上げなければ悲しみが生まれる。だから声を上げ続けなければならない』」

454    狂気のプーチン

2022年3月6日

2022年3月4日、ロシアはウクライナにある欧州最大のサポロジエ原発を攻撃した。国際社会は「プーチンは、ここまでやるのか」という大きなショックを受けた。世界は、狂気の支配者に怒りを覚えると共に、大きな恐怖に慄いている。

2007年6月 ドイツのハイリゲンダムで行われたサミット(主要国首脳会議)はロシアも参加するG8サミットとして開催された。サミットの主催者はドイツのメルケル首相だった。ロシアが、このハイリゲンダム・サミットに参加できたのもプーチンの盟友であるメルケル首相がサミットの議長だったこともある。さらに、ドイツはその年、順番制で回ってくるEUの議長国でもあった。この時、私は、日本―EU BRT(ビジネス・ラウンド・テーブル)の一員としてベルリンにいた。このBRTは、日本とEUのFTA(自由貿易協定)の締結を目指す定期的な会合であり、その協議結果を日本の安倍首相とEU議長であるメルケル首相に手渡す使命を携えていた。私は、このBRTには2012年まで8年間参加した。その後、日本・EU. EPAとして成就したことは本当に嬉しい。

この時、G8首脳として西側先進国の仲間入りを果たしたプーチンは満面の笑みを浮かべて首脳会議に臨んでいた。今考えてみれば、この時がプーチンの絶頂期だったのかも知れない。この翌年、2008年に、リーマンショックと共に西側先進国を含めて世界全体が金融大恐慌に陥ったからだ。全世界が100年ぶりの恐慌に陥り、その回復には日本を含めて各国とも多大な犠牲を払い、長い間苦労したわけだが、とりわけロシアは回復不能とも言える大打撃を受けた。

その結果、現在では、ロシアはGDPでは世界12位で韓国とほぼ同じ、一人当たりのGDPでは61位であり、乳幼児や妊産婦の死亡率では世界最貧国と同じレベルにまで没落した。一方、隣国の中国はいち早く世界金融恐慌の嵐から脱却し、むしろ世界経済を牽引し、アメリカと肩を並べるまでの超大国に躍進した。かつてソ連が指導した中国の大躍進と自国ロシアの没落は、誇り高きプーチンにとっては耐えられない現実であり、これこそ欧米先進国の対ロシアへの陰謀だと思ったに違いない。なにしろ、プーチン自身が世界一流の陰謀術を駆使してきたKGB(ソ連国家保安委員会)の末裔だからだ。

日本・EU  BRTの一員として、安倍首相、メルケル首相への提言を提出する儀式に参加した後、首脳たちはハイリゲンダムへと出発した。私は、一日、初めて訪れたベルリンを巡るため日本語が堪能なドイツ人女性にガイドをお願いした。まず、ベルリンで私が見たことを語る前に、この女性のことについて紹介しなくてはならない。

彼女は、東西冷戦時代の東ベルリンに生まれベルリンで最もレベルが高いと言われるフンボルト大学に進学し、日本研究で最優秀の成績を収めた。その褒美として日本への公費留学が認められた。留学先は、当時の東ドイツの首領であるホーネッカー議長と親交が深かった松前重義氏が総長の東海大学だった。日本で自由闊達な大学生活を堪能した彼女は、東ドイツへ帰国した後、元の生活には戻れないと感じ、東ベルリンからの脱出を図る。しかし、単身で脱出すれば同居している両親の身に何が起こるかわからない。

それでも、西ベルリンにいる友人を一時訪問するという名目で彼女は東ベルリンから脱出した。自宅を出る前の晩、両親に打ち明けた時に、両親は「何も心配は要らないから、行っておいで」と喜んで彼女を送り出したという。その後、東西ドイツは統一され、彼女は無事、自由なドイツ市民となったわけだが、彼女のような優秀な人でさえ、元東ドイツ出身者が統合後のドイツで優遇されることはなかった。東ドイツ出身の物理学者のメルケル首相は、むしろ例外的な存在なのだ。それで、得意な日本語を活かすガイドをして生活を支えている。

ベルリンの名所をいくつか見学した後で、彼女は「よかったら、ポツダムへ行ってみない?」と声をかけてくれたので、ベルリン郊外のポツダムへ行くことにした。まず、日本への無条件降伏書を作成したポツダム宮殿へ行った。ソ連は英米連合軍がノルマンディー上陸で苦労している間に、英米より先にドイツへの進撃を進めて首都ベルリンを陥落させた。その際、ベルリン郊外にあるポツダム宮殿は、戦後処理を巡る米英との協議をする場所として無傷のまま接収した。しかし、英国のチャーチル首相は選挙で落選して参加できず、中国とフランスは国土が崩壊してポツダム会談の参加どころではなかった。

結局、連合軍としてポツダムでの首脳会談に出席できたのは、ソ連と米国だけだった。ソ連は事前に宮殿内の随所に盗聴マイクを設置済みで、米国交渉団は筆談で内部打ち合わせをせざるを得なかった。その時点で、ソ連は、既に、このポツダム宮殿から戦後処理問題において米国に対して優位に立っていた。ドイツから原子力とミサイルの研究者を拉致したソ連は、その後、軍拡競争において米国に対して優位に立った。プーチンは、このソ連の戦後処理として最も重要な東ドイツの支配を差配するKGB東ドイツのトップになった。この説明を受けた後に、ポツダム宮殿から少し奥に入った、鬱蒼とした森の中にある、プーチンが支配したKGBのポツダム収容所を訪れた。

よく考えてみれば、冷戦時代とは言え、東ドイツは独立国家である。その東ドイツの政治犯の処置をソ連のKGBが行うこと自体がおかしい。KGBの建物は、鬱蒼として昼なお暗い森の奥にひっそりと建っていた。建物は3つのビルから構成されており、最初のビルはKGBの事務所と東ドイツ政治犯の取り調べ室があったという。次のビルは、政治犯の収容所で、最後の三番目のビルは処刑場と火葬場だったという。つまり、東ドイツの政治体制に反抗する政治犯は、一旦、このKGBの建物に連れてこられたら、二度と、この場からは出ることは出来なかったのだ。

第二次世界大戦の最中には、プーチン一家はレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)に住んでおり、ここはナチスドイツに900日間も包囲され60万人以上の市民が餓死したと言われている。プーチンの兄も餓死し、母親も餓死寸前のところで助かって、戦後にプーチンを産む。プーチンはキエフ市民を、このレニングラード市民と同じ目に遭わせようとしているのだろうか? しかし、キエフのウクライナ人は、プーチン自身が同胞と呼んでいる同じスラブ系民族だし、ウクライナのゼレンスキー大統領はナチスドイツが大虐殺を行ったユダヤ人の子孫である。プーチンの論理は全く支離滅裂である。

KGBの万年中佐と言われていたプーチンが、エリツィン大統領時代の首相に上り詰めるまでに、大した時間はかからなかった。その策略は、現在、現在ロシアの諜報機関が多用している積極的情報工作(アクティブメジャー:フェイクニュース)であった。プーチンは、自身の上司を、このアクティブメジャー(略称:AM)を使って陥れ、KGBのトップにまで上り詰める。そして、現在もロシアは、このAMを多用している。2016年の米国大統領選挙でヒラリーが敗れたのも、ロシアのAMが大きく影響していると言われている。影響力のあるAMを作る秘策は、誰もが知っている真実を8割程度使い、驚くような2割の偽情報を塗して見事なストーリーを作り上げることだという。

さて、このウクライナ戦争は、核で脅しをかけているプーチンに対して欧米はなす手立てがないので、短期的にはプーチンの勝利で終わるだろう。しかし、ベトナムやアフガニスタンのゲリラ戦で米軍が苦労したようにウクライナ兵士の捨て身の抵抗でロシア軍は、おそらく10万人以上の兵士の命を失うことになるかも知れない。これがプーチン政権に致命的な傷跡を残すだろう。また、プーチンの短期的な敗北の一つとして、これまでロシアに対して中立的な立場をとってきたフィンランドとスエーデンをNATO加盟に追いやったことがある。今後、プーチンの生まれ故郷であるサンクトペテルブルグから目と鼻の距離にNATO軍が配備されることになる。

さらに中期的には、ヨーロッパを脱石油・脱天然ガスへとシフトさせることはロシアにとって大きな敗北となる。ヨーロッパは、もはや「脱炭素」より「脱石油・脱天然ガス」の優先順位を上げてくる。こうなると代替エネルギーは石炭か原子力に重点を移すことになるが、既にフランスが始めた原子力への重点戦略は、この度のロシアのサポロジア原発への攻撃で市民の理解が得られなくなるだろう。そして、長期的にみればウクライナ国民は、まともな選挙をすれば、二度と親ロ政権を選択することはないだろう。また、ルカシェンコが率いるベラルーシにしても、同胞へのロシアの仕打ちをじっくり観察しているに違いない。

453     ロシアとウクライナ

2022年2月1日

この数週間、TVニュースでウクライナの話題が出ない日はない。オミクロンによるコロナ禍が大変な時に「ウクライナ、そんなこと俺には関係ないよ」と仰る方もおられるだろう。それでも、北方領土という国境問題を抱える隣国ロシアが、今、どんな状況にあるかを知っておくことにはかなりの意味がある。それで、「プーチンは、どうして、そんなにウクライナに拘るのか?」、あるいは「そもそも強権独裁者のプーチンが、どうして、そんなに長い間ロシアの指導者を続けていられるのか?」という疑問を持たれている方も多いと思う。

それは、今、ロシア国民が置かれている状況を知れば少しは納得がいくかも知れない。2000年にロシア連邦大統領に就任したプーチンは、2007年2月10日にミュンヘンで開催された国防政策国際会議において西側諸国のリーダーを前に1時間14分もの長い演説を行った。これが、アメリカを中心とした一極支配体制にはっきりと反対を表明した「プーチン大統領のミュンヘン演説」として歴史に刻まれることになる。この中でプーチンは「ソ連の終焉は20世紀の最大の地政学的不幸」と述べた。

ソ連の崩壊は1989年のベルリンの壁崩壊から始まるわけだが、15年後の1995年までにロシアでは170万人もの若い人たちが自殺、薬物、アルコール中毒で早世した。この結果、1989年には70歳だったロシアの平均寿命は1995年には64歳まで下がっている。何しろ、ソビエト連邦崩壊後、自国の国境が後退したため2,500万人ものロシア人が突然外国で生活していることに気がついた。ウクライナには現在でも830万人のロシア人が取り残されている。こうした悲劇の結果、2009年ロシア人の15歳の平均余命はバングラディッシュ、東チモール、エリトリア、マダガスカル、ニジェール、イエメンよりも低くなった。中国やインドでは恣意的に男女の産み分けを調整するので圧倒的に男子が多く、そのために結婚できない男性が増加していることが問題視さているが、ロシアでは若い男性が成人前に早世するため女性が結婚相手を見つけられないでいる。

現在、ロシアのGDPは韓国とほぼ同じであり、かつて米国と世界の覇権を争った国とは全く違う国力となっている。しかも、そのGDPの7割近くが石油や天然ガスといった資源産業が占めている。これらの産業は多数の良質な雇用を創出しない。従って、多くの若者は成人してもまともな職を得られないでいる。当然、国民の間で、こうした不満は、常に燻っているわけだが、プーチンは、これはアメリカを筆頭とする西側諸国がソビエト連邦を崩壊させたからだと言っている。この状況を打破するためには、アメリカや西側諸国と対峙することが唯一の道だと国民を煽動している。第二次世界大戦勃発前夜の日本と全く同じである。

ロシアの悲劇は、単に国土の喪失だけに止まらない。かつて、ソ連は、世界一流のワクチン製造大国だった。日本もポリオウイルスが大流行した時には、ソ連製のワクチンで救われた歴史がある。しかし、今回ロシアが開発したコロナワクチン「スプートニク」は、どうも有効性が疑問視されていて殆どのロシア国民が接種を拒んでいる。一方で、ファイザー製ワクチンの基となったドイツ・ビオンテック社製のmRNAワクチンを開発したカタリン・カリコ女史はソ連の圧政からアメリカに逃れたハンガリー難民であり、モデルナの創業者は同じくソ連の圧政から逃れてアメリカに渡ったアルメニア難民の息子である。つまり、旧ソ連を支えていた優秀な科学者たちはロシア以外の旧ソ連邦に属する国の人々だった。

同じことが半導体産業についても言える。旧ソ連が使用する半導体の開発・製造は旧東ドイツのドレスデンが担っていた。ベルリンの壁崩壊後、ドイツ政府は先端技術から何世代も遅れたドレスデンの半導体企業の処置に困り果てた。それで、旧世代の製造設備でも作れる太陽電池の製造会社に仕立てて、当時世界一の太陽電池企業となるQセルという会社を作った。それでも性能が今ひとつで価格も高いQセルの太陽電池は誰も使わないので、ドイツ政府はベルリンの駅や公会堂など公共施設にQセルの太陽電池を大量に敷き詰めた。この非効率な設備で作られた高価格の電力を旧西ドイツの国民に購入させて東西ドイツの資産移転を行った。

また、旧ソ連でITテクノロジーの開発を一手に担ったのが現在タタルスタン共和国の首都カザンである。一応、タタルスタン共和国は現在でもロシア連邦に属するので、ロシアとみなすこともできる。私が、このカザンという都市を知ったのは富士通の欧州総代表になってからだった。なんとカザンに富士通の支社があるのだという。富士通が買収した英国のICL(コンピュータ開発公社)は、ソ連邦が崩壊すると同時に、カザンにあった旧ソ連邦最大の国策IT企業を買収した。私は、退任するまでに、一度、カザンに行ってみたいと思ったがとうとう果たすことは出来なかった。どうしてカザンがソ連邦随一のIT産業の集積地になったかと言えば、第一次世界大戦で敗れたドイツが再軍備のための製造基地としてソ連と秘密協定を結んで飛行機や戦車を製造する軍需産業の一大拠点をカザンに築いたからだ。こうしてみると、ソ連は基幹技術を常に周辺国に依存してきた体制が見て取れると、同時にソ連とドイツの微妙な関係が見えてくる。

これはウクライナも同じである。旧ソ連は、ウクライナにミサイルと航空機、原発と核兵器と言った基幹産業の最重要技術の開発を任せてきた。ウクライナ人は昔も今も多くの優秀な理系人材を抱えた国である。一説に依れば、ソ連邦崩壊直後に職を失った数千人もの航空機エンジニアをアメリカのボーイング社が引き取ったとも言われている。ロシアもベラルーシもウクライナも、元々は北欧のルーシー族から派生した血縁的には近い民族である。ボーイング社があるシアトルは、かつてコロンブスがアメリカを発見するより大分前から北欧のバイキングが住み着いた街だと言われている。シアトルの気候が西岸海洋性気候で北欧の気候と近かったこともあり、きっとウクライナの人々には住みやすいと思われたからだろう。

もう一つ、ウクライナの人々にとっては忘れられない暗黒の歴史がある。ソ連の中央政府から命じられたチェルノブイリ原発の出力変動実験である。この無謀な実験の結果、ウクライナの首都キエフは深刻な放射能汚染に見舞われた。この事故の収束に現地に派遣された多くのウクライナ人が、その後の後遺症で亡くなっている。ウクライナは、ソ連邦崩壊後、すぐに自国内にあった全ての核兵器をロシアに返還しているが、この不幸な事故はソ連邦がまだ存在している最中に起きた。この時の、ソ連の中央政権から命じられた容赦もない指示は、未だにウクライナ人の心に残っている。そして、この世界でも稀に見る優秀なウクライナ人の才能が発揮できる機会は、ウクライナが旧ソ連邦の内に存在する限り見出すことが難しいと思っているに違いない。

今回のウクライナ紛争が、ウクライナが北大西洋条約(NATO)に帰属するかどうかという軍事的な側面だけで見るのはあまりに短絡的である。ウクライナのEU加入を一番望んでいるのは、実はドイツである。ドイツはロシアと軍事的対立関係になることは全く望んでいない。メルケル首相が、あれだけ長期政権を維持できたのは彼女が東独時代に培った堪能なロシア語とソビエトという国への理解に基づくプーチンとの蜜月関係だった。ドイツの真の野望は中国、アメリカに次ぐ世界第3位の製造業大国になることである。このためには、優秀な理系民族であるウクライナとの協業関係が絶対に欠かせない。ドイツは、ドイツとウクライナの両国民がシェンゲン条約の傘下で自由に往来できることを心から望んでいる。

これは全く乱暴な議論ではあるが、もしトランプ大統領が再選されていたら、このウクライナの問題はどうなっていただろうか?トランプはNATOなど、アメリカには役に立たないので要らないと言っていた。そうだとすれば、プーチンはドイツが事実上の盟主であるEUと相互にうまくいくウクライナの位置付けを何とか見出したかも知れない。しかし、歴史は、仮定だけで議論が収束するものではない。