昨日、経団連会館にて開催された経団連と上海交通大学との共催シンポジウム に参加した。共催シンポジウムと言っても、経団連は冒頭に米倉会長が挨拶さ れただけで、プログラムは全て上海交通大学の先生方の講演とパネル討論に終 始した。上海交通大学と言えば江沢民前主席の出身校として有名で、胡錦濤主 席の出身校である北京の精華大学と並んで中国の技術系大学の双璧である。 そして、流石は中国の超一流大学の諸先生である。今の中国が抱える政策課題 に関して単刀直入に入り込み痛烈な批判も含めて単純明快に論陣を張っていく。 私にとって、今の中国を理解するうえでも非常に判り易い講義であった。
まず、私が一番衝撃を受けたのは、世界的にも、それなりに評価されているリー マンショック後に中国政府がとった総額4兆元(50兆円相当)の景気刺激策 に対する評価である。リーマンショック後に世界中で景気後退が起きた中で、 中国だけが何とか持ちこたえて、世界経済恐慌を救ったのが、この「4兆元の 景気刺激策」だとも言われているが、この上海交通大学の先生に言わせると、 この政策が中国経済が高成長から安定成長へスムースに移行することを妨げる 後遺症になっているという。
つまり、4兆元投資は、「重工業への過剰投資」、「不動産バブルの醸成」、 「地方政府の重度な債務負担」を招いた要因となったという。さらに、こ の4兆元投資が国営企業中心になされたことにより「国進民退」現象を一層 顕著なものとして、中国企業の透明性、安定性、持続性を歪める大きな欠陥を 生んだのだという。国営企業に過度に投入された資金は、適切な行き場がなく 企業グループ内金融子会社(ノンバンク)の設立に走らせたのだそうだ。 そうした多くのノンバンクが競って今の不動産バブルを作ったというのである。
一般的に産業集約は競争力強化に対して良いことではあるが、例えば80社ほど あった洗濯機のメーカーは、現在7社に集約されたが、これも皆、国有企業だけ が残った。中国全体で進んでいる「国進民退」は、純粋に資本の論理で経営され る企業が減り、政策中心で運営される企業が増えるということであり、企業経営 の透明性にも懸念を持たざるを得ない。その結果、本当に生産性が上がっている のかどうかも極めて疑わしい。一方、賃金は目覚ましい勢いで上がっており、こ の結果、中国は実質生産性と言う意味でも急速に国際的なコスト競争力を失って いくだろう。
中国の技術創造力は核兵器、ミサイル、人工衛星、航空機、高速鉄道という分野 では優れているが、民需分野での技術革新力は、まだまだ弱体で、創造環境も企業 の研究活動を下支えできていない。本来、こうした民需分野、あるいは環境や 省エネ分野において日本の企業との密接な連携をもっと模索する必要があるが、 必ずしも資本の論理で動いていない国営企業相手では、日本企業もそう簡単に連 携することは難しいだろう。そうした意味でも、中国政府はもっと民営企業が勃 興するような施策を積極的に図らないと中国経済が安定性を増すことにはならな いという。
2016年は「中国世紀元年」になるのではないかと言う話がある。2011年 4月IMFが交付した世界経済展望報告で購買力平価で中国のGDPはアメリカ を2016年に追い抜くというものである。しかし、中国経済が減速、あるいは マイナス成長になればカーブでの追い越しというよりも、カーブで転倒につなが っていく。そして、その兆候は、いくらでもある。一つは、伝統的な低コスト競 争力の優位性が急速に衰退していることである。さらに、人民元の切り上げ圧力 が増加していることで、どこまで、それに耐えられるかにかかっている。
もう一つは貿易摩擦で、中国製品に対するアンチダンピング訴訟が激増している。 そして、これまで中国の輸出を支えてきた外国企業の製造拠点としての魅力も薄 れて、外国直接投資も急速に減少してきている。さらに、最も懸念すべきことは 中国の輸出先であった欧州・米国市場が長期的に低成長期に入ってきたことだ。 中国の対欧米輸出は明らかに減少傾向にある。こうした状況の中で、中国の企業 経営者たちが、これまでどおり政府の援助、市場の回復、コスト低下を期待して、 今の困難な状況を乗り切ろうとしているのであれば、それは「温水でカエルを茹 でる」リスクが増加するだけだと上海交通大学の先生は言う。何だか、日本のこ とを言われているような気がしないだろうか?
以上が、産業政策面での中国の課題であるが、次に中国の金融政策、即ち人民元 に関する議論は、さらに興味深かった。中国は、現在、莫大な手持ち外貨の3分 の2以上を米国国債としてドルで保有している。しかし、中国は米国の財政は今 後さらに悪化すると考えているのでドルの下落は必然だと思っている。そういう 意味で、大切な中国の資産を米ドルで保有していることは好ましくなく、人民元 の国際化についての議論は極めて重要である。
しかし、人民元の国際化を積極的に推進するには以下の2つの懸念がある。一つは 中国の国内問題で、中国国内の金融システムが政府の管理下に置かれていて市場 の論理で動いていない未熟なシステムであることだ。この状態で、国際市場に打 って出ることは大変危険である。一方、欧米の金融システム、特に外貨市場は実 需を超えた投機市場になっている。これは実体経済の動向を遥かに超えた為替変 動を容認する市場であり、こうした金融マフィアが暗躍する賭場で、大切な人民 元を玩具として扱わせるわけには行かない。
こうした状況の中で行われるべき人民元の国際化はアジア市場を重点として開始 したい。アジアは欧米と違い、実需を踏まえた健全な金融市場が存在する。この アジア市場において人民元を、まずは貿易決済から、次に資本輸出へと適用させ ていく。特に、中国国内でのコスト競争力が失われつつある中で、中国企業も アジアに製造拠点を移さざるを得ない。こうした意味で、アジア金融市場の中で の為替制度としては、円を含む複数の有力なアジア通貨をベースとした通貨バス ケット性のナロー・ターゲットゾーンの変動管理を行うようなシステムを考えたい。 そしてアジア共同で国際資本流動の不安定性に対処するためにトービン税を課し、 地域の安定化基金の設立に用いたらどうかと考えているという。アジア市場を欧 米金融界の餌食にさせてはならないという中国の強い意志が感じられた。
さて、中国の豊富な外貨を有効に使うための資本輸出の一環として、日本企業の M&Aも、その一つの手法として中国は真面目に考えている。しかし、最近、 中国は、その考え方を変えたのだと言う。企業を買収するということは、その 企業で働く「人材」を買うということである。中国から見て、日本企業の従業員 には大きな魅力があるが、一方、日本の経営者には全く魅力がないと言う。それ ならば、従業員と経営者とまるごと買う企業買収よりも、優秀な社員を高給で一 本釣りするほうが、余程、効率的だと考え始めたのだと言う。これも、考えさせ られる話である。