155  チューリング生誕百周年

今年、2012年はコンピュータ科学の父と言われるアラン・チューリング が生まれて百周年となる。チューリングは1936年に人工知能理論の草分 けとも言えるチューリング・マシンの概念を発表し、それが今日のコン ピューターの基礎となった。

学生時代、まだ青二才だった私は、このチューリングマシン、即ち人工 知能に憧れ、卒業論文のテーマをパターン認識とした。私が選んだ指導 教授は、当時の日本における音声認識の権威である藤崎教授で、東大工 学部の総合試験所の教官だった。この総合試験所に、富士通製の科学技 術計算用コンピュータであるF270-30が設置されていた。

当時、学生がコンピュータを使うには、オフラインバッチかTSSでし か使うことを許されておらず。1台のコンピューターを自分一人で使え るというような贅沢な環境は、この総合試験所にしかなかった。勿論、 学生が昼間のゴールデンタイムに使わして貰えるはずがなく、私達、卒 業論文の学生が使えるのは、もっぱら深夜から早朝にかけてだった。

私は、先生を説得し、先生がご専門の音声認識ではなくて、未だ研究室 としてはやったことがない、文字認識を研究させて頂くことにした。 今から考えると、よくもこんな学生の我儘を聞いて下さったものである。 その結果、このF270-30を総合試験所に寄付した胴元である、富士通の 池田敏雄さんが、忙しい中で、2度も私の研究をご覧になって「富士通に 来たら、君の好きな事をやらせてあげる」と仰って私を富士通にスカウ トして下さった。

今、考えると、私は藤崎先生だけでなく、池田敏雄さんにも随分生意気 な事を言った記憶がある。「私は、コンピュータの設計なんて興味ない んです。そんなことは誰でも出来ると思います。私は、人工知能をやり たいんです。」と、今から考えると汗が出てくるほど恥ずかしいことを 、あの池田さんの前でヌケヌケと言ってしまったが、流石は、池田さん、 ただただニコニコされて聞いておられただけだった。

さて、このチューリングが1950年に「機械は考えることが出来るのか?」 という問いに答えを出そうとしてチューリング・テストと呼ばれる競技 大会を始めることとなった。この競技は、審査員がコンピュータ端末を 使って人間(さくら)とコンピュータプログラムを、それぞれ5分間づつ 会話をして「どちらが人間らしいか」を判定するコンテストである。

チューリングは、50年後の2000年までにコンピュータが30%の審査員を 騙せるようになれば、「機械は考えることが出来ると発言しても反論 されなくなる」とした。昨年、IBMが創立100周年を記念して開発した 人工知能マシン「ワトソン」は、このチューリングの予想をかなり上回 っているようにも見えるが、当のIBMは大変謙虚で、そもそも、この 「ワトソン」は、あくまで「クイズ解答マシン」であって「人工知能 マシン」とは定義していない。

そして、未だに、このチューリングの予言は実現していないのだが、 実は2008年に最優秀のプログラムが、あと1票で30%を超えるまでに 到達し、いよいよ2009年には、チューリングの予言達成か?とも思われた。 そして、この競技大会は「最も人間らしいコンピュータ・プログラム」に 対して最優秀賞が与えられると同時に、「最も人間らしい人間」に対し ても最優秀賞が与えられる。

「機械より人間らしくなれるか?:原題 The Most Human Human」の 著者である、ブライアン・クリスチャンは、人間にとって機械に負ける 危機となった2009年のチューリング・テストに人間(さくら)として 参加してチューリング予言の実現阻止に向かう決意を持って立ち向う。 ブライアンはブラウン大学でコンピュータサイエンスと哲学の学位を取得、 ワシントン大学で詩の美術で修士号を取得したジャーナリストである。 彼は、過去のチューリングテストで行われた質疑・応答を全て調べて 最も人間らしい人間として、そして、どの機械よりも人間らしく振る 舞えるように自分自身を特訓した。

それが、実は、そう簡単ではないことを、この本は物語っている。 1965年MITのワイゼンバウム教授が開発したセラピスト・ボット 「イライザ」の原理は単純で、ユーザが入力した言葉からキーワード を抽出し、適当な文章を加えて返すだけだ。そして、分からなくなると 「もっと話を続けて」と極めて汎用的な言葉で会話を繋ぐ。それは、 たった200行のプログラムだった。ところが、「イライザ」と会話した 人の多くが人間だと信じ込み、ワイゼンバウムが幾ら否定しても、 誰もコンピュータだとは信じなかった。

中には、数時間も「二人きり」でイライザと話をして有意義な治療を 受けたと喜んで帰っていった患者もいたのだった。ワイゼンバウムは 、自分が開発した、このイライザに大きな怖さを感じて、これ以降は 人工知能開発の猛烈な反対者になった。しかし、時すでに遅く、米国 の医学界は、イライザはセラピスト不足に悩む精神医療センターで大 きな役割を果たすだろうと大きな期待を寄せたのだ。つまり、セラピ ストは、聞き上手であればよく、話し上手である必要はない。そして、 いつまでも相手をしてくれる忍耐強さが必要で、それこそはコンピュ ータの最も得意とする能力だと言うわけである。

そして、もっと滑稽な話がある。このチューリング・テストを一 般的な競技大会に仕立てあげ、「ローブナー賞」をローブナーと共同 で設立したカルフォルニア大学サンディエゴ校のエブスタイン教授は 2007年にオンライン出会いサイトで、あるロシア女性と知り合った。 そして4か月以上もの間、彼女と熱いラブレターを交換したのだった。 しかし、何かしっくりこないものを感じて調べたら、やはり、その女 性の正体はコンピュータプログラムだった。永年、チューリング・テ ストの審査員である大学教授ですらコンピュータにすっかり騙された のだ。

涙ぐましい努力の結果、著者は、最終的に、このコンテストで「最も 人間らしい人間」としての最優秀賞を獲得した。その勝利の後で、著 者ブライアンは、さらに考えこんでしまう「我々は、本当に機械より 人間らしくあり続けられるだろうか?」と。少なくとも、相手のこと を心から思いやるような優しさや、全てを受け止める寛容さなど、相 当、努力しないと「機械より人間らしい人間」であり続けることは、 かなり難しいと悟ったのである。

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