154  第100回USオープン

一昨日、猛暑の厚木国際CCでの大学同級生ゴルフコンペに参加した。 毎年、年に2回、永久幹事の日立の景浦さんと永久副幹事の富士通研 究所(現早稲田大学教授)の津田さんが音頭を取って頂き何とか 開催出来ている。この日の暑さも並大抵ではなかったが、幸い風が強 く何とか全員クラブハウスに生還できた。真夏の猛暑ゴルフは、ス コアよりも、これが一番大事なことである。

スケジュールは、当然のことながら最も多忙な現役である日立製作所 社長の中西さんに合わせている。中西さんの予定は、大体、半年前に 日取りを頂くのだが、その間に、いろいろ多くの予定も入るだろうに、 毎回、何とか都合をつけて参加して頂いているのは中西さんの律儀な性 格に違いない。私と中西さんは、シリコンバレー駐在期間がすれ違っていて、同時期 に居たことがない。だから、サニーベールの日本料理屋、瀬戸で何回 か食事をしたことはあるが、残念ながらシリコンバレーで一緒にゴルフをしたこ とはない。一昨日も、シリコンバレーでのゴルフの話、特にぺブルビ ーチの思い出話に花が咲いた。

私は、3年間の駐在期間に、合計10回ほどぺブルビーチでプレー したことがあるが、何といっても、一番思い出に残っているのは、 自分でプレーしたことより、2000年にぺブルビーチで行われた第 100回USオープンでタイガーウッズの追っかけをしたことである。本来、第100回USオープンは順番から言ってぺブルビーチの開催 ではなかったのだが、2000年という千年紀と第100回が重なる というので米国で最も人気のあるぺブルビーチで開催ということに なった。私は、これまでプロゴルフの試合を生で見たことがなかった が、米国滞在中に、こうした稀有のチャンスに恵まれたのだから、是 非、行ってみたいものだと思っていた。

そうこうしているうちにUS PGAから会社に電話がかかってきた。顧客接待用に入 場券を買わないかと言ってきた。一人分、4日間通しで3,000ド ルだと言う。この2000年は、私が会社再建に参加してから3年目 で、ようやく黒字になるかどうかの瀬戸際だったので、いくら顧客接 待用とは言え、とても3000ドルは出せなかった。1日分だけで 良いから分割して売ってくれないかと頼んだがにべもなく断られた。それで、がっかりしていたら、インド人のCIOであるビピンが、私の部屋に やってきて、「伊東さん、USオープンの初日の券を2枚手に入れた よ!一緒に行かないか?」と言ってきた。当たり前だが、初日は木 曜日で平日である。それでも、私は「行くにきまってるだろ!」 と答えて、お礼にビピンをぺブルビーチがあるモントレーまで私の車 に乗せていくことにした。

さて、サンノゼからモントレーまでは101を車で南に下って1時間 半ほどの距離である。朝5時半に自宅を出発し、ビピンをピックアッ プして未だ暗い101をひたすら走った。ぺブルビーチに着く前に、 指定された駐車場に車を預けて、バスに乗り換えて朝7時過ぎにゴル フ場に到着した。ゴルフ場には、前回のUSオープンで優勝した4日 後に飛行機事故で亡くなったペイン・スチュアートの遺影があちこち に飾られていた。何ということだろう。この年のUSオープンはディ フェンディング・チャンピオンが居ないのだ。

この日の、お目当てのタイガーウッズは朝一番のスタートだと聞いていた ので、こんなに早く来たのだが、8時のスタートまで、まだ1時間ほ どあり、何もすることがない。ビピンと一緒に練習場に行ってみよう ということになって行ってみて驚いた。そこには、今まで、見たこと もない光景が広がっていた。もちろん、ただ一人黙々と練習していた のは、我らが憧れのタイガー・ウッズである。

普通、ゴルフ練習場と言えば、緑の芝の上に白いボールが一面に散在 しているものではないか。ところが、私たちが見たのは、緑一面の芝生 の上に、100、150、200、250ヤードに立てられたポール の周りにボールで築かれた半径1メートル程の「白い円板」だった。 プロは出鱈目にボールを散在させないのだ。タイガーは何と200ヤ ード、250ヤードですら半径1メートル以内に落とす精度でボール を打っている。それも、一人で黙々と。

私は、この日のために、ニコン製の大型双眼鏡を買って行った。なに しろ、10,000人ほどのギャラリーが全てタイガーの組に着いて 回るのだから、そうした群衆と一緒に18ホール全部見るというのは とても大変なことである。私たちは、最初にティーショットが落ちる 場所に陣取るのだ。そして双眼鏡でティーショットを見る。次にセカ ンドショットを見たら、グリーンまで全力疾走してパットを見る。 パットを打ち終わったら、もう次のホールのティーショットが落ちる 場所まで全力疾走である。

このように、ゴルフ観戦も命がけのスポーツである。途中で、私たち と全く同じパターンでタイガーの追っかけをやっている日本人に気が 付いた。そう、あのジュニア選手育成で有名な坂田信弘プロであった。 そして、生で見るタイガーはTV観戦では見れない幾つかの驚きを私 たちに与えてくれた。大体、USオープンは世界の強豪しか出場できな いのにタイガーと一緒に回っているプロたちがアマチュアにすら見え るから不思議である。タイガーの全盛期は本当に別格の強さだった。

名前がウッズなのに、18ホール中、ウッドを使ったのは、たった 3ホールであった。後は、全てアイアンでのティーショットである。 だから、当然、ティーショットの飛距離は3番目か4番目である。 ところがである。いつも、ティーショットが落ちる場所で見ている私 達は、とんでもないことに気が付いた。タイガーのティーショットは いつも、フラットでセカンドが一番打ちやすい場所に落ちている。つ まり、ティーショットをピンポイントで落としているのである。 スタンフォードの学生だったタイガーにとってぺブルビーチは、自分 の庭みたいなものである。どこに落としたらセカンドでグリーンを外 さないか、誰よりも一番良く知っていたのだ。

そして、次に驚いたのが、他のプロが打っているときに待っている 姿勢である。それこそ、微動だにしないのだ。良く、待ち時間に素振 りなどしているプロがいたりするが、タイガーは全く動かない。まさ にリズムを変えないよう呼吸を少しでも乱さぬよう心がけているよう に見えた。未だ若い時であったが、既に王者の風格であった。そして、 18ホールを終えて5アンダー、ダントツのトップで初日を終えた。 もちろん、この記念すべき第100回USオープンでタイガーは4日 間を首位で通し、完全優勝を遂げた。

凄いものを見た。私にとって最初で最後のプロゴルフ観戦だったが、 世界一のプロの凄さをまざまざと、この目で見られたのは、まさに 感動そのものだった。本当のプロフェッショナルというのは、試合 前から違う。朝早くから一人で黙々と練習する。そして、ティーシ ョットはドライバーを使うものだという常識すらも打ち破る。競争者 がプレーしている最中は、そのプレーを静かに、そして敬意を持って 真剣に見守る態度。その全てがプロフェッショナルであった。

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