127 『動物が幸せを感じるとき』を読んで

私がこの本を読んでみようという気になったのは、この本の原題が 一瞬ドキッとする『 Animals Make Us Human 』だったからだ。 アメリカを代表する動物学者である著者テンプル・グランディン氏 は、現在、精肉業を経営している。グランディン氏は、牛や豚、 鶏たちが、恐怖に慄くことなく処分場に向かえるよう、いろいろな 工夫をしている。

つまり、この本の原題は、動物たちが、ある時はペットとして人間 の心を癒し、ある時は食肉として人間の体を作ってくれるという点 で、人間に必要欠くべからざる存在であると主張している。だから こそ、動物たちの立場に立って、彼らが幸せだと思うことは何か、 そして彼らが最も嫌がることは何かを人間はもっと知らないといけ ないと言うわけである。

そして、それは動物愛護団体の人々が言うほどに現実世界はそう簡 単ではない。例えば、アメリカでは動物愛護団体が馬の処分場を全 て閉鎖してしまったため、役務を終えた馬はメキシコに輸出されて、 さらに厳しい労働を与えられ、栄養失調で死ぬまで働かされて死ん でいくことになった。

フランスでは、非競走馬についての調査で、毎年、馬の60%以上 が2歳から7歳で死んでいくことがわかった。馬の平均寿命は20歳以 上あるので、殆どが問題行動のために処分されている。この原因が 、幼い時の恐怖の調教のせいで人間になつかなくなり、乗馬に適し ない馬にさせられたからだと言う。馬は、極めて繊細な神経の持ち 主で、恐怖の調教でPTSDに罹る可能性が極めて高いのだと言う。 だから乗馬はオートバイに乗るより遥かに危険なのだそうだ。

さて、私が最も関心があったのは犬である。よく、犬と猫の違い を言われるが、人間と犬の歴史は10万年以上、一方猫と人間は、 たかだか数千年だから違うのはあたりまえだそうだ。猫はネズミ を取るために、飼うというより、人間が側面から支援するという ことから始まった。だから猫は犬よりも自立性が高いのだという。

犬の祖先はオオカミであるが、多くの人たちが、これまでオオカミ の生活習慣を誤解してきた。一般的にオオカミは群れを作らないし、 もちろん群れのリーダーなど居ない。肉食のオオカミは、群れを 養うほど豊富なエサに恵まれていなかったからだ。オオカミの群れ と思われていたのは血縁で結ばれた家族であった。オオカミは、そ の長い歴史の中で近親交配をしない習慣が確立していて、それは 犬にも引き継がれている。従って、血縁関係にない犬を複数飼うの は犬にしてみれば苦痛であり。特に3匹以上一緒に飼うのは絶対に やめた方が良いと言うのである。

犬が、人間と暮らすようになって一番変わったのは、野生動物と して必要な能力を磨くための成長が途中で止まってしまったこと だという。つまり、犬は死ぬまで『オオカミの幼児』であり続け るのだ。だから可愛いし、人間の保護なくしては生きられなくな った。性的には8か月で成熟するが、18か月から24か月までは、 心は幼児のままだと思った方が良い。落ち着きがなく、何にでも 好奇心を持つ子供のような行動をとるのは、そのためだ。

そして、犬種によってオオカミとの近さが異なるが、その近さと は顔つきがオオカミと似ているかどうかで測ることが出来る。 似ている指数で言えば、シベリアンハスキーが15で一位。ゴー ルデンレトリバーが12、ジャーマンシェパードが11と続く。 一方似ていない方は、キャバリアスパニエルが2、ノーフォーク テリアが3、フレンチブルドッグが4となる。この指数が小さい 犬種は、野生で暮らす能力は全くないと言えるだろう。

さて、動物が幸せかどうかは、その行動でわかるという。例えば 、動物園のライオンが檻の中をいったりきたり同じところをグル グル回って歩いている。これを常同行動と言い、この動作を取る動物が 最もイライラしている。一方、幸せな行動は探索行動である。 我が家の犬も全く同じであるが、三度の食事より散歩が好きであ る。朝から晩まで同じ場所に居続けられさせることが動物にとって 一番不幸なのだそうだ。いくらエアコン完備で快適な空調が整って いても、一日中誰も相手にしてくれない犬は気が狂いそうになって いる。

本当に、この本は面白い。これまで聞いたことのない独創的な発 想で動物を徹底的に観察した結果から書かれている。実は、この 本の著者は重度の自閉症患者である。ここが凄い。自らの体験も 活かして、この著者は動物の『精神的な幸せ』を4つの情動システム (探索・怒り・恐怖・パニック)で判りやすく解説しているのだ。

著者は私と同じ1947年生まれ。コロラド州立大学教授で精肉業の 会社を経営している。自閉症の啓蒙活動と家畜の権利保護について 世界的な影響力を持つ学者である。著者自ら語っているように、 アメリカの教育システムが自閉症患者の不得意なところは免除して 得意なところを伸ばす内容だったからこそ、自分は博士号も取る ことができ、世界で認められる学者になったと言う。『自分も、アインシ ュタイン博士も、常識的な教育システムでは、その才能を開花で きなかっただろう』と述べている。

自閉症のお子様をお持ちの私の友人が、アメリカ転勤で、優れた 自閉症の教育システムを知った。奥様は、わが子のために、日本 に帰国することを断念された。アメリカの活力の源泉がここにあ る。アメリカの多様性を認める社会が優れた才能を育む。『何で 他の子と同じことが出来ないの?』と叱る日本の母親。一方、 アメリカの母親は『どうして他の子と同じことしか出来ないの?』 と叱る。これは、大人になった時に大きな差になって現れてくる。

コメントは受け付けていません。