111 もし3.11大津波が湘南海岸を襲ったら

昨日、平塚の西海岸で一人暮らしをしている母を慰問した。今年、米寿を迎えるが 、相変わらず意識ははっきりしており、3食は自分で作ったものでないと気が済ま ないらしい。母は、時々、携帯メールで自分の近況を伝えてくるので、こうしてメールが使えるうちは、 認知症の問題も全くないとは言えないが、未だ深刻な状況ではないと思っている。

今回の訪問で、実家のすぐ傍の電信柱に真新しい海抜表示の金属プレートが貼られて いるのに初めて気が付いた。これによって、実家は海抜5.8mであることが判る。 そこから北へ、150mほど登ったところが、広域避難所でもあり付近の最高海抜を 有する平塚工科高校で、そこには海抜8.2mとある。さらに、そこから北へ500m ほど下ったところに東海道線が走っているが、それは多分、私の実家よりだいぶ低い ので、海抜5mにも満たない。

私の実家は、相模湾から500mほどしか離れていないので、私の犬との散歩はいつも 海だった。昼間、学校で嫌なことがあっても、犬と海岸を散歩していると、その雄大な 景色を見ている間に全て忘れることが出来た。真正面には遠く大島の島影が薄らと見え、 左手には江の島から遠くに三浦半島、右手には富士山と箱根の山々と遠くに伊豆半島 が見える。藤沢、辻堂、茅ヶ崎、平塚、大磯、二宮までの湘南海岸に共通する風景で ある。気候は温暖で、めったに雪など降らない過ごしやすい土地柄なので、だから 大将や大臣など偉い人が輩出しないのだと昔から言われてきた。

会社に勤めてからも、故郷にずっと住み続けたいと思っていたのだが、亡くなった父 親が、毎朝6時に家を出て帰りは深夜の1時ごろ帰宅する私の会社生活を見て、 「そんな生活をしていたら早晩死んでしまう。早く、この平塚を出て、職場の近くに 住め!」と、今から思うと貴重な遺言を残してくれた。それで、私は都心まで30分 で出られる横浜北部の田園都市沿線に住むようになった。

ちなみに私の小学校は、実家よりさらに海に近いところにある。大きな台風が来ると 小学生達は授業をそっちのけにして、海の方を見続けるのである。ときどき来る大波が 防風林を乗り越えて、さらに、あの箱根駅伝で有名な国道134号線を超えて、住宅地 の方まで海水を運んでくるのだから恐ろしい。私の同級生で、台風の時に海岸で嵐のさまを 見ていて波にさらわれて亡くなった者が3人もいる。

さて、この湘南海岸を、あの3.11大津波が襲ったらどうなるか? 間違いなく私の実家 は津波に流される。しかし、私の実家は「丘」の地名がつくほど、平塚の西海岸では、 ちょっと小高い所である。仮に、高さ10mの津波が襲ってきたら、避難所の平塚工科 高校でも、校舎の2階から3階まで登らないと安全は保障されないだろう。ましてや、 東海道線など、あの仙石線同様、完全に流されて崩壊する。そうだ、平塚の東海道線の 南側の海岸は、あの仙台平野の海岸地帯に起きたのと同じ悲劇が繰り返されるだろう。そして、 それは平塚だけではない。同じ地形をした、藤沢、辻堂、茅ヶ崎から大磯、二宮まで 、首都圏の一等住宅地である湘南海岸は全滅だ。

一体、それは本当なんだろうか? 単なる私の取りこし苦労ではないのか? そうした 不安を夕方のNHKテレビが確定的なものにした。平塚市は、3.11大津波と同じ規模までとはいかないが、 高さ10mの津波が相模湾から平塚沿岸部を襲ったらどうなるか?というシミュレー ション映像を東海大学の協力を得て作成し、市民ホールで市民に公開したのだ。NHKの 報道は、私の懸念が、単なる妄想ではなくて現実に起きる可能性を持っていると報じて いた。つまり、東海道線以南の海岸住宅地は全て津波に流され、東海道線も 崩壊、津波はさらに北上して市役所までもが浸水すると言うのである。だから、平塚市 は海岸部の全域の電柱に海抜表示をして、自分の地域の危険度を自ら把握するよう警告 を発したのだ。

さて、これで私は考えた。確かに、今回の東日本大震災は、三陸のリアス式海岸という 特殊な地理環境だけでなく、仙台平野から千葉の九十九里沿岸まで、なだらかな一般的な 海岸線にまで、津波の大きな被害を及ぼし多数の犠牲者が出た。それは、どういうことだ ろう? こうした大津波の被害は、日本全国の海岸線、即ち、日本の人口の8割から9割が住 む太平洋沿岸住宅地に直接関係してくるということになる。

「あんな海のそばの低地に住んでいるから危ないのだ。もっと高台に住まないと!」と、 今回の大震災で起きた津波の被災者のことを冷ややかに見ている方は少なくないだろう。 「あなた、あなただって同じなんですよ! 今回の津波被害は、あなたも無縁ではないの ですよ!」とNHKニュースは湘南海岸の住宅地に住む人たちに警告しているのだ。

風光明媚で温暖な気候、これほど住みやすい海岸地帯を引き払って山麓の高台に引っ越し したいと、今の湘南海岸に住んでいる人たちはすぐさま思うだろうか? きっと、そうは 思わないだろう。それは、三陸沿岸や仙台平野に住む人たちも全く同じ気持ちなのだ。そうして 自らを被災者と同じ立場に立って考えると、私たちは、もっと優しい気持ちで被災者の方 々に向かい合えるかも知れない。

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