108 下山の思想

五木寛之氏の最新著作である「下山の思想」を読んで感じ入ったことを書いてみたい。 とかく、こうした論調で講演をしたり、本を書いたりすると「あいつは暗いな」と言う 否定的な批判を受けるので、とかく、から元気に前向きに論ずることが好しとされる。 昨年3月11日の東日本大震災の後は、とくにそうした後ろ向きの議論に封印がなされて きたように思われる。

しかし、現実を直視しないで、ありもしないユートピアを論じられても、もはや民衆は 簡単に踊らされることはない。この本の冒頭に、五木さんが解説されていた「民」と 言う字の語源を知って大きなショックを受けた。「民」と言う字の元の形は目を針で刺す さまを描いており、目を針で突いて見えなくした「奴隷」のことを言うのだそうだ。「王」 が「民」に処する様とは、そういうことらしい。そう考えると、「民主主義」とは一体 何だ? 「国民」とは、「市民」とは何だ?と、全てが引っ掛かる話になってくる。

さて、この「民」の語源の解説で、五木さんが言いたかったことは、いつも真実は国民には 知らされていないということだ。為政者だけが真実を知っていて国民はいつも騙されている。 だからこそ、国民は調子のよいメディアに騙されることなく厳しい現実を直視することが 重要だと五木さんは言う。「景気がよくなる」などと言うことは、もはや、この日本では 起こりえない。経済が循環的に変動するという定常状態は、とっくの昔に失われているからだ。

五木さんが、この「下山の思想」を書かれていた時期とちょうど同じ時期にアメリカでは タイラー・コーエンが、あの大ベストセラーとなった「大停滞」を書いていたことになる。 この本で、コーエンは五木さんと全く同じことを言っている。つまり、未曽有の速度で高度成長を遂げた 日本が世界で最初に大停滞を経験することになったのだと。日本の失われた20年を嘲笑した ヨーロッパとアメリカは、今、まさに日本が経験した「大停滞」を経験し始めるのだと。 つまり、成長の後には、成長の原動力となった果実が失われて、どんな国家でも経済が停滞 せざるを得ないのだという。そして、その「大停滞」は、新興国であるBRICでも始まって いる。

五木さんの巧みな比喩は、「目指すべき頂を制覇して、次の頂をめざすには、一度下山する しかないはずだ。そして、安全に下山することは、登山することより難しい」と言っている。 日本人と日本国は、あの失われた20年の間に、一度も下山することを試みることはなかった。 ありもしない空中の楼閣にある幻の頂を目指して、ひたすら上り続けようとしたのである。 まさに、目を針で突かれた奴隷のように、未だ先に、もっと高い頂きがあると信じ込まされて 鞭を打たれて上る努力を強いられたのだ。その結果が、年間3万人以上の自殺者が、ここ何年 も続く希望の見えない国となったと言う。それよりも、皆で、ゆっくりと穏やかな気候に恵ま れた麓に向かって下りて行けば、今よりも多少は貧しくなったかも知れないが、幸せなコミュ ニティを構築できたのではないか?と疑問を呈している。、

五木さんは、中学1年の時に満州から引き揚げて来られ、戦後の貧しい時期を経験されている。 私も、戦争直後に生まれたので、幼い子供のかすかな記憶として焼け野原の景色が脳裏に焼き 付いている。私たちは、皆、貧しかった。皆が貧しかったので、貧しいことが恥ずかしくなか った。子供たちの衣服は修理の継ぎはぎだらけのパッチワークで、それが洒落た文様にもなっ ていた。しかし、皆、貧しかったが、決して不幸せではなかった。幸福とは何だろうか?と もう一度考えてみるのも「下山の思想」の大事なテーマかも知れない。

五木さんが言う「下山」やコーエンが言う「大停滞」といった、これまで禁句とされた現実を 直視する言葉を使って議論をすると、もっと良い施策が見えてくるかも知れない。 日本のことを言うと差し障りがあるので、アメリカの例で話させて頂ければ、もはや証券市場 、株式市場の未来が全く見えなくなっている。新規上場は殆どない。優良な企業は潤沢な資金で 自社株を買い取り、株式市場は縮小するばかりで成長するエンジンを失っている。だからこそ、 アメリカと欧州の証券取引所が合併をするわけだ。お互いに将来があるなら、競うことはあっても 合併など考える筈がない。そして、もし資本主義経済の本丸である株式市場、証券市場が 「大停滞」する状況になってくると、国の経済運営は一体どうなるのだろうか?

経済の専門家の本を読むと、世界は20世紀後半にケインズ経済からフリードマン経済に転換し て大発展を遂げたのだという。アメリカしかり、中国しかり、世界は、その経済運営を神の見えざる手 に委ねるという市場原理主義経済で、目覚ましい発展を遂げた。それが21世紀になって、 アメリカのリーマンショック、欧州のソブリン危機と、次々と未曽有の経済危機が世界中を 駆け巡っている。そうした危機に対しての経済運営の指針を、人々はカール・ポランニー に求め始めているのだそうだ。つまり、これからは、「ポランニー経済」が主流となるらしい。

さて、「ポランニー」って誰だ? そう思って、いろいろ本を読み始めたら、ポランニーを 知るガイドブックとなっている「経済の文明史」を纏められたのは、なんと玉野井芳郎先生 だったのには驚いた。玉野井先生は、日本におけるポランニー研究の第一人者であった。 私は、東大の駒場で過ごした教養学部時代に玉野井経済学をとった。玉野井先生の授業は、 いつも満員で、はやく教室に行かないと座るところもない。なにしろ立ち見の受講者が出るの は東大の駒場では玉野井先生くらいだったろう。教室だって、1,000人位入る階段型の大教室 なのにだ。原因は、他大学の無断聴講生である。特に、お茶大や、日本女子大、東京女子大 など女子学生が沢山来ていたような気がする。だから、男ばっかりの東大生にとっては余計 人気が出たのかもしれない。

玉野井先生は、多分、私たちにポランニー経済学を講義されていたに違いない。ある意味で、 猫に小判、豚に真珠だったかも知れない。しかし、経済学について何の知識もない青臭い 若き学生たちに、玉野井先生は、実に面白く興味深く講義をしてくださっていた。しかし、 私たちが卒業してから10年もしないうちに、東大を定年退官された直後に玉野井先生は 未だ若くして、お亡くなりになった。もっと長生きをされて、世にポランニー学徒をもっと 沢山輩出されていたら、日本も、あの失われた20年間を「下山の思想」でゆっくりと降りて 行ったのかもしれない。いや、今からでも遅くはない。皆で、安全に、桃源郷のような 穏やかで幸せな麓の村を目指して、一緒にゆっくりと下山していこうではありませんか。

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