95 スパコン「京」誕生物語 (その3)

今年11月に米国シアトルで開催されたスーパーコンピュータ学会 SC11にて日本のスパコン「京」は、再び世界一にランキングされた。この4年前のSC07にて、私はJAXA(宇宙航空研究機構)のスパコンの権威である藤井孝蔵教授に呼ばれて次のような要請を受けた。「再び、日本が世界に誇れるスパコンをJAXAのために開発してもらえないか?」 富士通のスパコンの歴史は、常にJAXAにリードされてきた。しかし、今から4年前は、かつて世界一を誇ったNEC製の地球シミュレータを遥かに凌駕する米国勢のスパコンが圧倒的優位を誇っていた。もはや、世界のTOP10に入る高性能スパコンと言えばIBM、クレイ、SGIの製品で独占され、ましてや地球シミュレータにも参加していない富士通は、既に、スパコン市場での存在感は全くなく、かつてのスパコンメーカーとしての世界に誇った優位性は、もはや地に落ちていた。

JAXAの藤井教授は、その富士通に「再度、世界一級のスパコンに挑戦して欲しい」と要請されたのだ。我々、富士通自身も、「今さら、独自方式のスパコンに挑戦したって勝ち目はない。もうこれからはINTELチップで作るしかないだろう。」という意見が圧倒的だった。しかし、結論から言えば、「もう一度、最後の挑戦をやってみよう」ということになった。この スパコン「京」誕生物語(その2)で述べたように、スパコンは性能を上げるにはプロセッサの数を増やせば良いが、「ある数」以上に増やしても、今度は増やせば増やすほど性能が落ちていく。その「ある数」は何で決まるかと言えば、それは「実行効率」で決まる。「実行効率」とは、多数のプロセッサの中で実際に働いている割合を言う。つまり、100個のプロセッサで実行効率が80%と言えば、働いているプロセッサは80個で遊んで何もしないプロセッサが20個ということである。

つまり、富士通はJAXAの藤井教授の要請に対して、「実行効率で世界一」のスパコンを作ることを第一の目標とした。実行効率が世界一になれば、あとはプロセッサの数を増やせ必ず世界一になるはずだ。つまり、地球シミュレーターのような大型プロジェクトが再度日本で始まったら、日本が世界一を取れるという根拠にもなる。そして、遂に2009年4月、富士通の「FX1」を中核とする「JAXA統合スーパーコンピュータシステム」が動き出した。その「実行効率」は91.19%で当時のスパコンランキングTOP500の中では世界一だった。その時点で、次世代日の丸スパコン「京」の計画は既に始まっていた。つまり、JAXA向けFX1は、もちろん商用機として立派な製品ではあるが、ある意味で「京」のプロトタイプであり、「京」が成功するかしないかの大きな試金石だったのだ。その意味で、JAXAの藤井教授の要請がなければ、富士通はFX1を開発することはなかったし、もちろんスパコンで世界一をとった「京」の出現もなかったことになる。藤井教授は、まさに「京」誕生の大恩人である。

JAXAには、もう一人、「京」誕生の大恩人がいる。それは立川敬二JAXA理事長である。次世代スパコンプロジェクトを行うべきかどうか? 総合科学技術会議を含めて賛否両論が巻き起こっているときに、「JAXAの立川理事長がスパコンのプロジェクトに反対されている」という話が入ってきた。話のストーリーはこうである。日本の科学技術予算は総額が決まっている。もし、次世代スパコンが大型予算を獲得すれば、宇宙開発予算にシワ寄せが行き減額されるかも知れない。だから「JAXAは次世代スパコンの計画に反対だ」というわけだ。立川さんのような超大物が本気で反対されたら、スパコンの開発計画は本当にボツになってしまうと関係者が色めきだっていた。

私は意を決して、JAXAの理事長室に一人で行って、立川さんに直接面談し、その真意を確認した。やはり、立川さんは、そんなケチなことを言う矮小な人ではなかった。もっとスケールの大きい人で、「宇宙開発のために高性能スパコンは絶対必要だ。むしろスパコンの必要性を説く資料に宇宙開発というテーマを必ず入れてくれ」と仰った。世の中には、発言力のある人の威を借りて、流れを変えようと目論む卑怯な輩が必ず居るものだ。立川さんは、こうした流言飛語を毅然とした態度で一蹴して下さった。立川さんは、面と向かって対峙するには、ちょっと怖い人だが、本当は優しく思いやりのある方である。

私が携帯電話を担当していた時代に、当時NTTドコモの社長だった立川さんから、「らくらくホン」のプロジェクトを命じられた。「らくらくホン」プロジェクトはドコモでは社長直轄のプロジェクトだった。立川さんは、高齢者が簡単に使える、使いやすい携帯電話を作るのはドコモの社会的使命だと思っていた。しかし、この第一世代の「らくらくホン」プロジェクトは不幸にも富士通はドコモからは命じられなかった。結果として、第一世代の「らくらくホン」プロジェクトは大失敗だった。この失敗を見た、業界他社は、立川さんの命令に誰も従わなかったのだ。そして、遂にドコモ傘下の最下位の富士通に「らくらくホン」プロジェクトは回ってきた。そして、立川さんはただでさえ怖い顔をさらに怖くして「らくらくホン」を、我々に命じるものだから、「これを断ったら、もう富士通はドコモグループには残れないな」と皆、観念をした。

そして、富士通は決断したのだった。「どうせやるなら、いやいや、やるのではなく、立川さんの意を汲み取って、徹底的に高齢者に優しい携帯電話を作ってやろうじゃないか」と腹を括ったのである。その結果は大成功、富士通はドコモ傘下の最下位から、らくらくホンのおかげでTOPシェアを取るまでになったのである。富士通の携帯電話事業は、まさに立川さんによって救われた。そして、富士通は、携帯電話事業の次に、スパコン開発でも、また立川さんに、お世話になることになった。

JAXAは立川理事長に交代してから、それまで失敗続きだったロケット打ち上げで全く失敗しなくなった。そして、今回の「はやぶさ」では、日本の宇宙開発は国民的支持を得ることになった。JAXAにとっては、まさに「立川大明神」である。そして、富士通も、携帯電話とスパコンの両方で「立川大明神」のご利益をおすそ分け頂くことになった。本当にありがたいことである。

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