昨日のスペインの総選挙でサバテロ首相率いる社会労働党政権が7年ぶりに交代した。ギリシャ、イタリアに続いて、遂にスペインも政権が維持できなくなったわけだ。特にスペインは、このたびの国債暴落とは別に深刻な失業問題を抱えていた。国民の平均失業率は20%でEU平均の10%の2倍にも及び、24歳以下の若年層だけとってみると、なんと45%にもなり若者の半分が職に就けないという異常事態になっていた。この原因として、以前から指摘されているのが、ヨーロッパで一番厳しい労働規制だと言われている。非正規労働者を一切認めない、労働者の既得権を重視し中高年の労働者を解雇するのは不可能に近い。それが結果的に、スペインの労働市場全体の不活性化を招き、さらに若者の就職の道を閉ざしてしまったというわけだ。
「競争社会の悲惨さ」を書いた本は山ほどあるが、「競争を排除した社会」の悲惨さを書いた本は全くと言ってよいほどない。7年間にわたりスペインを統治した社会労働党が目指したのは、この「競争を排除した社会」だったのかも知れない。もちろん、行き過ぎた競争社会は、人々の心を荒廃させ、不幸せにする可能性が高いが、それでは競争がない社会は安定していて、皆が幸せになれるのだろうか? 競争のない社会とは、言い換えれば、これまで蓄積した既得権が守られているということで、新たに、もっと豊かになろうとか、幸せになろうとして努力する意欲を奪うことにもなる。スペインの若者が置かれた状況とは、そうしたものではなかろうか?
5年ほど前に、私は、富士通の海外事業における欧州総代表に就任してヨーロッパ各国をあちこち見て回った。その時代は、今から考えると、まさに通貨統合したEUの絶頂期だった。共通通貨に支えられた自由経済統合は、これほど豊かな実りを結ぶのかと感動したものである。アジアも近い将来、共通通貨で統合されたら、これほど豊かな生活が出来るのだろうと夢を見たものである。そして、何といっても生活の全てに「ゆとり」がある。「これがヨーロッパが永年積み重ねたストックの豊かさなのだ」と思った。「成金のアメリカには真似できないヨーロッパの豊かさ」、「ヨーロッパは、働きアリのように、粗末な身なりで毎日汗を流して、あくせく働いているアジアの国々とは全く違う別世界」とも思った。「日本が目指すのは、やはりアメリカでもアジアでもなくヨーロッパだ!」と、私は信じて疑わなかった。
実は、EUは域内の関税を撤廃した自由貿易経済によって繁栄を築いてきたが、域外の国々に対しては高い関税によって侵入を排除してきたことは、あまり知られていない。例えば、途上国からの輸入品にかけた関税の総額は、途上国支援のための支出金を大幅に上回っている。「EUは途上国から召し上げた関税の一部を支援金として拠出している」と悪口を言われる所以でもある。さらに先進国との二国間、多国間の貿易協定も殆ど結んでいない。ある意味でEUとは「域外との競争を回避」した「排他的経済連合」だったとも言える。ヨーロッパの都市を見ると、その多くが外敵の侵入を防ぐための城壁で囲まれている。EUとは、まさに、こうした中世の城壁都市を思わせる経済共同体だった。そして、経済運営の結果は、実力No1でEUの盟主でもあるドイツの一人勝ちだったのだ。
域内に閉じた経済で、ドイツがただ一人勝ったとなれば、あとは全員が負けである。この負け組みの国の経済を支え、ドイツ製品の消費を促すために、ドイツの銀行はどんどん貸し出した。何だか、アメリカのサブプライムローンと構造が同じである。返済能力がないとわかっている国々に、どんどん貸し出した。しかし、サブプライム問題と大きく違うのは、この仕組みにアメリカも日本も中国も乗らなかったことだ。ユーロという通貨が良く理解できなかったし、EUで何が起きているかも良く分からなかったからだ。
その分だけ、ヨーロッパの銀行は深刻である。昨年、訪日されたスペインのサバテロ首相の演説を聞きに行ったが、「スペインの銀行は厳しいストレステストに対して、たった2行を除き、全て合格した。スペイン金融界の健全性を示す良い証拠となった。」と訴えられたが、その後、このストレステストが実にいい加減で、多くの不良債権が隠されていただけでなく、当時は全く問題なかったギリシャなどの国債が、さらに追加されたことで、今では、ヨーロッパ金融界を自ら進んで助けに行こうという国は誰も現れない。もはや、「ストレステスト」という言葉は、「いい加減なテスト」という意味になったので、もうこれからは使わない方が良いと思われる。
さて、こうしたヨーロッパを再建する処方箋は一体何だろうか? それは、やはりEUを世界に開かれた経済地域にするしかないだろう。IMF介入を受けた韓国が自国の市場を開くことによって国際化し、グローバル市場に攻勢していったように、EUは城壁を取り崩すべきである。そして、もっと世界の競争に積極的に参加すべきだと思われる。アジアの人々が毎日汗を流して働いているのに、ヨーロッパの人々だけが、ゆとりを持って楽に暮らせるわけがない。世界は、好むと好まざるとに関わらず、もう閉じた世界だけで競争を排除しては生きていけないからだ。
一昨年だったか、ベルギーのブッリュセルで日本のEU駐在大使から聞いたことがある。「日本が理想とすべき国はスエーデンです。競争社会と無競争社会を混在させて、うまく共存させている。グローバル企業は従業員の解雇は自由で、その経営者は高額の報酬を得ても構わない。そのかわりに国がセーフティネットはしっかり張っている。教育、介護、医療など公的な役割を担う人々は全て公務員として適度な報酬で働いてもらう。」「なるほど、素晴らしい、これからはスエーデンが目標だな!」と私は大使の言葉を聞いて、そう思った。しかし、先日、ある大手スエーデン企業の社外取締役を務めている友人と会食をしたら、「とんでもない。スエーデンの社会保障は、もはや壊れつつあるよ。スエーデンの富裕層は高額納税に嫌気がさして、どんどん国外に脱出している。競争社会と無競争社会が共存するなんてありえないよ。」さあ、困った。日本は、どの国を模範にして行けば良いのだろうか?