91 セカンド・エコノミー

イタリアでは国債金利が7%を超えて、さすがの強気のベルルスコーニ首相も退陣した。アイルランド、ポルトガル、ギリシャでも国債金利が7%を超えると大騒ぎになった。さて、なぜ7%なのか? どうも金融業界の方に伺うと、7%複利では10年で金利総額が元本を超えるらしい。論理は極めて単純で分かり易い。7%というのは、それだけ大変な金利らしい。確か、私も35年ほど前に、最初に持ち家を買うときは7%位の金利だったような気がするが、毎年、どんどん給料が上がる高度成長とインフレが重なった時代だったから、大して気にはしなかったのだろう。

さて、このイタリアは、なにしろG7のメンバーであり、ギリシャとは比べ物にならない規模の国なので、さぞかし大変なことになったと思ったが、実態は、ギリシャとは随分違うらしい。つまり、イタリアは地上経済の2倍もある大規模な地下経済を持っていて、本当は、とてつもなく豊かなのだという。表面上の統計数字では、イタリアの一人あたりのGDPは日本より僅かに少ないのだが、実体は遥かに多いと言うことか? そして地下経済では税金を払わない、つまり徴税されないので国家財政が破綻したのだという。世界で一番早く全家庭に普及を済ませた電力のスマートメータも、本当は盗電を防止するのが主目的だというからイタリア国民の逞しさがわかる。

日本でも、地下経済ではないが、パチンコ産業は30兆円にも及び、今、TPP問題で揺れている農業の生産額全ての5倍を超える。東京都の石原知事が、公営カジノをやりたいという理由が良くわかる。東京湾の真ん中に国際的なカジノを作れば、東京都の財政は、今後100年は安泰で、何の苦労も要らないだろう。このように、経済活動は、メディアを含む多くの人が見えないところで、大きな潮流が動いている。静かに、着実に動いているから、表面に出た時には、人々が驚くような規模と力を持つに至り、もはや、どうにも抗することの出来ない勢力となり、それが時代の変化へと繋がっていく。

さて、このたびマッキンゼー・レポートに掲載されたブライアン・アーサーの「セカンド・エコノミー」という論文は、ICTを仕事としている私には、少しショックだったので、ここに、ご紹介したい。うすうす、そうではないかと言う気はしていたが、こうして数字ではっきり示されると、やはりドキッとする。チュニジアから始まって、エジプト、リビアなどの北アフリカ地域から英国、そして米国へと、世界中で起こっている高学歴の若者達が起こす暴動や反乱が、何に根づいているのか示してくれているような気がしてならない。

1850年、南北戦争の10年前のアメリカは、今、話題のイタリアよりも小規模の経済しか持ちえなかった。それが、40年後にはアメリカは世界最大の経済大国になった。その一番の要因は大陸横断鉄道だったという。工業と鉄路がアメリカを巨大な国へと押し上げた。そのアメリカを、さらに強固にしたのは、今から20年前に始まったインターネット革命だという。その前には、飛行機に乗るときには空港のカウンターに行って、係員と様々なやりとりをして、ようやくボーディングチケットを手に入れたのが、今では、マイレージカードを機械に入れるだけ搭乗手続きは全て完了する。そして、そのカードが機械の中に入っている数秒の間にも、そのカードは世界中の、沢山のコンピュータとネットワークを経由して会話し、搭乗券を出す前には、顧客のあらゆる情報を既にチェックし終わっている。

オランダのロッテルダムの貨物船の積み荷の輸出入手続きにしても、昔は、どれだけ多くの伝票と人手を介して仕事が進められたものだったろう。今や、積み荷に張られたRFIDチップを機械がスキャンするだけで、その全ての手続きが完了してしまう。これも、港の運輸業者の目には見えないところで、沢山のコンピューターが仕事をしているからだ。つまり、空港や港湾は、今の世の中で起きている、ほんの僅かな例だが、地上で営まれていた仕事や経済において、インターネットが普及し始めた1995年から年率2.4%の比率で生産性が伸びている。そして、その分だけ地下の見えない経済は規模を拡大している。ブライアンは、この見えない世界の経済をセカンド・エコノミーと呼んでいる。もっと分かり易く言えば、この2.4%の生産性向上が地上の物理的な実体経済の仕事をセカンド・エコノミーは毎年2.4%づつ奪っているということになる。

農業は大規模な機械化によって、その就業人口を大きく減らした。そして農業従事者は工場へと移った。それから、ロボットや自動機が工場で必要な仕事を大幅に減らしたが、機械では出来ない、まさに人でしか出来ないサービス産業へと多くの人たちが移動した。しかし、今、デジタル革命は、人でしか出来ないはずだった多くのサービス業の仕事を奪っている。そして、その仕事は二度と人には戻ってこない。年率2.4%で成長するセカンド・エコノミーは30年で、地上の実体経済と同じ規模になる。つまり、2025年には、地上の物理的な経済と地下のセカンド・エコノミーとが同規模になる。

ブライアンは、これまでの経済学の基本原則だった「収穫逓減の法則」は、インターネットを利用したデジタルエコノミーには当てはまらない。むしろデジタル・エコノミーは物理的な限界がないので、「収穫逓増」すると主張した最初の経済学者の一人である。一見、悲観的に見える、このセカンド・エコノミー論であるが、私たちは、既に、首までとっぷりとデジタル・エコノミーに漬かって暮らしている。むしろ、この「収穫逓増」の利点を、どう人類の幸せに活かしていくのかが、今、まさに問われている。ジャスミン革命は、遠き北アフリカだけの革命ではない。高学歴化した社会に押し寄せるデジタル技術は、巨大なセカンド・エコノミーを創出する。これを、どう次の世代の若者たちの未来に活かすかを考えるときが来ている。そのためには、従来の社会の枠組みや規制を大きく見直す必要があるように見える。若者達よ立ち上がれ! 君たちの時代を、既得権ばかり大事に守ろうとする、今の老人達に任せていてはいけない。

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