先週、富士通のパートナー様が主催する、お客様向けの講演を軽井沢でやらせて頂いた。翌日は、そのお客様方達と一緒に、終日、ゴルフをさせて頂きながら、前日の講演の内容に関わる、大変興味あるお話を沢山聞かせて頂いた。
もともと、大震災前から行っている私の講演の主たる内容は、「日本再生の鍵は中小企業にあり」というものである。それは、経団連の産業政策部会の部会長をさせて頂きながら多くのことを学んだことからだ。つまり、大企業が巨額の設備投資をして、世界市場に向けて、品質の良いものを安く大量に製造し販売するというビジネスモデルは、少なくとも、もはや日本では成り立たなくなっている。
半導体メモリー、液晶パネル、パソコン、携帯電話から自動車まで、台湾、韓国、中国の台頭は目覚ましいものがある。こうした、日本が立ち上げた「コモデティ製品」の大量生産というビジネスモデルは、3ー5年後には必ず台湾、韓国に追い上げられ、さらに、その3ー5年後には中国に追いつかれるということが繰り返されている。学者やメディアの方々は、こうしたコモデティ製品に対する日本企業の脆弱さをだらしがないと批判されるが、税制から電気水道料金まで国家が全面的に支援し、国内市場の独占で得た豊富な資金で世界市場に打って出るというビジネスモデルを、先進国である日本が真似することは、もはや許されない。
一方、今後、高齢化社会が進み内需拡大の可能性が全くない日本経済の再生を可能とする道は輸出しか残されてない。現在、世界経済の牽引車であるドイツ、中国、韓国の対GDPの輸出比率は、いずれも40~50%であるのに対して日本はたった18%に留まっている。しかし、ドイツと日本を比べた時には、先の台湾、韓国、中国との比較で議論した国家の全面的な支援はなく、国内における産業の立地競争力は、税金も電気料金も人件費も日本と大差がない。
このドイツと日本の輸出比率の差は中小企業の強さの差である。ドイツの輸出の大半を担っているのが中小企業だからだ。日本の中小企業の多くがコモデティ製品で世界市場で活躍している大企業の下請けメーカーとして生きているのに対して、ドイツの中小企業は自ら世界市場に出て顧客と密接な関係を築いている。そして、彼らの製品は厨房器具や洗浄機など、ニッチな分野なので、韓国や中国のベンダーは見向きもしない。顧客要望を着実に反映しながら、その世界シェアは80%近くも持っている。もちろん、利益率も30-50%と非常に高い。これがドイツの中小企業の生き方である。
さて、話は、冒頭の軽井沢のセミナーに戻るが、翌日のゴルフでご一緒した、ある金属加工の中堅メーカーの社長の話が、このドイツの中小企業と全く同じ生き方をされていた。この会社は、以前は日本のある大手自動車メーカーの下請けで長年生きてきた会社である。製品は自動車エンジンの基幹部品であるピストンだ。ご推察のとおり、ピストンは極めて精密加工を要する、自動車のエンジンにとってもっとも重要な部品である。ピストンはシリンダー内をスムースに滑りながら往復運動を行い、それでいて決して隙間から燃料漏れを起こしてはならないという二律背反した機能を持たされている。パソコンに例えればインテルのプロセッサにも相当する基幹部品である。
そして驚くのは、このピストンを一個、たった300円で大手自動車メーカーに納品しているということである。系列の下請けに入れば、自ら顧客を探しに行かなくても、言われた通りに品質と価格を守っていさえすれば自動的に次々と注文が来る。ただし、価格は、発注の度に少しづつ、しかも着実に値切られて行く。それに抵抗しようものなら、注文は打ち切られ廃業するしかないから、渋々ながら従わざるを得ない。その結果が、ピストン一個300円である。極端な言い方をすれば、4気筒と8気筒の部品のコスト差は数千円にしかならないということだ。つまり、その価値が世間と比較されない閉じた世界で値段が決められていく。これでは倒産はしないが、いくら頑張っても大きな利益は出ないし、従業員の暮らしも楽にはならない。
その社長さんは、アメリカの販売子会社の社長を経験しながら、この日本の下請けシステムは何かおかしいのではないかと疑問を持たれたそうである。そして、自ら社長になったときに長年下請け関係にあった大手自動車メーカーとの縁を切った。確かに、世界中の顧客を相手に商売するのは大変だが、努力した分だけ、成果が出るからやりがいがあるという。もちろん、今でもピストンは作っているが、中国や日本の農機具メーカー向けだという。自動車業界よりも農機具業界の方が価値を認めてくれるからだという。そして、世界市場を相手にしているので、コストダウンが必要になると、生産の一部を、その都度海外に移転しているとのことだ。
世界が認めている日本製品の品質は、その基幹部品を作っている中小企業が支えている。だから高い技術力を持った日本の中小企業が国内の系列の下請けの呪縛を抜け出られた時に、ニッチかもしれないが世界に雄飛できるチャンスが待っている。ドイツの中小企業が元気なのは、こうした付加価値の高いグローバル・ニッチのビジネス分野で頑張っているからだ。ここでは、半導体メモリーや液晶パネルのような巨額の研究開発費用や設備投資が全く要らない。中庸の技術と中庸の設備があれば良い。あと大事なことは、顧客との密接な会話である。逆に、小規模の商談でも顧客を大切にする、こうした細目な仕事は巨額の管理費用が必要な大企業には向いていない。そこにこそ、中小企業の生きる道がある。
もう一人の社長さんは、長野県の縫製メーカーだが、アメリカの有名ブランドの洋服の縫製を一手に引き受けているのだという。このブランドは、私が米国駐在時代に大変気に入って、日本に帰ってからも買い求めているものだ。最近は、家の近くのたまプラーザ東急にも出店しているので、自分のものだけでなく息子の分まで買っている。この縫製メーカーの工場は、当初は中国の厦門で始めたが、今は昆明が主力工場だそうだ。さらにベトナムにも進出しており、近いうちにスリランカへの進出も計画している。凄い。日本の中小企業だって、十分にグローバルな会社は沢山存在する。
この社長さんは、私が名刺に厦門(アモイ)事業所と印刷してあるのを、厦門(シャーメン)と読んだのを大変気に入って下さった。私のつたない知識から、「アメリカ企業がメキシコに縫製工場を作るのはインディオの血を引くメキシコ人の視力が非常に高いからですよね。」と申し上げたら、その社長さんも全く同じ考えで、昆明の少数民族の人たちは視力が非常に高い、3.0とか4.0の人が普通に居て、暗い作業場でも繊細な仕事が出来るのだと言う。逆に明るいと眩しくて仕事が出来ないそうだ。スリランカ人も同じように高い視力の人が多いという。こうした特別な能力を持った人でないと高級ブランド洋品は作れないのだという。
さらに、こうして海外の工場で製造して海外の顧客に売っているので、昨今の円高は全く影響を受けないのだという。こんな素晴らしいグローバルな中堅企業が長野県にあるというのがまた凄い。こちらは、逆に海外の大手ブランドメーカーの下請けではあるが、社長さんの顔には、下請けという惨めさや暗さが全く感じられない。
経団連の産業政策部会での調査では、日本の資本金10億円以下の中小企業が保有している現金資産は、資本金10億円以上の大企業が持っている現金資産の10倍近くあるのだ。中小企業がお金に困っているというのは、事実ではない。困っている中小企業だけに焦点を当てていると国の産業政策は間違える。逆に、この中小企業の「金余り」こそが大きな問題である。大企業は余剰資金をきちんと成長余力のある海外への投資に振り向けている。それが中小企業には出来ていないので余剰の現金が貯まる。ここを何とかすれば、もともと技術力の高い日本の中小企業はドイツの中小企業に負けない戦いを世界市場で出来るに違いない。つまり日本の再生は中小企業のグローバル展開にかかっている。