75  震災後六ヶ月を迎えた被災地で (その1)

9月1、2日と二日間、石巻から仙台までの被災地を巡るとともに、地元の有識者の方々から、いろいろなお話を聞かせて頂いた。三ヶ月前、石巻から仙台の被災状況を見させて頂いた時は、ようやく道路上のガレキは撤去されたものの、建物が流された跡は、まるで絨毯爆撃を受けた後の状況のようで、所々には海から流されてきた船が横たわっていた。今回、またその景観は着実に変化していた。ガレキは既に大方撤去され、三ヶ月前にはガレキを満載し列をなして走っていたダンプカーは、今回は、殆ど見られない。

その替わりに、建物が流された跡地には雑草が生い茂って、あたり一面は、一見長閑な草原のように見える。ちょっと見には、ここには、以前から何もなかったのではないかとの錯覚まで持ちそうになる。この地に暮らしていた方々の生活は、まだ一向に先が見えないのに、被害を免れた方々の心の中から被災の悲惨さが風化されてしまうのではないかという危惧さえ憶える。そして、仙台に向けての海岸線を走るとガレキの一時置き場は、もはや、ちょっとした小山にまで積み上がり海岸山脈を形成しつつある。これを最終的にどう処分するかを考えると、依然として途方にくれる状況であることに変わりはない。

そんな中で、宮城の銘酒である一ノ蔵の櫻井会長と酒席をご一緒させて頂いた。一ノ蔵も、今回の大震災では大変な被害を被ったわけだが、少しづつ復旧しつつあり、幸いなことに、全国各地から多くの注文を受け、むしろ応じきれないという嬉しい悩みを抱えている。一般に銘酒と言われる日本酒は、その土地の優れた酒米の出来に大きく依存している。幸い、現在、東北各地で収穫されつつある新米の放射線濃度に心配されたような数値は出ていないので、一部の地域を除けば、無事に安全な酒米を収穫できると期待されている。しかし、放射線検査は当然として、最終的に酒米の等級がキチンと出てからでないと、酒の仕込みには使えないので、暫くは、昨年の残りの古米で醸造することになるだろうと言う。もちろん、古米だけでは、フルに生産するには全く足りない。しかし、櫻井会長は、「ご支援の気持ちで発注して頂いた新規のお客様に味わって頂く絶好のチャンスではあるが、今後とも、そのご期待に応えられるかが問われている。だから、ラベルを維持するだけのためのOEM(他社からの調達)は絶対にしない。」と言う。

一方で、宮城県酒造組合の会長も務めらている櫻井会長は、先日、三陸と福島で被災された蔵元を集めて決起集会をされた。この集会には、あの阪神淡路大震災で被災された神戸の蔵元の方々もたくさん応援に見えたそうだ。竹竿の上の樽一つだけ残って、醸造所の全てが流された、あの有名な酔仙酒造も、この集会には参加されている。仙台、塩釜、石巻(東松島)、大崎市松山にあった4つ老舗酒造家が集結して一ノ蔵を立ち上げた時にも酔仙酒造には大きなお世話になっているのだという。私が櫻井さんを尊敬するのは、こうして自身の再建も大変な時に、東北地方の被災蔵元全体を支援するだけでなく、日本酒業界全体の活性化にまで日々貢献されていることだ。この日の酒席で、ご馳走頂いたお酒も、古来の手法で醸造した山廃酒だけでなく、今、櫻井さんが全国の蔵元に勧めている低アルコールでワイン感覚の新しいタイプの日本酒も含まれていた。

そして、焼酎や発泡酒に押され気味の日本酒業界活性化のために、櫻井さんが一番熱心に推進しようとしているのがTwitterやFacebookを含むソーシャルメディアの利用である。かつて、日本酒のマーケティングは全国各地の酒屋さんが担っていた。蔵元は全国各地の酒屋さんを、こまめに歩けば世の中のトレンドが掴めたからである。しかし、大消費地である大都市では、今や酒屋さんからお酒を買う人は殆ど居ない。さらに若い人達が泥酔するような酒の飲み方もしなくなった。また、一方で若い人達の嗜好はソーシャルメディアなどを使った口コミで一層多様化していると櫻井さんは考えている。こうした社会現象を逆手にとれば小規模な地域の蔵元にも大きな市場を掴むチャンスが到来していることだと櫻井さんは言う。そして、あの大震災後、ありがたいことに日本酒の注文は東北地区に集中している。この千載一遇の機会を逃してはならないと考えている。

私は、こうした櫻井さんの考えは、日本酒の蔵元だけに限った話ではないと考えている。まさに、東北地方の再生の鍵になる話が潜んでいると思われる。今回の大震災で、東北地方の製造業が、自動車や電気製品の隠れたキーコンポーネントの生産基地であったことが分かった。これで世界のサプライチェーンが止まったのである。しかし、これは逆に東北地方の製造業にとっては仇となる危険性も含んでいる。このリスクに気づいた世界の各社は、ジャパンリスクを解除するために調達先を日本から別地域に変えようとしているのだ。しかし、こうした逆境も逆手に考えれば、東北地区の製造業にとって、将来に向けての成長力に繫がるかもしれない。

東北地方には高い技術力を持ちながら大手メーカーの下請けに組み込まれて多忙ながら利益の出ない事業を強いられている所も多い。あの造反官僚、古賀茂明さんの著作の中で、大手自動車メーカーの変速機を製造していた、ある東北の中堅企業が、その技術力を活かして人工関節の事業に乗り出したら、売り上げは10分の一だが利益率は50倍なので、将来は変速機をやめて人工関節にシフトするという話が、その典型である。どっちみち、電気自動車になれば変速機は要らなくなるのだから、このメーカーの戦略は極めて正しい。しかし、こうした変身を遂げるためには、従来下請けメーカーの時には全く不要だった顧客と密着した営業活動が必須である。この変身のためにこそ、櫻井さんが考えているようなソーシャルメディアの利用は極めて重要となるに違いない。

大震災は単に厳しい試練をもたらす天災とだけ考えずに、新たな事業に乗り出す良い機会だと思えば、やりがいがある。今や、東北地方は、日本全国はおろか世界からも注目されている。まさに同じ東北地区である山形県で奥山清行さんが進めている、「フェラーリ鉄瓶」の世界:大量生産を考えない、付加価値の高いニッチな市場への誘いである。折角の、この機会を逃してはならない。そして、政府も、単なる資金支援で、大震災が起きなくても、いずれ潰れる運命にあったゾンビ企業に、これまでどおりの延命支援をするようなことは、この厳しい財政事情のなかでは、慎まなくてはならないだろう。

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