481   変貌しつつある日本の人事制度

コロナ禍を耐えた日本が、バブル崩壊後の日本経済が陥った30年間の低迷続きを抜け出して、今や、少しずつ前向きになっているように私には見える。日立製作所社長を経て経団連会長になられた中西宏明さんが、いつも私に言っていた口癖が「日本は早く普通の国になるべきだ」だった。つまり、中西さんが言いたいことは、日本が30年間停滞してきた最大の原因は「日本特有の人事制度」にあるということ。グローバルに活躍されてきた中西さんの心の中には、日本の政治や経済の硬直化を招いている「終身雇用、年功序列」という「日本特有の人事制度」だということだ。

富士通では、毎年、アメリカと異なりユニオン(労働組合)が強い労使環境にある欧州において、EU各国子会社のCEO、人事労務部長、労働組合長を集めて、毎年、労使協議会を開催してきた。この会議の中で、各国労組の組合長からは、いつも前向きの提案を頂き感謝していたのだが、最後に必ず出される質問が「日本の富士通本社は、いつまで日本独自の人事制度を続けるのか?」だった。彼らから見れば、「自身がグローバル企業だとの自覚があるのなら、早く世界共通の人事制度にすべきでしょ!」と言うわけだ。私は、こうした彼らの考え方に全く反論できずに「早く、日本の人事制度も世界標準に合わせて行きたい」と述べるしかなかった。

日本の人事制度が、どうして組織の活性化を削いでいるのかといえば、先ずは「終身雇用」による安定化がある。上司に逆らわず、毎日言われた通りの仕事を着実にしていれば、何か余程悪いことをしない限り解雇されることがない。そして、「年功序列」は特別な落ち度がない限り一定度合いの昇給が約束される。こうした安定した雇用関係の中で、会社は、そこそこの安定性を得るが、株主が期待するような発展・成長を遂げることは期待できない。一方で、企業を取り巻く環境は日々変化して、やがて大きな試練を迎えることになる。そうした危機を迎えた時に、多くの日本企業のトップは、自らリーダーシップを取って会社を変革する人材を育てて来なかったことを悔いた。

世界で「優良」と言われている企業は、常に自らを大きく変える改革を行っている。優れた業績に輝いていた過去を否定し、将来への変革を成し遂げるリーダーになるためには、入社以来同じ組織で長く仕事をして培ったキャリアでは無理だろう。一方、世界で優良と言われるグローバル企業で活躍するリーダーたちは、幾つもの企業で異なる仕事を経験して自身のキャリアを磨いてきた。どうして、日本の企業では、こうした物語が産まれなかったのだろうか?まず、第一の理由は、現在でも、多くの日本企業のトップは入社以来の生え抜きばかりだからだ。つまり転職を繰り返していたら日本の大企業のトップにはなれなかったのだ。

そうした、これまでの日本の人事制度が、コロナ禍を経験した、この2−3年で大きく変わりつつある。入社してから3年の間に約3割の社員が辞めていくのは、かなり前から当たり前のことだった。それでも、昨年末の日経新聞では「20代社員が転職で年収が上昇するようになった」と言う記事が出た。これまで30−40代社員は転職で年収が上昇することが多く見られたが、20代社員の転職では年収が下がるのが一般的だったと言う。つまり、今や、20代社員も単に「仕事が嫌だから、辛いから」と言う理由ではなく、しっかりキャリアを磨きスキルアップし、それを活かした転職を目指していると言うことらしい。

2040年代の日本では1,100万人の労働者が不足すると言う。つまり、これからの日本は圧倒的に求職者の方が有利な状況に変化しつつある。日本が欧米のように、キャリアアップのための転職が一般的な状況になってきている中で、人事制度でも大きな変化が見られるようになった。先週の日経記事でも3メガバンクの中途採用が新規採用者の40%以上を占めるようになったと言う。富士通でも、毎年800人程度の新卒採用を行なっている中で、今年の中途採用は2,000人を超えるという。もはや、多くの日本企業は優秀な人材をスキルベースで中途採用した方が効率的だと考えている。

こうした求人側の事情は、転職を考えている若者にもよく理解されている。彼らが転職を考える最大の理由は、一昔前のように給料が安いとか上司が気に入らないと言うことよりも「キャリアを磨く恒常的な仕組みが会社の中に存在しない」と言うことらしい。ひと昔前の社内教育と言えば、OJTと呼ばれる今やっている仕事に直接関係したスキルを上司が部下に教えることを指していたが、今、若者が求めているスキルアップの仕組みは全く異なるものである。多くの若者は、今、彼らがやっている仕事とは関係ないスキルを磨く機会を求めている。「どうして、今の仕事に関係ないスキルを求めるのか?」と言う経営幹部が居たら、「それは貴方の方が間違っている」と私は次のように言いたい。

つまり経営トップが、次のステップへの飛躍を考えるには、現在の社員が持っていないスキルが必要となるかも知れないからだ。そうしたスキルを持った人材をどのように探すのか?と言う命題は深刻である。今後、年功序列という人事制度は間違いなく崩壊する。将来、降りかかって来る企業を取り巻く変化は、ただ、年を取れば自然と色々な知識が積み重なるという程度のスキルアップでは対応できないからだ。つまり、今後、社員の給与水準は持っているスキルベースで決まる時代になる。世界の中で、日本人がスキルアップに積極的でなかった理由は、終身雇用でずっと同じ仕事をしていても年齢が上がれば自然と給与が上がるというぬるま湯のような人事制度の中で生きてきたからだ。

本当に、これからは、働き手がいなくて倒産するという企業が増えて来るだろう。そうした状況の中で、求職者と求人者の双方で改革に向けてスキル獲得競争が続いている。先ずは、人手不足で悩む企業側のアプローチとして、いろいろなことを考えた結果、従業員のスキルアップの仕掛けとして「生成AI(例えばChatGPT)」が一番良いとの結論を出している。「生成AI」は、あらゆる優秀な知識人を超える豊富な知識を持つ賢人であり、誰もが「自ら勉強する」ことを助ける教師としての役割を立派に果たすことができる。これまで、いわゆるAIを使うのは高度な理系の知識が必要だったが、「生成AI」を使うには、一般常識があればそれだけで十分である。横須賀市役所が、まず全員に「生成AI」を使わせてみることを決断したことは大変立派な人事施策だと思う。

私が関わっている企業でも、若い人たちに、この「生成AI」を使わせて、自身の業務効率化に向けてのチャレンジをさせている。私も、すでに、何回か成果発表会に参加させて頂いたが、業務として「生成AI」への挑戦を命じられた社員の士気はすこぶる上がっている。「生成AI」の使用で、一番苦労するのが「質問の仕方(プロンプト)」である。何しろ、「生成AI」は何でも知っているわけだから、きちんと質問すれば、それに対して正しく答えてくれる。この「質問の仕方」が一番のノウハウとも言える。

この発表会では、多くの参加者が自身の実務経験を話してくれるので、「次に、自分もそういうやり方で質問してみよう!」と気になってくる。さらに、この「生成AI」は叱ると、一度誤ってから、さらに詳しい答えを出し直してくれるそうで質問者は思わず「可愛い」と親しみを覚えるそうだ。多くの発表者が、普段1時間ほども考え抜いていたアイデアを10−15分で何十通りも提案してくれるので、自身は一番良いと思うものを選ぶだけで済んだとのことで、「これを使えば業務の効率化に役立つ」と言っていた。

まさに、今後人手不足で苦しみ企業としては、「生成AI」は少ない人数で効率的に仕事が出来る良いツールとなるであろう。さらに、こうしたスキルアップの経験を日常的な仕事の中で積ませることは、士気向上に繋がり転職を防止するための優れた人事施策となるに違いない。日本の人事制度を世界に負けないレベルまで大きく変えられるかどうか? この「生成AI」の活用が、その成否の鍵を握っているのかも知れない。

 

 

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