424  ポスト・コロナ時代に向けて (4)

COVID-19の恐怖が染み付いてきたせいか、いろいろな所で異変が起きている。例えば、大型スーパーではスマホ決済可能なレジだけが混んでいる。皆さん、誰が触ったかわからない現金を自分の手で触れたくないからだ。私が、スマホ決済を嫌いだった理由は、銀行口座とスマホが紐づけられると詐欺に会う確率が極めて高くなると心配していたからに他ならない。しかし、PayPayではセブン銀行ATMで銀行口座から引き出した現金をスマホ内の口座にプレチャージできるのを知り、急遽、スマホ決済に参入することにした。

さて、COVID-19の影響で生活に苦しんでいる方々への10万円の特別定額給付金について、その手続きに関して大きな問題となっている。諸外国では、給付の発表から二日後には各人の口座に振り込まれたのに、日本では手続きの申込書が届くまで1ヶ月、それから支給されるまで、さらに1ヶ月かかるかも知れないからだ。私は、PCR検査の意図的な抑制策など、COVID-19に関する政府の諸施策については、依然として大きな不満を持っているが、この特別定額給付金の支給については国民の側にも一端の責任があると考えている。

2009年7月、経済評論家で国際公共政策センター理事長の田中直毅先生と一緒にインドを訪問した。その直前に設立されたインド固有識別番号庁(UIDAI)を訪れ、マンモハン・シン首相の特命で、同庁の総裁に任命されたナンダニ・ニレカニ氏から、お話を伺った。固有識別番号庁とはインド国民全員に背番号を付与するための組織であり、ニレカニ氏はインドの三大ITベンダーの一つであるインフォシスの共同創業者で、会長兼CEOを退任してUIDAIの総裁に就任した。UIDAIは、前月に発足したばかりで組織員はニレカニ氏を含めて3人しかいない小さな組織だった。

「シン首相は、私に、インド国民全員の固有識別番号(UID)制度を確立してほしいと命じられた。しかし、インドは世界最大の民主主義国家であり、国会議員も首相も選挙で選ばれる。国民は、その民主主義に大きな誇りを持っている。だから、誰しも、自分にUIDを付与され管理されることに大きな抵抗感を持つ。首相は、全員にUIDを付与するよう命じられたが、私は無理だと思っている。まず、UIDを持った方が便利で生活が豊になれると感じた人から応じてくれれば良い。大変、恥ずかしい話だが、インドの役所は腐敗している。インド政府が貧しい人々に向けて支給しているお金の殆どが役人たちにネコババされて途中で消滅し必要な人に届いていない。インドのある州では、政府が貧しい人々のために配布しているフードチケットが州の人口の3倍もあるという。UID制度によって貧しい人々に間違いなく政府の支援が届くよう、インドの社会福祉制度を根幹から変えなくてはならない。」とニレカニ総裁は私たちに熱く語られた。

その時、ニレカニ総裁が悩んでいたのは、UIDを担保するための生体認証をどうやって行うかだった。虹彩認識は高価で普及が難しいし、指紋は安価にできるが多数のインドの労働者は激しい作業で指紋が消滅している人が多いからだ。しかし、テクノロジーの進歩は社会制度の進展より遥かに早い。ニレカニ氏がUIDAIを設立してから8年たった、2017年には、この制度はアドハー(Aadhaar)として確立され、インド総人口の99%である11億6000万人の指紋、顔写真、虹彩が登録された。

今や、インドではUIDは銀行口座の開設やスマホのSIMカード登録には必須の手段となっている。インド政府から貧困層への支援金は、直接スマホ口座に振り込まれる。インドでは物乞いの人々までスマホを持っているので全く問題ない。シン首相がニレカニ氏にUIDの登録を急がせたのは、世界中でインドが最も遅れている国だったからだ。もちろん、日本を除いてという意味である。インドも含めて、欧米各国では、今回のCOVID-19禍で困っている方々への現金支給など、申請手続きなど全く必要がない。

インドとは好対照のアメリカでは、どうなっているのか? 20年前にアメリカに赴任した私の経験から言えば、アメリカに入国して最初の行うべき責務は社会保障番号(SSID)の登録である。運転免許証の申請も、銀行口座の開設もSSID無くしては出来ない。アメリカの国税庁である「アメリカ合衆国内国歳入庁(IRS)」に所得申告する際にも、SSIDと銀行口座番号の登録が必須である。日本と異なり、アメリカでは、給与所得者のほぼ全員がIRSに所得申告をする。それは、アメリカの源泉徴収額が過剰であり、税務申告すれば、ほぼ全員に過重税額が申告銀行口座に還付されるからだ。

つまり、政府が、ほぼ国民全員の銀行口座を知っているので、今回のようなCOVID-19禍による支援金を支給する際の、国民側の申請手続きは一切不要である。しかも税務当局は所得申告額まで知っているので、政策によっては高額所得者を支給対象から外すことも簡単にできる。こんなことを言うと怒られそうだが、日本も、本来は国民全員に10万円を支給するより、困窮している人々への30万円支給の方が政策的には正しかったはずである。この政策が大きな非難を浴びたのは手続きの更なる大幅な遅れが予想されたからだ。

今回のCOVID-19禍で大幅に縮小されるか、あるいは破壊された業種・業態があり、しかも、それは、簡単には元に戻らないだろう。そこで働いていた人々の救済は、これから一体どうするのか? もはや、ベーシック・インカムに近い制度の導入しか考えられない。そのためには、日本においても、UID(マイナンバー)の適用分野を、今より一層拡大していくしか救われる道はないだろう。

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