398 シリコンバレーの光と陰 (3)

Disrupt SF 2018コンベンションが開催されているモスコーニ・センターの近くで、シリコンバレー業界アナリストであるJeremiah Owyang(私には発音できない)氏とランチミーティングを行なった。まず、Owyang氏と私は、お互いの共通の友人であるリサ・ガンスキー女史の話から始めた。それから、人工知能は天使か悪魔か?という話題に入り、暫くしてから、シリコンバレーは、これから、どうなるか?という点に関して意見交換をした。

いろいろな議論を経て、Owyang氏と私は、シリコンバレーは、今がピークで、これから、暫くは下降局面に向かうのではないか?という点で一致した。実は、シリコンバレーは、1960-1970年代に、この地で半導体産業が芽生えて発展した後、何度か栄枯盛衰の歴史を繰り返している。私が、最初にシリコンバレーを訪れたのは、確か1984年だったと覚えている。とにかく、街全体がひっそりと静まり返っていて、あちこちのビルにFor Sale(売出中)、For Rent(入居募集)の看板が掲げられていた。それでも、まだ、殆どが果樹園だったシリコンバレーは、長閑な田園風景のためか、それほどの深刻さは感じられなかった。

丁度、この時、シリコンバレーの企業が世界を席巻していた半導体メモリーで日米逆転が起き、日本企業が世界市場を占有したからだ。インテルもDRAMから撤退し、プロセッサ専業メーカに舵を切った。翌年の1985 年には米国半導体連盟(SIA)による米国通商法301条に基づく通商代表部(USTR)への日本製半導体のダンピング提訴がなされ、日米政府間での半導体問題協議が開始された。そして、1986年には日米半導体協定が締結される。まさに、今、起きている米中貿易戦争と全く同じ構図である。その後、インテルはメモリ事業から撤退、プロセッサで世界を席巻し、シリコンバレーを再興して行く。

次は、私がシリコンバレーに駐在した1998年から2000年の3年間に大きなドラマが起きた。1995年のWindows95発売と共にインターネットが普及し、アメリカは高度情報処理社会へと突入した。この時、シリコンバレーで起きたのが。いわゆるドットコム・バブルである。富士通も全米に光ファイバーケーブルを張り巡らせて巨額の利益を計上し、永年のアメリカビジネスの累損を、たった1年で一掃できるほど景気がよかった。しかし、2000年問題をクリアして、21世紀に突入すると全ては一変した。私は、まさに、シリコンバレーのジェットコースターのような変遷を目の前で見ることになった。

余剰で使われなくなった光ケーブルはダークファイバーと呼ばれた。新興企業だけでなく、大手通信企業まで次々と倒産した。高級車を購入した借金の返済にと考えていたストックオプションは悉く紙くずになった。毎日、何十台ものレッカー車が借金のカタに高級車をシリコンバレー企業の駐車場から牽引して行く景色が日常的になった。宴は突然終わったのだ。そう、バブルは突然弾けるのである。私の会社でも、巨額のストックオプションに目が眩んで転職した社員が、次々と戻ってきた。

Owyang氏は、今のシリコンバレーは、あの時のドットコムバブルの時とは構造が全く異なるが、この先、今が、「あの時がピークだったね」と言われる可能性があるのではないかと言う。それでは、今のシリコンバレーが抱える問題は、一体何なのか考えてみたい。まず、最初の一つ目は、カネ余りである。新興国経済が、次々と破綻に向かっている今、お金は世界中からアメリカへ向かい、その投資先を探している。そして、もう一つは、Apple、Google、Facebookといったシリコンバレー企業が稼ぎ出す巨額の利益である。

お金は何をするにも必要なものだが、過剰に供給されても問題を引き起こす。これまでシリコンバレーに投資してきたベンチャーキャピタルは、今、優良なスタートアップを選ぶのに大変苦労している。優良なスタートアップは、既に十分な資金を得ていることが多いからだ。さらに、優良なスタートアップの数、そのものが従来より大きく減っている。それは、各スタートアップとも、人材獲得に大変苦労しているからだ。

つまり、Apple、Google、Facebookといった高収益企業が高給で多くの優秀な人材を集めているので、何も苦労してスタートアップで働かなくても良いのではないかと言う気分にさせていて、シリコンバレー特有のハングリー精神は徐々に失われつつある。さらに、Apple、Google、Facebookといった高収益企業は、巨額の開発資金を使って優れたスタートアップを極めて早い段階で買収してしまう。優れたスタートアップであればあるほど、起業した直後に姿を消してしまうので、ベンチャーキャピタルやファンドは、それを探すのに苦労する。

しかも、今回、アメリカの証券管理委員会がAmazon、Apple、Google、Facebook、Netflixと言った企業を「コミュニケーション・サービス」と言った広義の業種に定義づけた。つまり、これらの企業は、情報サービス、広告、メディア、物流、金融、人材サービス、不動産など、何でもありの業態と位置付けられたわけだが、実際、これらの企業は、ITを核として、ありとあらゆる分野に事業を広げようとしている。こうした、巨大企業が、あらゆる分野で、多くの優秀な人材を使って、巨額の資金を投入して新事業に進出するとなると、いくら天才肌の起業家でも、この巨人たちに対して、竹槍で真っ向から太刀打ちすることは極めて難しい。

こうした環境条件の変化は、イノベーションの聖地であるシリコンバレーを大きく変質させる可能性がある。今、シリコンバレーは世界を支配する巨大企業軍団の帝国となった。それゆえに、次の展開が極めて難しくなったと言えるだろう。つまり、もう、こうした巨大企業をDisrupt(破壊)することは容易ではない。シリコンバレーは、もはや、挑戦する側から挑戦される側に転換したのかも知れないと言う事だ。

コメントは受け付けていません。