387 柳瀬唯夫さんのこと

今、国会で加計学園問題を巡って、かつて安部晋三総理大臣秘書官だった柳瀬唯夫経産省審議官が大きな話題になっている。加計学園問題の本質が何であるか、その中で柳瀬さんが、どういう役割を果たされたのか、私には全く知る由も無い。それでも、私にとって柳瀬さんは、経産官僚として、最も尊敬する三人の方々の一人である。柳瀬さんは、本来、日本を救済できる数少ない英才官僚なのに、こんなつまらない問題に関わり、その将来を摘み取られてしまったとしたら、日本にとって、本当に大きな損失である。

そもそも、経産省で私が最も尊敬する三人の方々の、最初の一人は、特許庁長官を退官後、富士通の副会長、富士通総研の会長と、私と全く同じ職歴を経た高島章さんである。私の妻は、学生時代にカトリックの洗礼を受けているが、私がインドに初めて出張する際に、遠藤周作の「深い河」を読んでから行くべきと言った。実際に、それは実に深い意味があり、大いに役にたった。このことを、当時、富士通の副会長だった高島さんにお話しすると「それは、素晴らしいお話ですね。実は、私は、遠藤周作とは初台教会の仲間で友達なのですよ。でも、深い河は、未だ読んでいません。ぜひ、読んで見ます」と言って頂いた。

その後、私が、高島さんの後任として富士通総研の会長に就任した直後に、高島さんは病気で亡くなられたが、その時、私は胡錦濤主席の招待で、上海万博の開会式に参加しており、高島さんの葬儀には参列できなかった。その後、私は、ヨハネ・パウロ2世の列福式の記念品を持参して初台教会で行われた高島さんの1周忌に参列した。初台教会は私の妻が洗礼を受けた記念の教会でもあった。ヨハネ・パウロ2世の記念品を高島さんの奥様にお渡しした時に、次のように驚くような凄いお話を伺った。

高島さんご家族は、プライベートにバチカンを訪問されたそうだ。奥様は、高島さんからイタリアは治安が悪いから、良い服は持たずに普段着で行こうと言われて、そのようにした。イタリアについた後、当時のバチカン大使から「ヨハネ・パウロ2世と謁見する手はずがついたので、どうぞおいでください」という連絡がきたそうだ。奥様としては、法王様と謁見するなら、一張羅を着てくれば良かったと後悔したが、とにかく謁見をさせて頂くことにした。そんなこともあり、私が、持参した、ヨハネ・パウロ2世の列福式記念品を高島さんの奥様は大変喜んで頂いた。

二人目は、今回の柳瀬さんと同じ経産省審議官になられた岡田秀一さんである。岡田さんは、東大法学部で私の弟と同級生で、司法試験、公認会計士試験と合わせて上級国家公務員試験に合格された稀代の秀才である。各省から選抜された、省庁再編本部で、同じく郵政省から選抜された私の弟と机を並べて、1年で380本の法律を改変した。その後、岡田さんは、小泉内閣で総理大臣秘書官となる。余りにも優秀だったので、岡田さんは、5年間も総理大臣秘書官を務めて、経産省に帰任する時には帰任部署がなく、一時、大学教授も務めてポストが空くのを待たれていたほどである。

その岡田さんに私は本当に助けられた。当時、日本―EUビジネスラウンドテーブルに参加していた私は、通商政策局長になられた岡田さんのご支援を頂き、存分に活躍できた。岡田さんは、流暢な英語を駆使して、老練なEUとの会議を極めて上手に運営されていた。日本―EUビジネスラウンドテーブルは、ドイツ、フランス、イタリアと開催される国は順に変わるのだが、現地日本大使館公邸の晩餐会には、経団連会長以下、少数の選ばれたメンバーしか参加できない。私が、いつも、この晩餐会に招待されたのは、岡田さんの采配があったからだろうと感謝している。そして、岡田さんが経産省を退官された時、弟と一緒に会食した時のことは、今でも忘れられない。

そして、三人目が、今回話題になっている柳瀬唯夫さんである。柳瀬さんは、もちろん経産省の超エリートとして。麻生内閣の総理大臣秘書官を務められた。しかし、その後、民主党への政権交代があり、柳瀬さんは、経産省に戻って産業再生課長に就任された。その時、私は、経団連の産業政策部会長を務めていた。お互いに、経産省産業再生課長と経団連産業政策部会長として、日本再生のために何をするべきか、私は柳瀬さんと、何度かサシで議論をさせて頂いた。そこで、私は、柳瀬さんから次のような衝撃の話を伺うことになった。後にも先にも、経産省官僚から、こんな話を聞くのは初めてだった。

柳瀬さんの話は、以下の通りである。「バブル崩壊後、経産省は20年間に渡り、20回も、次々と手を変えて、日本の産業再生政策について提案をし続けてきた。その結果が、何と20連敗である。しかし、その反省が全く無いまま、目先を変えて、次々と新たな政策提言をしてきたのだ。何が、間違えていたのか、そのPDCAを議論しないで、新たな政策を作ること自体が全く間違っていた」 何と素晴らしい話だろう。私は、心底、こんなに素晴らしい官僚がいるのだと心から感銘を受けた。

柳瀬さんは、民主党が崩壊し、自民党に政権が戻って安倍晋三氏が首相に就任すると、再び、異例とも思われる人事で総理大臣秘書官に就任した。アベノミックスの基本ストーリーは、やはり、柳瀬さんが深く関わっているものと思われる。アベノミックスに、賛否両論があるのは、私は百も承知しているが、多くの経済人は、これを高く評価している。その意味で、柳瀬さんは、大変良い仕事をされて、今回、その成果が高く評価されて経産審議官になられたものと理解している。

しかし、今回、このようなつまらない問題で、柳瀬さんのような稀代の官僚を、国会招致に召喚するのは大変残念であり、本当に痛ましい。官僚にとっても、政治家にとっても、困窮する国家を再生することが一番重要な問題のはずであり、それ以外のことはどうでも良い。今回の一連の問題で、日本最大のシンクタンクである霞が関の官僚たちの士気が、どうなっているのか私は大変心配である。政治家は、所詮、国家のことより次の選挙のことしか考えていない。政治主導という考えに、私は全く賛同していない。

コメントは受け付けていません。