378 スマート農業について(3)

11月16日、広澤里佳富士通マーケティング静岡支社長のお世話により、富士通がオリックス、増田採種場とともに立ち上げた、静岡県磐田市のスマート農場 SAC(スマートアグリカルチャ) iwata(磐田)を見学させて頂いた。大変失礼ながら、私の事前の予想を遥かに上回る本格的な操業をしている実態に本当に驚いた。高さ6m、面積は12,000平米(ほぼ1ヘクタール)という巨大なハウスが6棟、パプリカ、トマト、パクチーなど単価の高い野菜を中心として見事な生育を成し遂げている。しかも、創業してからたった1年半で、これだけの事業を立ち上げているのは本当に驚きでしかない。

大体、一つの作物をまともに仕上げてから、品種を増やすのが一般的なのに、一遍に数種類の作物を同時に立ち上げするなど、無謀な事だと近隣の農家は助言したらしい。そうした常識に反して、SAC iwataは見事に、その複数種同時立上げを、やり遂げたところが凄いと言わざるを得ない。私は、SAC iwataの須藤社長に真っ先に質問した。「なぜ、最初に始めたのが磐田市なのですか?」と。須藤社長は、「結果的に見て、磐田市は全国一の日照時間を誇る地域なのでハウス栽培として最適地であることは間違いないのです」と言う。確かに、新幹線に乗って東京から名古屋に向かうと、この磐田市付近に近づくと、やたら太陽光発電設備が多くなることに気づくだろう。

須藤社長は、全国各地の自治体を訪ねて、スマート農業の設立を説得したが、総論賛成だが具体論になると、自治体側は簡単には実現出来ない理由を山ほど出してくるので、心底落胆したのだと言う。しかし、磐田市だけは違った。実現に向けて、地元の農協や、農家を説得して、全力で富士通の助けになってくれたのだと言う。須藤社長に言わせると、大体、磐田市役所に行くと殆どの職員が職場にいないらしい。多くの磐田市の職員は、東京を始め、日本全国を回って地場の振興の為に何が出来るか奔走しているとのことだった。

そうした、磐田市の全面的なサポートがあって、こうしたSAC iwataの垂直立ち上げは実現した。さらに、このSAC iwataでは、富士通がシステム設計と農場運営を担い、オリックスは物流と販売、増田採種場は苗の提供と技術指導を分担している。私も、初めて知ったのだが、農業は生産物を、どこに出荷すると言うのが一番難しいらしい。特に、単価の高いパプリカやパクチーなど、どこで買ってくれるか普通はわからない。これを、オリックスが全て担ってくれている。こうした付加価値の高い食材を、日本全国のどこのレストランや食品スーパへ提供したら良いかはオリックスが全て手配してくれる。さらに、私が、驚いたのは、野菜ハウス栽培の技術ノウハウは農家ではなくて、今や種苗会社が全て把握していると言うことである。

現在、野菜のハウス栽培では、農家は種や苗を自家培養してはいなくて、全て種苗会社から購入するようになった。それで、種苗会社は、単に、優れた種や苗を提供するだけではなく、どのように育てるかと言う綿密なレシピを用意しないと、他の種苗会社と差別化出来なくなっている。ところが、その種苗会社が提供する育て方のレシピ通り育てると言うこと自体が、そう簡単ではなくなった。実は、最近の激しい気候変動により、外気の変動があまりに大きく、ハウス内の環境を、どのように制御して、種苗会社のレシピ通りにするかは、決して簡単ではなくなっている。

そこは、富士通が一番得意なところである。自然光、温度、湿度を測定し、点滴灌漑で供給する栄養分の量の管理や、ハウス内のCO2濃度のコントロールなど、レシピ通りにハウス内の環境を整備するなど、今、流行りのIoTを使って行うことは、まさに富士通の得意中の得意の領域である。元来、昔から、農家には代々受け継がれてきた農作物栽培のノウハウがあったはずである。しかし、それは暗黙知の領域を出ることはなく、後継者に引き継がれることもなく、また、近年の急激な気象変動によって全く役に立たなくなってしまったのである。

そうは言っても、レシピ通りにやれば、うまく行くほどに、植物の栽培は、そう簡単なものではない。それで、このSAC iwataでは、植物の健康状態をリアルタイムで監視することにした。健康な植物こそが、良い果実を作るはずである。その健康状態をMaxにするための環境条件を整えないと、何のための環境コントロールかわからない。それでは、どのようにして、植物の健康状態をリアルタイムに測定するかである。

富士通は井関農機と共同で、日中に光合成で生産した澱粉が植物の葉に、どれだけ蓄えられているかを夜間に紫外線を使って測定するシステムを開発した。植物健康管理装置という自走ロボットが夜間にハウス内を走り回り、葉っぱの残留澱粉を測定し、健康状態を測定するのである。こうした植物の健康情報を、ハウス内の位置情報と結びつけて、さらに、どのように採光量、温度、CO2濃度や肥料量を変えて行くか?あるいは、負荷を減らすために、適切な摘果をするかなど、フィードバックの処置として行くかを決定して行く。つまり、種苗会社が提供する栽培レシピに、いかに忠実に実行して行くかが、美味しい果実と、その収量拡大の鍵となる。

21世紀の農業は、もはや、経験と勘で最適化できるほど簡単ではなくなっている。それほどまでに、気候変動は激しく、また種苗会社を含むトータルなエコシステムは高度化しているのだ。本当に、私は、この富士通のスマート農業の拠点である、SAC iwataを見学させて頂き感動した。ただ、極めて残念なのは、この世界最先端の設備の殆どがオランダ製だということだった。先日、北海道の牧場で見学した全自動搾乳ロボットも、またオランダ製だった。オランダは、日本より遥かに狭い農地しかないのに、米国に次ぐ世界第2位の農産物輸出国である。

今後、世界の人口は70億人から90億人へ増加して行く。今でも、今後とも、飢餓問題は世界の中心命題である。一方、オランダは、半導体製造装置や半導体検査装置でもダントツの世界一であり、キャノンやニコン、東京エレクトロンやアドバンテストなど日本メーカーの大きな脅威となっている。液晶や半導体など、規模に依存する産業は、中国や韓国、台湾など政府の支援を有するメーカーと対抗しても無駄である。むしろ、その産業を支える設備産業の方が、よほどに価値がある。オランダ政府の産業政策の基本的な考え方は、生産量より付加価値にある。

食料生産に利するための、AIやロボットを駆使した、農業関連産業こそが21世紀の花形産業になるであろう。日本は、オランダから、もっと多くを学ぶべきである。もう、単一品種の大量生産は、日本じゃなくても良いじゃないかと私は思う。それは、中国、韓国、台湾に任せておけば良いではないか。もはや、それは日本がやる仕事ではないだろう。21世紀の日本は、これから何をなすべきなのか?今回、富士通のスマート農業拠点 SAC iwataを見学して考えさせられることは本当に多かった。

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