先週、私が社外取締役を務める日立造船が、秋田市の支援を受けて、本年8月から運用を開始したバイオガス発電所を見学に行った。ちなみに日立造船は、もはや造船事業から撤退しており、主力ビジネスであるゴミ焼却発電炉では世界一のシェアを有している。もともと、ゴミを焼却するという考え方は、土地が狭い日本と欧州にしかなく、米国を始めとして、世界のほとんどの国では、有り余った遊休地にゴミを埋設するという考え方が主流であった。
しかし、中国やインドをはじめとした、多くの人口を抱える新興国の生活水準が向上すると発生するゴミの量は飛躍的に増大し、しかも、人口は都市に集中するので、近隣に捨てられた膨大な量のゴミは深刻な環境問題を引き起こしている。ゴミ焼却発電炉は、新興国の環境問題を解決するだけでなく、ベース電源として安定した電力エネルギーを供給するので、まさに一石二鳥である。日立造船では、現在、中国やインド以外にも東南アジア、ロシア、中東、中南米からも多くの引き合いが来ている。
欧州は、環境先進国としてゴミ焼却発電という考え方を生み出したが、今や、その次のステップへと歩もうとしている。つまり、紙やプラスティック、金属などはリサイクルし、食品残渣の生ゴミだけを弁別収集して、それをメタン菌により発酵させたメタンガスを用いて、発電や熱源に役立てる考え方である。今回、見学した秋田のバイオガス発電所では、食品製造業や食品加工業から出る野菜クズ、加工残渣、不良品、消費期限切れ食品などの産業廃棄物や、ホテル、飲食店、スーパー、介護施設、病院などから排出される食品残渣などの事業系一般廃棄物を対象としている。1日の処理能力は50トン、発電能力は最大730KWhとなっている。
メタン菌を用いたバイオガス発電の仕組みは、次のようなものである。最初に、収集車から受け入れホッパに入れられた生ゴミから、選別装置により包装ビニールなど発酵不適物を除外する。その選別生ゴミは、巨大な発酵槽で役目を終えて返送された発酵液と混ぜられて混合液となる。この混合液を蒸気によって加熱・撹拌して発酵しやすい柔らかな可溶化液に変換させる。ここで、注目しないといけないのは、選別生ゴミを可溶化する際には、外部から水の供給なしに、リサイクルされた発酵液を用いていることである。メタン菌は35度から40度の環境で繁殖するが、この温度設定のための蒸気もガス発電機の排熱ガスによって作られた蒸気ボイラーから供給されている。つまり、このバイオガス発電設備は、正常に運転されているかぎり、生ゴミ以外の外部資源を一切使用しない。水も電気も蒸気も全て自身で生み出したものを利用している。
このドロドロにまで柔らかくなった可溶化液は、2棟の巨大なメタン発酵槽に入れられる。発酵槽に注入された可溶化液はメタン菌によって発酵・分解されメタンガスを発生させて18日間で役目を終えて発酵槽から排出される。そもそもメタン菌は嫌気性細菌で、空気に触れては役目を果たせないので、発酵槽は水で満たされている。そして、この秋田のバイオガス発電所の種となるメタン菌は、すぐ近くにある、秋田市の下水処理場で汚泥処理に使われていたものを転用している。メタン菌は弱い菌なので、遠距離を運搬することは好ましくなく、万が一の時にも近くから供給されることを期待している。
この発酵槽から最終的に出てくるのは、バイオガスと発酵液と汚泥である。まず、このバイオガスにはメタンガスだけでなく硫化水素も含まれているので、脱硫し、純粋なメタンガスだけを発電機に送る。発酵液の一部は混合槽・可溶化槽に戻されるが、その他は、膜分離によって浄化し、綺麗な水にして下水に放流している。残りの汚泥は乾燥させて堆肥とし、秋田名物じゅん菜農家に供給している。つまり、このバイオガス発電所では全く二次廃棄物を出さないエコシステムを形成している。
また、この発電所は巨大な球状のガスホルダにメタンガスを蓄積しているので、常に一定出力の電力を供給できるベース電源となっている。一般的に、ガス発電機は電力を発生するだけでなく、高温の蒸気を出力する。電力は電力線によって遠隔地に送電できるが、問題なのは熱源の利用方法である。その点、このバイオガス発電所は、この熱源を、メタン発酵を活性化させるための加熱処理に使い、発酵液から乾燥汚泥を作るための熱源にも利用し、自身で使い切ることができるメリットがある。
このバイオガス発電所の建設と運営は、日立造船が行なっているが、このエコシステム全体は、秋田市、秋田市の産廃業者、秋田市の食品加工業の密接な連携によって稼働している。発電所の立地も、秋田市の金属加工団地という周囲に住民が住んでいない地域で環境アセスメントの必要もなく順調に建設が進んだという恵まれた条件も整っていた。この金属加工団地から砂防林を10分ほど車で走ると、雄物川風力発電地域があり、多くの風力発電機が唸りを上げて回っている。日立造船も、この雄物川では、現在2基の風力発電機を建設、運営している。
それにしても、秋田市、秋田県は、日本でも秀でて環境問題に関心が高い地域である。何が、その要因なのか?私なりに考えてみた。そういえば、かつて秋田は日本で数少ない油田地帯だった。大学に鉱山学科があるのも秋田大学だけである。そうしたこともあり、秋田県民はエネルギー資源には関心が高いのだろう。もう一つは、秋田県にある小坂銅山を引き継いだDOWAホールディングスは日本屈指の金属リサイクル企業で「都市鉱山」の主要な担い手でもある。風力発電やバイオガス発電など、再生可能エネルギーに熱心な秋田県民の心意気に心から敬意を評したい。