今回、北朝鮮が声明に出した、社会インフラを完全に崩壊させる、高高度核爆発による電磁波パルス(EMP)攻撃が大きな話題になっているが、核開発競争の歴史において、それは特別に目新しいものではない。実は、アメリカとソ連は1960年代から、この高高度核爆発の効果に着眼して実際に実験まで行っていた。ただ、その発想は、北朝鮮とは全く異なるものであった。
アメリカは、ビキニ環礁で初めて行った水爆実験で、当初想定していないほどの大きな衝撃を受けた。爆心地から30キロも離れた監視センターは、堅固な放射線防護設備によって降りかかる放射能を1万分の1まで軽減し完璧な安全性を約束するものであったが、そこで観測された放射線量はほぼ致死量に匹敵する量のものだった。この実験で、アメリカの軍部は、すごい武器を開発したという以上に、大きな恐怖を感じ取った。もし、敵が同じ武器を持った時に、双方ともに、もはや一方的な勝利はありえない。お互いに、全滅するしかないということを悟った。
それ以降は、より高度な武器を開発する以上に、どうやって敵の攻撃を防ぐかということを真剣に考えた。この難題に光明を見出したのが高高度核爆発だった。敵のICBMを撹乱するための防御層を成層圏に作り出そうという考えである。一見すると、あまりに無茶な考えと思われるが、アメリカもソ連も実際に開発し、実験まで行なった。それも、ケネディ大統領とフルシチョフ第一書記の時代で、キューバ危機の真最中であった。
アメリカの大統領であったケネディは、核のボタンを押す寸前まで行ったと言われている。ところが、このキューバ危機の真最中に、アメリカは高高度核爆発の実験を2度も行なったのだ。同じく、ソ連もアメリカに負けじと、同じ期間に高高度核爆発を、アメリカと同じく2度も行なった。両首脳とも、核攻撃のボタンは遂に押すことはなかったが、高高度核爆発の実験ボタンは2度も押して居た。しかし、アメリカもソ連も、このやり方は、防御としてはあまりに危険で、しかも、本当に敵の攻撃を防ぐには、何百発もの核爆発を自国の上空で炸裂させなければならないので、非現実的だとして遂に断念した。実に賢明な考えである。
さらにアメリカの軍事研究組織であるARPAは、敵が高高度核爆発を行い、一酸化窒素(NO2)の巨大な雲を作り、その雲が長期間消えずに残った時に、敵のミサイルが感知できないのではないかと恐れた。しかし、それはシミュレーションの結果、その為には膨大な数のメガトン級の核爆発が必要であり、現実味がないとの結論が出てARPAは特に心配する必要はないとした。ソ連も、全く同じ結論を出したものと思われる。ただ、超微細加工の半導体をふんだんに使っている現代は、電磁波パルスには極めて脆弱である。敵の攻撃に対する防御網を撹乱させられるというより社会インフラが徹底的に破壊される恐れがある。やはり雷サージと同じようなシールド対策が必要である。
次にアメリカとソ連が考えたのは迎撃ミサイルを撹乱する5個から6個のデコイを搭載した多核弾頭ミサイルである。このプログラムは「ペネトレーション・エイド(防衛網突破装置)」と名付けられた。早速、アメリカは、今から50年以上も前の1962年に、ニューメキシコ州とマーシャル群島で実証実験を行い、期待以上の効果が発揮された。これで、個別誘導複数目標核弾頭(MIRV)という新種の水素爆弾が誕生した。もちろん、ソ連も、これにすぐに追随し、熾烈な核開発競争は、ますます勝者なき戦いとなった。
次に、開発されるのが指向性エネルギー・ビームによってICBMを撃ち落とす計画だ。ビームの正体は、レーザーを伴う電磁波か、電子か陽子を伴う、荷電粒子のどちらかである。この開発計画は「プロジェクト・シーソー」と呼ばれ、1960年から15年間ARPAによって続けられ、1974年にアメリカ原子力委員会に引き継がれて、今も、全く公開されていない最高の機密情報である。こうして見ると、今、メディアで騒がれている北朝鮮の核ミサイル開発は、アメリカとソ連では、半世紀以上も前から開発が進められているものばかりである。我々は、どれほど高度な軍事技術も50年も経てば世界一の最貧国すら実現できるようになってしまうという現実認識を新たに確認しなければならない。
結局、アメリカとソ連の熾烈な核開発競争は、どちらにも勝算を見いだせることにはならなかった。そして、ソ連を崩壊させたのは、アメリカの核攻撃ではなくて、破綻した経済状況に辛酸を舐めた国民の怒りだった。それでも、私たちは、アメリカとソ連の首脳たちの賢明な判断にどれだけ救われたかわからない。金正恩も、自身の体制維持を望むならば、自制こそが救われる唯一の道である。しかし、その核のボタンを押す権利を持った金正恩が、万が一、狂気の沙汰に及んだ時、犠牲になるのは彼だけに止まらない。世界は阿鼻叫喚を極めることになる。何とか思い止まって欲しいと心から願っている。
(参考文献) 「ペンタゴンの頭脳」 アニー・ジェイコブセン著