最近、「フィンテック」という言葉をよく耳にされるだろう。これは金融工学、フィナンシャルテクノロジー(Financial Technology)の略語であり、フィンテックはFin Techから来ている。最近の「フィンテック」の中身である「金融工学」は、リーマンショック前に盛んに行われた「クオンツ」とは全く違う。「クオンツ」は優秀な数学者たちが、信用度がBクラス以下の不良債券を切り刻んで再合成することにより最上位のAAA債券を新たに作り出すと言う詐欺まがいの技術だった。今の「フィンテック」は、誰も支配していないインターネット空間に「ブロックチェーン」と言う技術を使って新たな信用創造を計るものである。
中央銀行を含めてあらゆる金融機関は、これまでも、これからも信用をベースに成り立つ業態である。ここに、従来とは全く違った新たな信用を作り出すことによって、金融機関を通さないで金銭の取引ができるようになる。これが実現すると、仲介業者がいなくなるぶん手数料が安くなるだけでなく、取引のスピードも上がる。この新たなフィンテックが登場したのが、マイナス金利時代という現行の金融機関にとっては最悪の時期でもあった。こうした世界情勢と新たなテクノロジーの出現が、世の中を一層混沌とさせている一方で、既存ビジネスの破壊者にとっては千載一遇の機会を与えている。
元来、シリコンバレーはテクノロジーによって既存ビジネスを破壊し、自らが、その商圏を奪取すると言う破壊的創造者たちが集まる地域である。だから、フィンテックに限らず、「何とかテック」と言う領域は山ほどある。3年前、JMOOCの理事になり教育関連ビジネスの調査でシリコンバレーを訪れた時に「Ed Tech : Education Technology 」という分野があるのを知った。人工知能を用いて個人別授業を行うという最終目標に向かって、大学教授をはじめ多くの人が、いろいろな角度から挑戦をしていた。
今回は、自然エネルギーや大気や水の浄化を行う「Clean Tech」、農業関連の「AG Tech: Agriculture Technology」、そして宇宙ビジネスを目指す「Space Tech」に巡り合った。そして、いずれにも共通しているのは、その分野で昔から研究されてきた技術を、さらに磨いて使うというよりも、シリコンバレーらしく、ICT技術を駆使して一気に違う視点で新たな競争力を生み出すという考え方で開発が進められている。「AG Tech」のコンファレンスに参加して聞いた話では、地球温暖化に伴う気候変動に対して、いかに作物を守るかというという話だけでなく、労働力不足というアメリカ農業が抱える深刻なテーマもあった。
アメリカの農業では、小麦や大豆、トウモロコシといったメジャーな穀物については、大規模化と自動化が進んでいて労働力不足など全く考えられないように見えるが、例えば、イチゴやレタスなど、相変わらず人手による収穫作業が必要なものについては、現在、不法移民に頼っている。トランプ政権の誕生で、今後、不法移民が一掃されれば、アメリカ市民は、今のような安価な値段で、イチゴやレタスを食べられなくなる。この問題は、そう簡単には解決できそうもないが、日本だって同じ問題を抱えている。収穫作業を中国や南アジアの研修生に依存している作物は数え切れないほどたくさんある。
このAG Techに参加して、私は、大変嬉しいことがあった。センサー・モニター関連の分科会に参加しようと会場に行ったら、既に立ち見が出ているほど満員だった。そこで、どこか空席はないかと見渡したら最前列に一つ席が空いていたので、そこに座ることにした。席について壇上を見上げると、パネラーの一人が昔の部下、Manuであった。Manuは、インドからアメリカに渡ってきて富士通に入社した。社内でも評判が立つほどの最優秀のエンジニアだった。私は、製品が顧客先で問題が出ると、その解決策を、いつもManuに依頼していた。Manuも私に気がついてくれて、自己紹介では、自分は昔富士通に勤めていて、その時のCEOである伊東さんが、今、私の目の前に居ますと言ってくれた。本当に感動ものである。
さて、富士通を辞めて半導体の会社を起業したはずのManuは、今、何をしているのだろうか? パネル討論会が終わって、Manuは「メイン会場で開かれる私の会社の共同創業者であるロジャー氏の講演をぜひ聞いて欲しい。ロジャー氏はサイプレス・セミコンダクターの創業者だ。」と言った。サイプレス・セミコンダクターと言えば、シリコンバレーでも名のしれた老舗の半導体企業で、現在もグローバルに活躍している。その創業者であるロジャー氏が講演するというので、メイン会場は聴衆で満席である。どうやら、Manuとロジャー氏は土壌センサーを開発したようである。
半導体企業のトップが、農業技術フォーラムで講演するというのは、いかにもシリコンバレーらしいが、ロジャー氏は、最初に開発した土壌センサーの話を簡単に説明した後は、ナパバレーにおける5年間の栽培実験の話をセンサーから採取したデータをもとに丁寧に説明を続けていった。ナパバレーのブドウ畑は傾斜地にあるが、その傾斜の角度が土壌の水分量に関わってくるという話は何回か聞いたことがあるが、ロジャー氏ほどデータをベースに厳密に語られる話は聞いたことがない。
ロジャー氏が説明したのは、土壌センサーだけでなく、それを使った自動灌漑システムの話と、そのシステムを使えば、ブドウの糖度を自由にコントロールできるという、大変説得力のある話だった。講演が終わった後で、私はManuに「素晴らしい。感動したよ。」と言ったら、「伊東さん、今度、日本へ行って山梨や山形に売り込みに行きたいと思っている」と言うので、「出来ることは、手伝うから、また連絡を頂戴よ」と言って別れた。今度の、シリコンバレー訪問でも、また一つ良い話が聞けた。