355  アメリカは何処へ向かおうとしているのか?

私は、1998年、アメリカ子会社のCEOとして赴任した最初の経営会議で聞きなれない言葉に遭遇した。それは、ROW(Rest of World)である。ROWとは、日本で言えば「海外」という意味で、日本で市場を国内と海外に分けるのと同じく、アメリカでは日本でいう「国内」は「World」であり、「海外」が「ROW」なのだ。つまり、アメリカは「World=世界」であり、アメリカ以外は、「その他の世界」である「ROW」なのだ。そう言えば、大リーグの決勝戦はワールドシリーズであり、アメリカで勝利するということは、そのまま世界一という意味なのである。

私も、当初は、ROWという表現そのものが、なんと尊大なのだろうと思ったが、すぐに、それは当たり前のことだと納得した。アメリカは、やはり「世界」なのだ。大体、アメリカ人という人種は、どこにもいない。アメリカは、世界で最も「多様性」を持つ国であり、国という定義を大幅に超えている。先進国の中で唯一、アメリカは移民の流入によって高齢化社会の到来を免れていて、先進国中で唯一と言って良いほど高い成長率を保っている。そう、アメリカを国として定義すること自体が間違っている。アメリカ自体が、実は「世界」なのである。

アメリカから3年間の駐在生活を終えて帰国して私は、日本とアメリカを比較すること自体がナンセンスと思えてきた。だって、アメリカは、単なる国ではなくて「世界」なのだから。「アメリカ=世界」と「ROW(その他の世界)の一国である日本」と比較すること自体に意味がない。そのアメリカを「世界」に押し上げている最大の要因は「移民」である。私が住んでいたシリコンバレーの成功者は殆どが移民である。Appleを世界最大の企業に押し上げたスティーブ・ジョブスはシリア移民の子孫だし、Googleの創業者もロシア移民の子供である。Facebookの創業者であるザッカーバーグはユダヤ人だし、Amazonの創業者であるペゾスは生まれて間もなく両親の離婚によって孤児となり、キューバからの移民である養父に育てられた。

今日のアメリカが超大国であり続けられる最大の要因は「移民」の存在であると言っても決して過言ではない。そのアメリカが「世界」であることを捨てて「国」であることを意識した時、それはアメリカの凋落を意味する以外の何物でもない。アメリカ国民は、なぜ、トランプという亡国の大統領を選んでしまったのだろうか? それは、カルフォルニアに住んだことがある私には少しは理解できるような気がしないでもない。カルフォルニア州は、現在、アメリカで最も成長率の高い地域である。今や、アメリカの富の大半はカルフォルニア州で生まれている。そして、その富の大半が移民、もしくは移民の2世、3世から創出されている。

アメリカで最もランキングが高い大学はカルフォルニア工科大学で、第二位はスタンフォード大学、次がカルフォルニア州立大学。そして、最近、この全米で最もレベルの高い3つの大学にアメリカで生まれた白人の中間層の子供達が入学できなくなった。インドや中国の優秀で富裕な留学生に、その機会を奪われているからだ。これは、大変深刻な事態で、アメリカに元々住んでいた先住民であるネイティブ・アメリカンの悲哀を、ヨーロッパからアメリカに移住してきた白人たちが、今、辛酸を舐めさせられているからだ。こうした白人の移民に対する反感が、トランプを大統領にさせた大きな要因となったと見ることもできる。

しかし、移民に対して門戸を閉じさえすれば、アメリカの白人たちは、かつての栄光を取り戻せるのだろうか? まず、アメリカが、トランプ政策によって「世界」から「一つの国」に没落することによるアメリカ経済の低迷は世界に及ぼす影響以上にアメリカ自身を疲弊させるに違いない。そして、トランプ大統領の「アメリカファースト政策」は、アメリカの白人の雇用を押し上げることにはならない。これからアメリカの雇用にとっての最大の脅威は、実は「自由貿易」でも「移民」でもなくて「AIを含む技術革新」だからだ。

特に、AI(人工知能)による雇用破壊は、アメリカの有色人種が依存する肉体労働よりも、多くの白人中間層が依存している高学歴職種、ホワイトカラーの職業にある。さらに、TPPを例に取るならば、TPP凍結によって救われるアメリカの工場労働者の数よりも、TPPによって救われるはずだった農業従事者の数の方が圧倒的に多いということである。トランプ大統領は、こうしたアメリカ経済の実態が理解できていない。アメリカの雇用を極大化するという彼の主張は、結果としてアメリカ経済の停滞化、白人労働者の失業率の増加という結果を招くのは必定である。

黒人の85%が黒人以外の友達を持たない、白人の85%が白人以外の友達を持たないというアメリカの分断社会が、アメリカのさらなる発展を阻んできた。その隙間を埋めてきたのが、中国やインド、中東や東欧からの移民であった。中国経済や欧州経済、及び新興国の経済が停滞している中で、唯一アメリカ経済だけが、これからの世界経済の牽引役であったのに、トランプ大統領は、自ら、その幕引きをしようとしている。

グローバリズムは、高い賃金の先進国から、低賃金の途上国へと生産活動をシフトし続けてきた。それを最も積極的に推進して恩恵を受けてきたのは、実は、アメリカ企業自身であった。そして、今や、AI(人工知能)が、その流れを大きく変えようとしている。さらに、アメリカにおいて、AIの先導役を果たしてきたのも優秀で血気盛んな移民たちである。アメリカの発展を支えてきたH1Bビザ、私も、このビザでアメリカに渡ったのだが、トランプ大統領は、このH1Bビザをも制限しようとしている。そうなれば、もはや、アメリカに優秀な頭脳は全く入ってこないことになる。

今こそ、日本が、アメリカに勝てる大きなチャンスが到来した。そうでも、考えないと、こんなバカな話には到底付き合ってはいられない。日本がアメリカに勝てるこの千載一遇のチャンスにおいて、日本が求められていることは、より高い多様性への寛容な社会を目指すことである。世界中が排他的で不寛容な社会になりつつある中で、2020年に向けて東京オリンピックを控えた日本こそ、世界で一番寛容な国を目指して欲しいと私は心から望んでいる。

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