353 インドのマイナンバー

インドは、私にとって世界で最も惹かれる国であり、行くと必ず下痢に襲われることにもめげずに何度も訪れている。インドが私を魅了してやまないのは、この国には「絶望」と「希望」が不思議な形で共存しているからである。第一次安倍内閣の時に経済人としてインドに随行したとき、二日前に巨大なサイクロンに襲われたムンバイの街中が浸水状態だった。その時、路上生活者の子供達が街のあちこちにできた水たまりで全身裸のまま、驚喜しながら水を掛け合って遊んでいる姿が今でも忘れられない。

一方でインドは世界のIT大国である。そして、インドが世界に誇るIT企業Big3は、TATA、Infosys、Wiproの3社である。富士通はコンピューター部門がInfosysと、通信部門がWiproと緊密な提携関係にあり、それぞれかなりの分量を開発委託していた。そんなことで、私はInfosysの創業者であるニレカニさんとは親しい関係にあった。毎年1月にスイスのダボスで開催される世界経済フォーラムでもニレカニさんと二人だけで会談することが何度もあった。

2009年、そのニレカニさんが、突然Infosys社を退社し、マンモハン・シン首相に請われて、インド政府の国民ID番号担当大臣になられたのである。その直後に、私はニレカニさんを訪問する機会に恵まれた。当時、小泉元首相を代表とするシンクタンクの理事長であられた田中直毅さんとインドを訪問することになり、田中さんと一緒に、ニレカニさんにインタビューを申し込んだ。小泉元首相は同行されなかったのだが、元首相KOIZUMIの名前は絶大で、インド政財界の著名人が皆さん快く会談に応じてくださった。

まだ発足したばかりであったニレカニさんの事務所は、こじんまりしていて、新組織での部下は、未だ、たった二人しかいなかった。それでも、ニレカニさんは、日本と同様に世界から大幅に遅れてしまったインドの国民ID番号の導入に大きな焦りを感じていた。ニレカニさんの話によれば、インドは世界最大の民主主義国家を自認しているように、妙なところで誇り高く、個人情報の取り扱いには極めてセンシティブなのだという。それでも、シン首相がニレカニさんに、この国民ID番号導入を依頼したのは、インドが抱える深刻な事情があった。

ニレカニさんの話は続く、こうしたインド社会で多くの人々から嫌われている国民ID番号の導入にシン首相が決断した背景には次のような事情があった。インドは電気もない極貧の生活をしている数億人の貧困層を抱えている。本来、こうした貧しい人々を支援するための数兆円の公的支出が、腐敗した役人の懐に取られて本来受給すべき人々にきちんと届いていないのだという。インド政府も、当然現金支給は危ないので、食料の現物支給に使えるフードチケット発行している。しかし、ある州では、フードチケットの受給者数が州の人口を上回る数に登っており、これは明らかにおかしい。不正受給者が数多くいるだけでなく、途中で役人によって着服されるフードチケットが換金されているのだという。

ニレカニさんは、とにかく国民ID番号の導入は全国民に強制しない方針で、メリットがある人だけでも登録してもらえれば良いという方針で臨むのだという。そして、もともとインドでは日本のような戸籍がない。何年何月、どこで生まれて、なんという名で、どこに住んでいるのかというデータが一括管理されていないのだ。なんということ!と思われるかもしれないが、世界で戸籍制度が存在するのは中国と日本くらいのものである。韓国は数年前に、戸籍は日本統治時代の名残だとして廃止してしまった。

そうした戸籍のないところで、国民ID番号制度を確立するには、個人の生体認証が必須となる。したがってインドの国民ID番号制度は最初から生体認証ありきで出発する。ニレカニさんが悩んでおられたのは、生体認証として何を使うかであった。数年前に、インドのある州でIBMの眼球の虹彩認証を用いたシステムはインドでは耐えられないほど高価なシステムとなった。今は、日本のNECの指紋認識を考えているが、インドの肉体労働者では過酷な労働のため、指紋が欠損している人も数多くいる。今後、虹彩認証もテクノロジーの進歩で、安価になるだろうから、当面は指紋認証で、それから虹彩認証も併用していくことになるだろうと仰っていた。

それから7年ほどが過ぎた、今週の火曜日、12月27日に、日経新聞に一つの記事が載った。この記事は、日経グループ傘下のFinancial Times 12月24日の記事からの転載である。この記事によれば、今、インドでは「アドハー(ヒンズー語で基盤の意味)」と呼ばれる国民ID番号制度が普及していて、既に10億人のインド国民が自主的に登録しているのだという。2017年までにはインドの成人全員が個人の指紋、虹彩、氏名、生年月日、性別、住所を登録し、12桁の番号が付与されることになると予想されている。既に、貧困層に対する400億ドルの公的給付が、この国民ID番号に紐つけされた3億件の銀行口座に振り込まれており、およそ50億ドルに上る役所の不正着服が消滅したそうである。

そして、このインドの国民ID番号制度が日本より進んでいるのは、既に民間利用を可能としており、公的な届け出以外に医療制度にも利用できるほか、個人の信用情報ともリンクして、各種決済や融資制度にも使えるようになっている。今、インドでは、この制度を活用した新ビジネス、特にフィンテック関連のスタートアップが多く起業し始めている。元々、ITリテラシーの高い国民であるため、封建的で腐敗したインド社会が、この国民ID番号制度によって大きく変貌を遂げるかもしれないという期待が高まっている。

ニレカニさんが仰っていたように、未だにインドでは、この国民ID番号制度は強制力を持たせていない。しかし、今後社会のあらゆる仕組みが、この国民ID番号制度を前提に構築されてくると、インド国民は、このIDなしでは1日も暮らせなくなる。個人が生体認証によって確認され、その上に個人としての評判が、この番号に上乗せされてくると、就職や結婚など人生の岐路に大きな影響を与えることになるだろう。また、社会から良い評判を獲得できれば、会社に勤めなくても、個人でサービスを受注して生計を立てることも可能になるだろう。

そして、危険なテロを起こしそうな危うい人は公安当局によって事前に取り調べを受けることになるだろうから、皆が安心して暮らせる社会を担保するには都合の良いシステムが出来上がるに違いない。しかし、一方で、このシステムは全体主義的な色彩もあり、時の政権に利用される危険をも孕んでいる。だから、GoogleやAppleは、今の所、このインドの国民ID番号システムである「アドハー」とは距離を置いており、すぐに対応するとは表明していないのだと、Financial Timesは警告している。ICTが社会を変える動きは、今後とも加速を続けるに違いない。さて、どのように変えていくのか、それを見守る側の覚悟も一層重要となる。

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