9月11日の米澤・置賜経済人クラブ例会での講演は半年前にお約束したものだった。 お引受けしてから、これまでに行われた米澤・置賜経済人クラブ例会での講演者のリストを送って頂き、それを見て仰天した。田中角栄元首相を初め、中曽根康弘元総理、森喜朗元総理、鳩山由紀夫元総理など歴代の総理大臣を初め、中央政財界の高名な方々が、この会で、何度も講演をされているからだ。
米沢・置賜地区は、上杉藩の伝統を受け継ぎ教育熱心な所で、政財界にも多くの人材を送り出している。それにしても、これだけ高名な方々が東京から遠い、この米沢まで出向いて講演をされるというのは本当に凄いのだが、これも全て米澤新聞の社長であった清野幸雄さんが築かれた人脈だと言う。関心してばかりしていても仕方がないので、私も、せっかくのご招待に恥じない講演をさせて頂こうと覚悟を決めた。
その後、地元米沢市で富士通のパートナーとなっているデータシステム米沢(DSY)社の高橋社長から、せっかくなので、前日の9月10日に、日本3大高湯として有名な白布温泉に泊まったら、どうですかという提案を頂いた。日頃から温泉が大好きな私は二つ返事でお誘いを受けることにした。しかし、2−3日前から、どうも天気図の形が悪い。台風18号と台風17号に挟まれた、いやな形である。特に、台風17号は日付変更線の東側で発生し、一度はハリケーンとしての女性名を付けられてから、日付変更線を越えて台風17号の命名がされたという曰く付きであった。
それでも「さあ、行くぞと」と張り切って起きた9月10日の朝、家内が「あなた、山形新幹線動いてないわよ」と言う。それで、NHK-TVのデータ放送で気象レーダー図を見ると、時間雨量が50mm以上を示す黄色や80mm以上の赤に染められ縦状の帯、【線状降水帯】が関東南部から南東北まで横切っている。「この帯は、今後、どう進むのか?」、「今日は、米沢までいけるのか?」と不安になった。それでも、NHK-TVは、「山形新幹線は、午前中は運休だが、午後から運転再開する見込み」と報じていたので、夕方までには米沢には入れるだろうと思っていた。
念のため富士通東北支社に連絡をいれると、既にDSYの高橋社長が情報収集に動いておられて、JR東日本に確認すると山形新幹線は終日運休が決定しているとのこと。さらに仙山線も終日運休で、とにかく、今日は、鉄道では山形には入れないとのことだった。(その直後に、NHK-TVは山形新幹線終日運休とテロップで報じた)また、高橋社長は、国土交通省東北地方整備局に確認をされて、福島から米沢へ通じる13号線栗子峠は全面通行止め、東北自動車道から接続する山形道も全面通行止め。仙台から山形へ入る国道48号線も全面通行止めとのことであった。つまり、山形は9月10日に陸の孤島となったのである。
しかし、白石蔵王から米沢に向かう国道113号線だけは、土砂崩れでもない限り、終日通行止めにはしないとの情報を、高橋社長は国交省東北整備局から直接得ていたのだ。そういえば、米沢・置賜経済人クラブで、国交省東北地方整備局長が毎年のように講演されている。これも、米沢人脈なのであろう。普段、福島から栗子峠経由で国道13号線を通れば、米沢へは30分ほどで、到着するが、国道113号線を経由するルートは大幅な迂回をするので、高橋社長は、予定より1時間ほど早い新幹線で、福島まで来て欲しいと私にいう。
そんなに、無理をするより、明日9月11日の朝一番の山形新幹線で向かった方が良いと思い、東京か福島に一泊することも考えていた。しかし、高橋社長は、既に明日の情報も持っておられて、事態は、明日に改善するという見込みがない。明日も、山形新幹線は動かない可能性があるので、ぜひ、今日中に来て欲しいという。家内も、「こうなったら、早く、出かけて、米沢に着いたら、じたばたしないで、山形新幹線が動くまで、白布温泉に泊まり続けたらどう?」と言う。
新横浜で、山形新幹線の切符を1時間早いのに変更して、東京駅から福島までということで乗った。驚いたのは、この破天荒の天気にも関わらず、新幹線は1分も狂わず発車し、定時運行していた。日本の新幹線は本当に凄い。アナウンスを聞けば、今日の山形新幹線「つばさ号」は、「やまびこ号」と共に、仙台に向かうという。「なるほど、そういう手があったのか」と感心した。
豪雨の中をひたすら突っ走る新幹線は、本当に頼もしい。しかし、高架橋の下は水浸しだ。新幹線は高架橋だから、在来線が全て止まっているのに動いているのだ。そして、その高架橋で、次々と渡る川の姿がいつもと全く違う。河川敷が見えず、堤防と堤防の間が全て黄土色に染まっている。まるで、川が泥土で埋められたようだ。よく見ると、その泥土が高速に移動していることがわかる。特に、利根川が凄かった。あまりに、広大な泥土で、川には見えなかった。しかし、50年に一度というのに、どの川もギリギリで耐えている。ある意味で、日本の治水インフラの能力の高さを感じた。
福島駅を降りると、ちょうど雨が小降りになっていて、迎えに来て頂いた高橋社長の車に乗り込んだ。まずは、東北自動車道に乗って、国見から白石に向かって降りた。国交省ご推薦の113号線に乗った。誰から聞いたのか、普段はガラガラという国道113号線は、この日は、渋滞を起こすほどに車で一杯だ。米沢ナンバーのタクシーを追うようにして、福島から、白布温泉まで3時間半の車の旅になった。まさに、この日は、米沢に着いたのが奇跡的だった。
宿について、ひと風呂浴びて、またNHK-TVのデータ放送で気象衛星の情報を見たら、今朝見た、黄色と赤の【線状降水帯】は多少東に移動しただけで、殆ど同じ場所に居座っている。鬼怒川が決壊、仙台も泉区で浸水など、各地の水害情報が相次いで報じられている。本当に、よく、今日、陸の孤島となった山形県に入ることが出来たと思った。
翌朝、起きてすぐ見た、NHK-TVで報じる【線状降水帯】も、多少東に移動したものの、殆ど同じ場所に居座っており、案の定、翌日も山形新幹線は朝から運休だった。次の日に朝一番で、行くという私の選択は完全に誤りだった。本当に、よく着いた。これまで、一度も穴をあけたことがない、私の講演会は、お陰様で、今回も無事、予定どおり行うことが出来た。これも、米沢人脈の情報収集力のお陰だった。
しかし、この50年に一度という、今回の豪雨は凄かった。いつもは事務所や家の中で伝え聞く豪雨の様子を、新幹線という高速移動手段で、広域に渡って自身で目撃することができた。このたびの、【線状降水帯】で犠牲になった方々には、心からお悔やみを申し上げるとともに、ご冥福をお祈り申し上げます。