304   第四次産業革命(Industrie 4.0)

4月28日に、ブリュッセルで開催された官民合同会議、日本・EUビジネスラウンドテーブルに参加、4月29日にはミュンヘンにある富士通の欧州大陸地域本社を訪問した。この2つの会合で共通に議論されたテーマが、この表題にある、第四次産業革命とも呼ばれる「Industrie 4.0」であった。2015年4月メルケル首相に答申された、「Platform Industrie 4.0 in Germany」は、ドイツ政府が主導して進められた、インターネットを駆使した新たな製造業の姿である。

現在、ICTにおける最新技術として、もはや人と人とではなくて、モノとモノが自律的に相互情報交換するIoT (Internet of Things)の議論が盛んに行われている。このIoT技術は、あらゆる分野への適用可能性があり、その応用分野は非常に広い。そのため議論はいろいろな方向に拡散し、まず、どこで事業化すべきかという判断が、中々つかないでいる。これまでも、ICT業界では、多くの新しい技術概念が現れて、大騒ぎになっては、結局、バズワードとして静かに消えて行ったという歴史がある。

しかし、ドイツ政府、及びドイツの産業界は、このIoTを、まず製造業から適用して行くという明確なターゲットを決め、ICT業界の公用語である英語を使わずに、敢えてドイツ語を使い「Industrie 4.0」として定義した。この「Industrie 4.0」のリーダーはSAPの元CEOだったカガーマン氏である。私は、ドイツと日本で、このカガーマン氏とは何度も会っている。経営者というよりも、数学者に相応しい風貌を持つカガーマン氏は、これからインドへ行くという時、ジーパンにTシャツ姿というラフな格好で、私の前に現れた。SAPのソフト開発を行っているインドには、毎月、定期的に行っているとのことであった。

このカガーマン氏の元で、「Industrie 4.0」の原案を作り上げたのは、ドイツを代表するIT企業であるSAP、製造装置メーカーであるSiemens、世界的最大の自動車部品メーカーBosch、そして、今やトヨタを抜いて世界最大の完成車メーカーとなったVWであった。ここに、英語ではなくドイツ語を用いた理由がある。彼らは、日本で、よく話題に上る、製造業における「新しい世界標準」を作り上げるなどという無益なこと全く考えてはいない。

「Industry 4.0 (英語)」でなく、「Industrie 4.0 (ドイツ語)」を用いた理由には、二つの国への大きな対抗意識がある。一つは、英国に対してであり、もう一つは米国に対してである。まず、ドイツのGDPの22%は製造業から生み出されていて、日本や中国と同様の製造業大国である。一方、同じEU内の大国である、英国における製造業のGDP比率は10%を切っており、英国経済は金融サービス業で成り立っていて、ドイツとは全く異なる国の成り立ちをしている。そして、ドイツは将来、金融サービス業は、雇用も含めて、国の根幹をなす事業にはならないという確信を持っている。

さて、もう一つ気になるのは、BoschとVWの組み合わせである。今や、ドイツ自動車業界のVWグループ、ダイムラー、BMWの最大の強敵となった日本のトヨタに対する包囲網なのだろうか?という懸念である。しかし、日本・EUビジネスラウンドテーブルのメンバーでもある、ダイムラー社の「Industrie 4.0」への取り組みに関するプレゼンテーションを聞いて、彼らが、もっと大きな概念を抱いて進めていることを知って、自らの狭量な考えを恥じた。

ダイムラー社が考えている「Industrie 4.0」の適用範囲は、モノを作るというプロセスを越え、製品を出荷した後の、Operation & Maintenance(運用と保守)まで含まれている。その自動車産業におけるO&Mのテーマは、まさにAutonomous Drive(自動運転)であった。彼らは、近い将来自動車産業は自動車という製品を売るという業態を越えて、自動車を使いこなすことも含めて移動手段というサービスを提供する産業を目指している。

つまり、ドイツ自動車産業が将来の最大の競争相手と恐れているのは、日本のトヨタや韓国の現代ではなくて、米国のGoogleやAmazonであり、FacebookやTwitterなのだ。特に、Googleは早くからAutonomous Drive(自動運転)に着目し、トヨタプリウスの改造車で、既に全米の高速道路や市街地を1,000万マイル以上に渡って無事故無違反で自動走行を続けている。もちろん、この自動走行は擬似的なもので、ドライバーは乗っているが、常に手はハンドルを離れ、足はブレーキとアクセルから離れている。いざという時は瞬時に手動運転に戻せるようにしているのだが、その必要は全くないという。車の運転と言う分野でも、もはや、コンピュータは人間を越えたのだ。

考えてみると、GoogleMapsやストリートビューはAutonomous Drive(自動運転)のために開発されたのか?と今になって気がついても、もう遅い。彼らの深慮遠謀は、我々の想像を絶するほどのスケールからなされている。昨年末、久しぶりに、ロンドンでタクシーに乗ったが、ロンドンのタクシーには、未だに、どの車にもナビゲーションシステムは搭載されていない。その代わりにタクシードライバーが頻繁に使っているのは、スマホに搭載されたGoogleMapsである。Googleは、ロンドンのタクシーからナビゲーションシステムを奪ったが、肝心のタクシードライバーは、近日中に、自分の職業までGoogleに奪われるとまでは想定すらしていない。

こうしたロンドンのタクシーの例を見て分かるように、EUのおけるGoogleを用いた検索のシェアは世界の中でも突出して高い。中国では、もちろんGoogleのシェアは公式には0%だが、日本が40%、米国が65%なのに対して、EUにおけるGoogleのシェアは90%にも達している。EU経済で主導的な役割を果たすドイツの製造業、とりわけ自動車産業が、Googleを始めとする米国勢に、将来牛耳られるということは、ドイツにとっても、EUにとっても全く許しがたいことであるに違いない。

既に、お聞き及びのことと思うが、EUのGoogleに対する対抗措置としての制裁は、かつてのMicrosoftに対するレベルを遥かに越えるだろうと言われている。つまり、EUにおけるGoogle寡占の影響はICT業界だけに留まらないからだ。このEUのGoogleへの反撃の中に、EUの盟主を自ら任じるドイツ政府のIoT(Internet of Things)に対する明確な方針が見て取れる。だから、「Industrie 4.0」は、「Industry 4.0」という英語であってはならないし、単にInternetで製造業に革命を起こすという次元の低い話でもない。

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