265 インターネット・ガバナンス (その2)

Google会長のエリック・シュミット氏が、同僚のジャレット・コーエン氏と共に書き下ろした「第五の権力:Googleには見えている未来」は、近年になく内容のある著作だった。もっとも、この和訳の題は、原題である「The New Digital Age : Reshaping The Future of People, Nations and Business」に比べてあまりに不自然で、売れ行きを意識し商業主義に堕ちた「題名」としか思えないが、内容は原題に沿っていて、私達同業者が読んでも、本当に面白い。

エリック・シュミット氏が、未だGoogleのCEOだった頃に、ダボスで行われる世界経済フォーラムにてIT業界のTOPで構成される非公開会議の場で、ご一緒させて頂いたことがある。車座に並ぶ席で、シュミット氏は私の隣に座られた。簡単な挨拶をしたが、何だかやり手の経営者というより、静かで思索的な学者という佇まいであった。それでも、シュミット氏は、シスコCEOのチェンバース氏と当時マイクロソフトCEOだったゲーツ氏と3人で立ち上がり、人類と地球の持続性に関するICTの役割というテーマで活発な議論をされていた。

この本は、国家権力である司法・立法・行政とそれを監視するメディアという従来の4つの権力に加えて、2050年、世界の80億人がオンラインで繋がることにより、インターネットが第五の権力になるのではないか?という設問に答えていて、それで、和訳の題名も「第五の権力」を付けたものと思われるが、そもそも、世界中の国家群の中で、司法・立法・行政がきちんと3権分立している国が、どれほどあるのか? あるいは、国家権力から自由を与えられているメディアが、どれほどあるのか? という疑問が沸いてくる。この4つの権力が存在しない国に、第五の権力は成立しえないのではないか?とも思ってしまう。

しかし、シュミット氏は、この点についても、この本の中で、しっかり実例を挙げて述べている。そして、あたかも世界中を自由に結びつけていると言われているインターネットが、実は、その物理的な回線は国家の領土の上に張られていて、国境の中では国家権力は随意にインターネット情報の規制を施すことが出来ることを忘れてはならないと言う。

さて、インターネットを規制する力を得た国家権力は、安定した政権を維持し続けられるのだろうか? その答えは、アラブの春を見ると良いとシュミットは言う。まず、最初にインターネットを通じて政権を倒したチュニジアでは、あまりに早く大統領が亡命してしまったので、反政府勢力は政権を奪取する暇さえなかったが、内閣は国民の総意に基づいて全閣僚が総辞職した。代わりに首相に就いたハマディ・ジュバリ氏はかつて反政府運動で投獄された人物だった。そのハマディ首相が、将来、民衆の弾圧をする可能性がある内務相には、前政権下で14年間独房に監禁された経験を持つアリ・ラアレイエド氏を選んだのだ。だから、チュニジアは民衆が相応しいと認める暫定政府が出来上がった。

次にリビアを見てみると、インターネットは一致団結した軍隊ではなかった反政府武装勢力を2週間できちんとした組織であるリビア国民評議会(NTC)を結成するのに役立った。この委員会は、元軍幹部、学識者、弁護士、政治家、実業家など実力ある著名なリーダーで構成され、諸外国やNATO当局との交渉にまであたった。NTC委員長のマフムード・ジブリ―はカダフィが捕獲され殺害される直後まで暫定首相を務めたのである。

しかし、同じ、アラブの春と言われながら、エジプトは全く異なる様相を示している。チュニジアとリビアにおいて、インターネットの介在でおきた政権打倒の動きを恐れたムバラク政権は、国内のインターネットサービスプロバイダー(ISP)5社にインターネットを遮断するよう命令した。これは、極めて効率的だった。この5社の協力で、エジプト全国民の95%がインターネットを使えなくなったのである。これにエジプト国民が激怒して暴動を起こし、政権は倒れざるを得なくなった。

ムバラク政権はインターネットによって倒されたのではない。国民にインターネットを使えなくして倒れたのだ。そう、今朝のWSJの記事を見るとトルコ政府のインターネット遮断の記事が出ている。エルドワン政権は、先日の選挙で辛くも勝つことが出来たが、その陰で、トルコ政府は極めて卑劣なインターネット操作をしたのだとWSJは報じている。

つまり、トルコテレコムに偽のDNSサーバーを立ち上げさせ、国民がGoogle,YouTube,Twitter,Facebookにアクセスしようとすると、巧みに、それを暗闇の洞窟へと誘い込んだというのである。国民からすれば、遮断されているわけではないが、何故かブラックアウトになる。何か変だなと思っただけであろう。しかし、このしっぺ返しは必ずやってくる。政府を信用できなくなった国民は、二度と政府の言う事を聞かなくなるからである。

また、シュミット氏は、今後の戦争は「Cold War」から「Code War」になると言う。冷戦からソフトウエアによる戦争へと向かう、即ちサイバー戦争時代への突入である。これは極めて深刻で、どんなに堅固なセキュリティの壁も、たった150行のプログラムで侵入し、システムを破壊できるのに、それを防ぐためには何千万行のプログラムを書いても完璧に守ることは出来ないという。

一体、私たちは、どうしたら良いのだろうか? この問いに対して、シュミット氏は、このように提案する。生命体が持つ防御装置に似せて作れば良いというのである。つまり、コンピューター機器の一つ一つが別のDNAを持つようにすれば、ウイルス作成者は、個別の機器ごとに侵入プログラムを書かなければならなくなり、サイバーテロを目指すことが極めて非効率になる。と言うのである。

「ウイルス」と「DNA」が出てくるので、何だか、わかったような気にもなるが、実は私にもよくわからない。サンマイクロのCTOを務めた天才技術者、シュミット博士が率いるGoogleには、その解き方が既に見えているのかも知れない。

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