226 1年ぶりの中国 (その1)

5月20日より広州、澳門、香港へと出かけた。昨年5月、中国の宇宙開発をリードするハルピン工業大学へ講演に行って以来の中国訪問がようやく実現出来た。最近の私の中国訪問は、中国が誇る国立のシンクタンクである社会科学院や国立大学での講演が中心となっている。一昨年までは、年数回行っていた中国への訪問が5月以来途絶えてしまったのは、やはり日中関係の悪化が何らかの形で関わっているものと思われる。

日本も中国も知識層は、日中関係の重要性を認識しているが、メディアを含む一般の人々の動向を気にして、なかなか本音を語ることが出来ない。もともと政治の話は抜きで経済の話しかしない私の講演とは言え、広州の名門である中山大学、香港が世界に誇る香港中文大学ビジネススクールでの講演を受け入れて頂いたのは、昨年悪化した日中関係が正常化へ向かう兆しではないかと喜んでいる。

さて、今、少し下火になったとはいえ、多くの日本人が中国の鳥インフルエンザ(H7N9新型)を警戒している中で、私も、今回の中国訪問に向けてH7N9型に有効とされるタミフルを持参して行った。しかし、今回、広州、澳門、香港の何処へ行ってもマスクをしている人は全く見ない。「ああ、中国の人は無関心なのだ」と思ったら、それは大間違いで、今の中国では、国民はあらゆる情報をインターネットで入手できるので、鳥インフルエンザに対しても物凄く気を付けていて、少なくとも、この広州を含む華南地区では、最近は鳥を全く食べなくなったという。

広州の一流中華レストランでは、配膳される料理の皿に調理人の署名が入った紙が貼りつけられている。つまり、誰が調理したか皿ごとに責任が明確になっていると言うわけだ。もし、何か異物が混入していたり、刺激臭があったりすれば、その皿を調理したコックが責任を取らされるということらしい。冷凍毒物いりギョーザの輸入は、日本人にショックを与えたが、実は中国人は、もっと大きなショックを受けたらしい。日本は輸入を止めればよいが、中国人は、そういうわけにはいかないからだ。このため、自分たちでチェックできる出来ることは何でもしようという機運が出てきて、食品流通は従来に比べて極めて厳しくなっているという。

それで、最も驚いたのは広州の珠海から澳門へ陸路で入る入出国審査場の大混雑だった。何万人もの人々がつめかけていて、入出国処理に合計1時間半もかかった。いつも観光ルートしか歩いていない私には、こうした一般庶民の越境ルートは驚くべき光景であった。大体、殆どの人の服装が貧しいのである。広州市内では見かけないような身なりで、一昨日の豪雨でビショビショにぬれた水浸しの道路を裸足のサンダルで歩く。どうやら集団で行動しているらしい。そして、人々は、皆、手に、手に、空のキャリーバッグを持っている。どうみても澳門でバカラ賭博をやろうという感じではない。一体、この人たちは、どういう集団なのだろうか?

どうやら集団で、澳門に赤ん坊向けのオムツや粉ミルクを買い出しに出かけているらしい。中国の人たちは、中国製のオムツを付けると赤ちゃんの肌がかぶれ、中国製粉ミルクにはメラニンが入っているのではないかと、今でも全く信用していないのだ。もうだいぶ前の事件だから、もう、今は大丈夫だと思うのだが、一旦信用を失うと取り戻すのは中々大変らしい。それで、香港や澳門に日本製のオムツやオーストラリア製の粉ミルクを買いに行く人が多く、直ぐに品切れになってしまうので、一人当たりの購入個数が決められているらしい。

だから、職のない貧しい人々が、一族郎党を引き連れて澳門までオムツと粉ミルクを買いに出かけるのだと言う。もちろん、自分で使うのではなくて転売が目的である。これらの人々は、毎日、珠海から澳門まで通っているのだろう。行と帰りで、入出国手続きだけだ3時間もかかるのだから、一日一往復がやっとだろう。これが立派な商売なのだ。逆に言えば、そういうことが商売になるほど、今の中国人は食の安全に対して神経を使っているし、また、お金を払う覚悟がある。

今の、華南は雨期だというが、それにしても、私たちが広州に着いたときは、記録的な豪雨で雷が凄かった。空港の上空を30分以上も旋回していたが、それでも、私達の飛行機が何十機も待機して旋回しているなかで運よく最初に着陸したのだという。やけに入国処理がスムーズに出来たと思ったら、そういうことだったらしい。晴れ男の異名をとる、私が空港に着くと、空が晴れ始めた。まるで、豪雨が洗い流したかのように、人々が、もう何年も見なかったという青空が出てきた。豊かになり始めた中国の人々が、今、一番大事にしたいと思っているものこそ、まさに食の安全であり、そして澄み切った青い空である。

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