パリとミュンヘンでの会合を終えて、いよいよ帰路につくわけだが、ミュンヘン発成田行きは午後9時の出発である。それまでの半日ほどを使って、私たちはミニ観光をすることにした。欧州大陸本社があるミュンヘンと、その製造工場があるアウグスブルグ周辺のロマンティッシェ・シュトラーセ(俗にいうロマンチック街道)周辺は、富士通とシーメンスが合弁関係にあった10年間に、何度も訪れている。お城マニアのバイエルン国王ルードヴィヒ2世が造ったノイシュヴァンシュタイン城はディズニーランドのシンデレラ城のモデルとなった美しい城だが、ここも何度も訪れている。
今回は、ちょっと遠出をして、モーツアルトの生誕地、映画サウンドオブミュージックの舞台となったオーストリアのザルツブルグへ行くことにした。ミュンヘンから200キロ弱あるが、アウトバーンを時速150キロで飛ばせば1時間半ほどで着く。朝8時にミュンヘンのヒルトンパークホテルをチェックアウトした私たちは予約したハイヤーに乗ってザルツブルグへ向かった。ところで、私たちはザルツブルグに関して事前に何の知識も持っていないし、もちろんガイドも居ない。ただ、創業803年のヨーロッパ最古のレストラン、シュティフツケラー サンクト・ペーターを予約したから、そこだけは必ず行くようにと教わっただけだった。
10時少し前にザルツブルグに着いた私たちは、まず、ミラベル宮殿脇に出発所がある、ミニ観光バスツアーに申し込んだ。1時間で、ザルツブルグをざっと回るミニツアーだが、乗ってすぐに私は後悔した。あまりに雑で、名所には全く止まらない。これは失敗したと思ったら、終わり近くになって、やたらに綺麗な場所に出た。ザルツブルグ市内きっての高い丘にそびえるホーエンザルツブルグ城の裏の湖の脇にひっそりと建つ小さな城だ。確かに映画サウンドオブミュージックで見たような気がする、とても綺麗な城だ。このミニツアーで、ここだけは良かった。そして、バスが止まった所も、遂に、ここだけである。しかし、お蔭で、ザルツブルグ市内の名所がどういう配置になっているかは、おぼろげに理解できた。
その知識をもとに、私たちは観光バスに乗った場所の近くの、ミラベル宮殿の庭から市内を歩いて巡りだした。確かに「小さな市街地だから、歩いて回れるよ」という助言通りだった。そして、モーツアルトの生家を見たあとで、丁度、12時近くなったので、近くにあるはずの、予約したレストラン、シュティフツケラー サンクト・ペーターを探したが、とんと見つからない。いろいろな人に聞いて、ようやく辿りついたのは、サンクト・ペーター教会裏手の洞窟のような場所。入り口に、創業803年と書いてある。確かに古そうだ、1200年前のレストランである。頼んだのは、ドイツ料理として、この時期に最も美味しいと言われているアスパラガスだ。洞窟だけあって、なかなかムードも良い。男同士で来るには、ちょっと惜しいくらいだった。
ザルルブルグは、その名のとおり、岩塩の産地で、海から遠い中央ヨーロッパ各地に塩を供給して財を成したとは知っていたが、ミニ観光バスの運転手兼ガイドによると金も産出したらしい。当時、世界の金の産出量の40%を占めていたと言うから、それは凄いものだ。町の景観が綺麗なのも、やはり豊かな富のせいだろう。モーツアルトも、そうしたザルツブルグの富の加護のお蔭で芸術に携われたのかも知れない。やはり富が、文化を作るのだ。ヨーロッパは、こうした富のストックが凄い。たとえ身なりが質素でも、その豊かな過去の遺産と共に暮らしているだけで楽しい生活が出来るし、また観光収入も得ることが出来る。
欧州最古のレストランを後にすると、未だ少し時間があるので、ミュンヘンへの帰路の途中にあるヘレン・キームゼー城に立ち寄ることにした。この城は、ルードヴィヒ2世がベルサイユを真似て作ったもので、ドイツ・オーストリア地区では最も面積が大きいキームゼー湖の中央に浮かぶヘレン島に建設された。従って、城へ行くには、まずは、船でヘレン島へ渡らなくてはならない。時間に余裕のない我々は、とにかく往復切符を買っていそいそと島へ渡った。どうやらヘレン島の船着き場で、城に入る入場券を買うらしい。「音声ガイドは何語が良い」とか聞いてくるので、「とにかく英語にしてくれ」と頼むと、切符をくれたが、「今は、混んでいるので、入れるのは、これから1時間後だ」という。
冗談じゃない。そんなことしていたら、日本へ帰る飛行機に乗れない。普通なら、ここで引き返すところだが、何しろ船に乗って島に来ているので、そう直ぐには戻れない。「分かった、判った」と了解して、金を払って切符を買って、お城へ向かう。15分ほど森の中を歩いたら、形はベルサイユ宮殿に良く似ているが、ドイツらしく質実剛健なキームゼー城が目の前に登場した。せっかく切符を買ったのだが、何しろ城の中を見て回る時間はない。結局、城の周りと目の前の運河の写真を撮って、船着き場に戻り帰路についた。どうやら、城の周りを巡るだけだったら、城へ入る切符を買う必要はなかったらしい。
ミュンヘン空港に着いたときには、またもや2万歩近く歩いていた。しかし、こんなに短い時間に、ザルツブルグ市内とキームゼー城の2か所も観光できた。事前の知識もガイドもなしに、行き当たりばったりの弥次喜多道中の旅も結構面白い。また今度、いつヨーロッパに来れるのか、わからないが、とにかく良い旅をした。今年は、日本‐EU間の貿易協定も、ようやくスタートしたことだし、やはり実りある旅だった。