218 先進国日本のモノづくり (その1)

オバマ大統領が5年間にアメリカの工業製品輸出を倍にすると宣言してから、アメリカ製造業の復活は着実に進展している。今年の大統領の一般教書にも、3D(三次元)プリンタが登場し、オバマ大統領はアメリカの新たな製造業への期待を熱く述べた。もともと、付加価値ベースではアメリカは今でも世界最大の製造業大国である。生産高ベースの製造業指数では中国に後塵を拝しているが付加価値ベースではアメリカは未だ中国に負けることはない。こうしたアメリカの勢いを反映して、GEのイメルトCEOは中国、韓国に展開しているGEの家電製造拠点をアメリカに引き上げると宣言した。イメルトCEOが自ら言っている「開発と製造は不可分である」がその理由である。

さて、今週月曜日、私は兵庫県加東市社にある富士通周辺機の本社工場と明石市大久保にある明石工場を訪問した。もともと、私は、富士通に入社した時に、周辺機事業部に配属され20年近くコンピュータの入出力機器の開発に従事していたので、明石工場には何度も通っている。明石地区の工場は、いわば私を育んでくれた学校でもあった。

富士通は、通信機器の会社からコンピュータ事業へ進出したので、会社の中は電気系技術者が圧倒的に多かった。私も、その一人である。しかし、コンピュータの周辺機器は精巧な可動部分があり多くの機械系エンジニアが必要である。要は、コンピュータの周辺機器はエレキとメカが合体したメカトロニクスの塊である。そこで、富士通は不足する機械系エンジニアを招き入れるために関西の明石地区に富士通周辺機という開発と製造を一体化した子会社を設立した。もちろん、この会社は機械系だけでなく電気系エンジニアも積極採用し、文字通りメカトロニクス主体の開発・製造会社となった。

しかし皮肉にも、富士通周辺機が盤石の開発・製造体制を整えた後に、富士通の周辺機ビジネスは変調をきたしてきた。結局、主力だったプリンタ事業はプリンタ専業メーカーへの事業売却をせざるを得なくなった。この事業売却を指揮したのは、何を隠そう私自身であった。こうして地獄を見た富士通周辺機は、ビジネスになるなら何でもやってやろうと言う不屈の心意気と、もはや親会社には頼っていられないという自主の機運によって、どん底から少しずつ立ち直っていった。

そして、今や、富士通の中では、最も勢いのある携帯電話、スマートフォン、タブレット端末の主力工場となった。もちろん、これらの事業に関して、単に製造だけでなく開発にも大きく貢献している。ドコモグループで最下位に甘んじていた富士通の携帯事業は、通信部門から切り離されてコンピュータ部門に移管された。丁度、私がアメリカから帰国した時である。私は、帰国すると直ぐに携帯電話事業の再建担当を命じられた。丁度、日本固有のPDC仕様から世界標準の3G仕様へ移行する真っ最中でもあった。通信部門から移管された開発人員はPDC仕様の開発で手一杯で3Gの開発をする余裕は全くないという。

ここで、プリンタ事業売却に伴って仕事を失っていた富士通周辺機の精鋭80名が、明石から川崎・横須賀へ移動して3G携帯電話機の開発に従事することになる。彼らは、最先端メカトロニクスのノウハウを持っており、携帯電話のシャーシに富士通で初めて3DCADを導入することにも貢献した。結果として、彼らの必死の貢献もあって、富士通はドコモグループで確固たる地位を確立することが出来た。当然、富士通周辺機の精鋭80名は3Gの携帯電話事業を携えて明石地区に凱旋、帰還したわけである。

しかし、そうは言っても、もともとメカトロニクスの精鋭技術者が、どのようにスマートフォンやタブレット端末の開発・製造に貢献できるのだろうかという疑問は残る。だって、どう考えてもスマートフォンやタブレット端末は自走したりはしないのだから。その疑問は、5年ぶりに訪れた富士通周辺機の製造ラインを見て私には直ぐに納得ができた。もはや精密加工作業に人間が直接従事していない。主役はロボットだ。アームロボット、フィンガーロボットが次々と精密な作業をこなしていく。アームロボットのコアは三菱電機製、フィンガーロボットのコアはファナック製だが、肝心の手足の部分は純粋な富士通周辺機の自社製である。

スマートフォンやタブレット端末の商品寿命は3か月。年に何回も製造ラインは変化し、そのたびに製造治具を変える必要がある。そんな短期開発品は外部に発注出来ないのだ。そこにメカトロニクスの精鋭エンジニアを集めた富士通周辺機の強みがある。特に感銘を受けたのは、最近流行の防水型製品のしかけである。こうした防水型の製品は直径0.5ミリ長さ1ミリのネジで締める。ネジの元にはプラスティック製のシーリング材が付けられているのでネジを締め終わったあとは、そのプラスティック材がネジ穴の隙間を埋める。大体、こんなに小さなネジを人間が手で締められるわけがない。 超精密加工製品の製造はもはや人間の手では出来なくなっている。こうしたロボットを開発するのに富士通周辺機が集めたメカトロニクス・エンジニアが貢献していたのだった。

iPhone、iPadを製造している台湾資本で中国製造のフォクスコンは、2010年に導入し始めたロボットが2011年には3万台、2012年には30万台、2014年には100万台にまで達するという。フォックスコンのCEOは最近、米国にも製造拠点を拡大すると言っている。私は、多分、Apple製品は近いうちにフォックスコンの米国工場で製造されるようになると思っている。まさに、それがオバマ大統領の戦略であり、大統領に追随するGEのイメルトCEOの戦略に通じるものがある。

これこそが先進国の製造業ではないか。製品はロボットに作らせ、自分たちはロボットを開発し、自らの手で作る。これならば、日本の製造業が多数の高学歴人材を吸収することが出来る。さらに富士通周辺機はロボットの手足を自分たちで開発しているわけだが、これからは3D(三次元)プリンタで製造しようと考えている。彼らは、もともと3D‐CADのプロフェッショナル達ばかりである。頻繁に出図される新製品の製造に向けたロボットの手足は短期開発が要求される。作ってみてロボットに接続して、製品に適合するように改版するのも、3Dプリンタなら即座に出来る。それこそ、夕方、設計情報を3Dプリンタに送っておけば翌朝には新しい手足は出来ているというわけだ。ロボットと同様、プリンタは夜中の作業だって疲れを知らずにやり遂げる。

現在、ICT業界で最も期待される研究分野は、脳科学(ニューロン)、ロボティックス、サイバーセキュリティの3つだと言われている。その中でも、最も実践的なロボティックスこそ日本に最も向いている研究開発分野ではないだろうか。生産年齢人口が減ると成長が止まると言われているが、今でも、まともな職に就けない若者が沢山いるのに、経済停滞を生産年齢人口のせいだけにするわけにはいかない。少子高齢化が進展する日本に向いた産業構造、生産形態を模索する必要があるだろう。先進国日本のモノづくりの火は、まだまだそう簡単に消すわけにはいかない。

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