214 経済学は死んだ??

先週は3回も講演があり外を出歩いていたが、今週は何もないので久しぶりに、オフィスでじっくりと買いだめしておいた本を読むことにした。何冊か読むうちに、一見無関係に思えた次の2冊の本が密接にリンクしていることに気が付いた。一つは、ジョン・クイギン著「ゾンビ経済学」で、もう一つはエリック・ブリニュルフソン、アンドリュー・マカフィー共著「機械との競争」である。

「ゾンビ経済学」では、かつて一世を風靡し、政策にまで影響を及ぼした経済理論は、本当に正しかったのか?を問うている。経済学では、既に破たんした思想や理論が、破綻した後も、化粧直しをしてゾンビのように復活し幅を利かせているという。確かに、数多くのノーベル経済学賞を取った欧米の経済学者が政策のリーダーシップを取る、アメリカやEUにおいて、未だに経済復活の施策を見いだせないで苦しんでいる。グリーンスパンが採用した、大中庸時代説(安定した経済がずっと続く)も、新ケインズ派であるサミュエルソンが唱える効率的市場仮説(市場は合理的でバブルは起きない)や金持ちが豊かになれば貧困層にも、その恩恵は波及するというトリクルダウン説も、このたびの世界金融危機の中では正当性を否定されたはずだった。

今の日本で持て囃されているアベノミックスも、こうした経済学理論で日本経済を再生しようというものである。金利政策と市場に出回る通貨の量で経済を発展させようとする政策は、既に、アメリカとヨーロッパで何度も試されたが、決して顕著な成果を挙げることは出来なかった。しかし、今回のアベノミックスで「市場のムード」を前向きに変えた効果と「為替の正常化」が、日本経済の高揚に及ぼしたことは大きく評価されてしかるべきである。実体の経済は、「経済学に基づく政策」よりも消費者や経営者が持つ「ムード」の方が遥かに大きな影響を持つ。

今、アメリカはシェールガス効果もあり、着実に景気が上向いていると言われている。しかし、本当にそうだろうか? アメリカ経済は、その7割を個人消費に依存しており、個人消費に、たった3割しか依存しない中国経済とは構造が大きく異なる。そのアメリカの個人消費を支えるのは給与水準よりも、もっと重要なのは雇用統計である。従って、アメリカの株価も、毎月発表される、この雇用統計の数字に極めて敏感である。そして、ここのところの雇用統計は毎月10-15万人増と、増え続けていることが、市場に好感を与えている。だから株価が上がっている。

しかし、もはや経済学者たちは、2007年から2009年までの金融危機ではアメリカ全体で1,200万人の雇用が失われたことを忘れている。この数字は、仮に毎月20万人に雇用が増えても、その穴埋めには60か月かかることを示している。もし毎月の雇用増加が10万人ペースなら120ヶ月かかるわけである。実際、2009年7月にアメリカが大不況集結宣言を出して以来、7四半期ベースで年率換算2.7%のGDP成長を見せ、企業の設備投資も、この30年間で最大のペースとなり、アメリカ経済は完全復活を示しているように見える。だから株価も高騰し、アメリカ復活と沸き返っているわけである。しかし、雇用は目覚ましく増加しているわけではない。つまり、この2年半は「雇用なき繁栄」が続いている。これでは個人消費が伸びるわけがなく、アメリカ経済の繁栄は、またしても実体経済と乖離したウオールストリートだけのバブルに陥る可能性がある。

さらに日本と異なり未だに人口が大きく増加しているアメリカは、この雇用問題に関してもっと深刻である。アメリカの人口は過去10年間で3,000万人増えている。この結果、全人口の就労比率を2000年と同率に保つためには、リーマンショックで失われた1,000万人の雇用を別にしても、さらに1,800万人分の雇用増加が必要であった。しかし、2000年以降の雇用増加はほぼゼロであったため、2000年の就労率64%は10年後には58%にまで下がっている。就労可能人口の半分しか就職口がないということである。

なぜ、経済学の大家が、現在の経済動向を見誤ってしまうのか?雇用拡大に向けての有効な経済政策を見いだせないのか? その疑問に答えるのが「機械との競争」である。17世紀に英国で始まった産業革命は、農業から製造業への労働力シフトを大規模に行うことになった。それでも農業は機械化と大規模化によって生産効率を高め、生産額が縮小することはなかった。その後、製造業の自動化が進展するとともに、先進国の労働者はサービス業へとシフトしていった。また、国民全般の高学歴化に伴い、サービス業の中身も、どんどん高度化し、雇用の拡大と賃金の増加が同時並行的に行われることになった。

この「機械との競争」は、コンピュータやロボットの高度化によって、高度なサービス業の領域まで雇用が失われていると指摘する。例えば、グーグルが自動車会社になると言われると誰もが驚くだろう。実際、グーグルは真剣に自動車会社になろうとしている。いや、べつにグーグルは自動車の車体やエンジンを作ろうというのではない。グーグルが自動車に見出している付加価値は「自動運転=無人運転」である。グーグルは米国政府の許可を得て、トヨタのプリウスを改造した車で米国の一般道路を22万キロも自動運転で走行させているのだ。グーグルMAPやストリートビューは、そのためにあったのかと今更気がついても遅い。このグーグルの自動運転カーは免許取り立ての新米ドライバーや、高齢者ドライバーより遥かに安全であると言う。

私もアメリカで経験したが、訴訟を受けるとデスカバリーと言って、相手の弁護士に会社の資料を全て持っていかれる。よく日本であるように検察が段ボール箱を何十箱もトラックに詰め込むのとは全く違う。アメリカではサーバのメールや資料保管ファイルをコピーして持っていくだけである。従来は、押収した資料を印刷して、弁護士が人手で何か月もかけて怪しいところがないかと調べ上げたものである。今では、コンピューターが、きちんと指示さえ出せば、数十分で結果を出してくれる。これだけで、訴訟社会であるアメリカの弁護士業界の雇用機会は大きく失われる。

製造業でも同じことが起きようとしている。Appleがテキサス州に広大な工場用地を購入し、現在、中国で生産されているiPhoneやiPadを米国内で生産するのではないかという噂があるが、私は、これは本当だと思う。しかし、この工場を運営するのは台湾資本で現在中国で工場展開しているフォックスコンだろうと推察できる。このフォックスコンのテリー・ゴンCEOは2011年に稼働している生産ロボット1万台を2012年には30万台、2014年までには100万台にする計画を発表している。こうなると折角、中国からアメリカ本土に移転してきたApple製品の生産拠点では、全てロボットが製品を作ることになり、アメリカでの新たな雇用は生まれない。

経済成長が、新たな雇用を生み、個人消費を押し上げ、それが、また新たな経済成長へと結びつくという景気の循環サイクルがテクノロジーの高度化で動かなくなっている。いや、下手をすると、従来からの雇用もテクノロジーによって失われて、それが個人消費を低迷化させ、さらに景気を押し下げる方向に繋がって行く可能性の方が高い。これまでの経済学は、こうしたテクノロジーの変化を考慮にいれていない。私達に、本当に必要な学問は、景気循環を予測し、景気を高揚させる政策を立案する、こうした経済学という分野ではなくて、人間が人間らしく生き、暮らしていくための価値創造社会をつくるための社会学ではないかと思えてくる。

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