213 あれから2年(その6)

昨日、武藤真祐先生から、先生が監修された高齢先進国モデル構想会議編「石巻医療圏 健康・生活復興協議会(RCI) 在宅医療から石巻の復興に挑んだ731日間」を頂いた。震災から3か月後、石巻の日和山から見た惨状は今でも忘れられない。また、同じ時期に女川町立病院がある高台の下で横転した5階建てのビルを見て、ただ茫然として声も出なかった。そう、この本の中に書かれていることは殆ど知っている。富士通の生川氏が武藤先生と石巻に在宅医療の拠点を作ろうと計画していた時点から、この本に書かれている8割方は既に知っていることばかりである。

それでも、「そうだったのか」と初めて知ることも多い。特に、武藤先生や祐ホームクリニックの運営を支えている園田さん達の時間を追った心の変化の過程は、この本を読んで初めて知った。そして、その部分を読むと思わず目頭が熱くなる。次々と起こっていったイベントの変化は外からも判るが、人の心の中までを窺い知ることはなかなか難しい。

この本にも登場する女川町保健センターでリーダーを務める保健婦の佐藤由里さんには、富士通のフォーラムでも講演をして頂いた。「被災地の事を心配してくれるのは嬉しいが、皆さんの周りで一人の自殺者も出さないよう心遣いすることも大事ですよ」と語って下さった佐藤さん。私が女川町立病院に隣接する保健センターに、講演のお礼に行った時も、笑顔を絶やさずにテキパキと同僚に指示を出していた佐藤さんが、実は、あの大津波で高校生だった一人息子さんを亡くされたとは、佐藤さんと別れて車に乗ってから初めて知った。

富士通からは生川氏と川村氏が、会社に在籍のまま、このRCIの活動に参加しているが、都内の大手IT企業を退職して、このRCIに参加している方もいる。また、アメリカやインドから、この石巻に駆けつけてこられた方もいる。私も、このRCIを訪問させて頂いたが、多くの若い方が、目を輝かして熱く活動をされている。少なくとも外目からはそう見える。しかし、活動の中身は、今も、毎日苦難の連続が続いている。石巻市民病院が地盤陥没で使用不能となり、石巻の海岸地区の個人診療所の殆どが破壊されてしまったのにも関わらず、将来の高齢者医療の本命と目される在宅医療制度は、この石巻・女川地区でさえも、未だなかなか認知されてきてはいない。そうした状況の中で、皆が、思いを一つにして頑張っている。

在宅医療システムは、これまでの医療システムを根本から大きく変える。この在宅医療専門の祐ホームクリニックに隣接する、石巻医薬品センター薬局を経営されている丹野先生は、この在宅医療システムを支える薬剤師側のリーダーである。丹野先生は、在宅医療システムは医師だけで出来るものではない。医師と看護師と薬剤師が一体となって運営されるものだと力説する。長い間、石巻市民病院に隣接した薬局を経営してこられた丹野先生は、これまでは医師が発行した処方箋を持参した患者に薬を渡すだけだった。それを受領した患者が、そうした薬を、どのように飲んでいるかなど想像だに出来なかったと言う。今回、在宅医療システムの中で、患者宅に薬剤師として訪問して驚いた。つまり患者宅に溢れるほどの大量の飲み残しの薬を見て呆然としたのだそうだ。

そして、このたび石巻医療圏 健康・生活復興協議会(RCI)は、単に在宅医療システムを立ち上げただけでなく、地区全体の住民の健康アセスメントを開始し、各家々を巡回して調査票を集め始めたのだ。元々は、行政が破壊された女川町の6人の保健婦さんたちが始めた3,000人分の被災者健康調査票をコンピューターへ入力することから始まった、このシステムは画期的であった。石巻の行政からも全く見えなかった在宅被災者の実態を明らかにしたのである。被災者は、避難所だけに入る人達だけではなかったのだ。外観的には、殆ど壊れかけて人が住んで居ないように見える半壊住宅にも被災者は住んで居た。避難所を中心とした被災者支援が、そうした膨大な数の在宅被災者を見逃していたのだった。

こうした考え方は、これまでの病院中心の医療システムを根本から変える。良く、漫談で、「あの人は最近、病院で見ない。どこか、体でも悪くしたのではないか?」という冗談がある。本当に体が悪い人は病院にまで行くことすら出来ない。むしろ、毎日病院へ通える人は元気な人である。「老化に伴う慢性的な疾病は、もはや治癒することが出来ないので病気ではない。」という最近の医学界の見解を私は本質的に正しいと思う。サロンのように、毎日病院に通う元気なお年寄りに過料な投薬を施すことは、むしろ健康を損ねるだけである。

それよりも、いよいよ体調が思わしくなく、病院にすら行くことも出来ない高齢者の方々を自宅で診て差し上げるという方が、遥かに本質的な高齢者医療とは言えないだろうか? そして、在宅医療に関する全ての医療行為を医師だけに任せるのも医師の負担を過度に重くするだけである。アメリカの在宅医療の殆どは、医師の委託を受けた看護師が患者宅を訪問して行っている。丹野先生が言うとおり、在宅医療は、医師と看護師と薬剤師が三位一体となって最善の医療行為が行えるよう、在宅医療システムを意識した新たな規制改革が必要である。

そして、今でも、石巻で聞いた、武藤先生の、あのお言葉が私の耳から離れない。「ITはもっと医療に関わるべきです。いかに優秀な医師であっても、知識ベースではコンピューターには全く適いません。医師は、もっとコンピューターを診断に利用すべきです。医師には、コンピューターでは出来ないことがある。それは患者とのコミュニケーションです。会話によって、患者の気持ちを安らかにすることは投薬以上に効果があるはずだ。」

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