209  あれから2年 (その2)

3月11日の朝、前の晩の寒さは少し和らいだものの、相変わらず強風は未だ続いていて、土埃が空に巻き上げられる中を、仙台から石巻に向かった。石巻市内に到着後、まず、日和山の頂上に登ると、日和山神社の境内には、NHKや民放各社のTV中継車が所狭しと並んでいた。各TV局のクルーが、この日和山の頂上から実況中継している中、私たちは、その映像の実際の景色を見ていた。この日和山から一望できる、石巻市立病院を中心とする沿岸部は、震災直後に来たときは瓦礫の山で、その半年後にはガレキは片づけられていたが、地面以外は何も見えなくなっていた。

去年の夏には、そこに雑草が生い茂り、元から一面の草地だったのではと勘違いするほどになっていたが、今は、その雑草も枯れて、市立病院の建物以外には全く何もない更地となっている。その市立病院とて、用地が陥没し、満潮時には海水が入って水溜りになる状況は相も変わらず、そのまま廃墟となっている。要は、石巻の海岸部は1年前と何も変わっていない。日和山の麓に住む古老の話では、「昔は、ここに人は住んで居なかった。山の麓から海が見えた」とう言うのだから、ひょっとして、この海岸地区は人が住んではいけない土地だったのかも知れない。

その海岸部で、今、一番活気のあるのが、日本製紙の工場群である。何本もの煙突から白い煙をモクモクと吐く様は、心地よい力強さを感じさせる。震災直後に見た、この日本製紙の工場は、津波によって徹底的に破壊し尽されていた。大体、工場の天井は高いが、重厚な設備は全て地上に設置されているので、津波が襲ってきたらひとたまりもない。従業員の方々が一生懸命作業されていたのは、海水に浸かって、もう使い物にならない、人の背ほどもある大きな紙ロールを運び出すために埠頭に並べる仕事だった。決して生産的な仕事ではないが、この工場をどうしようと、まず片づけだけはしなければならなかったのだろう。

石巻市で最大の雇用を生んでいる、この日本製紙の工場が廃業するとすれば、石巻市にとっては、もはや立ち直れないほどの深刻な苦境に陥っていたはずである。それが見事に立ち直り操業を全面再開していたのだから、本当に涙が出るほどに感動した。日本製紙経営陣の心意気は素晴らしい。それにしても、あれほど破壊し尽された工場が、たった2年で、かくも見事に甦るものかと思う。民間のスピード力は、政府を遥かに凌ぐと言うことだろうか。これなら、いっそ復興計画は、全て民間に委ねてしまえばよいものをと思ったりする。

北上川河口の中州にある、石ノ森漫画館も完全復旧し、既に開館していた。あいにく、3月11日は月曜日で休館日であったため中には入れなかったが、きっと全国から多くのアニメファンが訪れているだろうことは、外から見ても想像できた。そして、この漫画館の近くにあった小さな可愛い教会も、まさに今、再建中であった。周囲を白いテントで覆っているので、どんな作業をしているのか外からは伺い知れないが、私は震災直後の、この小さな教会を訪れている。小さいが故に、津波で玄関の戸や、中の装飾が徹底的に壊された教会が、とても痛々しかった。早く、元通りの可愛い教会に甦ることを祈り、今度、訪れた時に、どんな教会になったか必ず見に来ようと思った。

石巻の街は、少しずつ活気を取り戻しているように見えるが、実は、私は、震災前の石巻を殆ど知らない。東北の首都である仙台は別格として、石巻に限らず、東北の各地域は、大震災前から衰退に歯止めがかからなくなっていた。それが、震災を契機に、「復旧に留まらず復興だ」と言う掛け声は聞こえが良いが、何だか虚ろにも聞こえてくる。もともと、衰退している根本原因が何であったか突き止めないで、一時的な「復興」需要で沸く地元の景気回復をもってして本当の復興と呼べるのか、いささか疑問である。

やはり、震災を契機に、今までの社会システムの不具合を一気に是正することが、本当の意味での復興であろう。今、武藤先生が石巻で始められた在宅医療活動など、災害から復旧した後でも恒久的に必要とされる社会システムを、今こそ新たに築く時である。これからは東北に限らず日本全国で高齢化は避けられない。日本の失われた20年の本質は、最初の10年がバブルのリバウンドで、後の10年は人口構成の変化によるものだと言う。つまり、極めて本質的なことが原因で、決して経済政策の失敗ではないと言う。それほど深刻なものであるなら、幾ら「復興」などと意気込んだところで成功するはずがない。

今年は、伊達正宗公の命を受けた支倉常長らの慶長遣欧使節を乗せたサン・ファン・バウティスタ号が宮城県の月の浦(石巻市)を出帆してから丁度400年目になる。当然、アメリカが建国される前の話であり、大英帝国がスペインの無敵艦隊を破る前のことである。だから、彼らは世界の7つの海を支配するスペイン帝国へ向かった。超高齢化社会となる日本国内では、もはや内需振興はあり得ない。また、400年ぶりに、この石巻から世界に向けて鬱積したエネルギーを放出すべき時期が来ているのかも知れない。

コメントは受け付けていません。