私が米国に赴任した1998年には、1ドル140円、NYダウは約7000ドル、NASDAQは1,300であった。それが2年後の2000年には、NYダウは13,000ドル、NASDAQは5,100にまで急激な上昇を見せることとなった。これが、あのITバブル、ドットコム・バブルである。この時、シリコンバレーからサンフランシスコ・ベイ・エリアまでに住む人口100万人の中で、25万人が億万長者になったと言われた。この地域に住む人々は、「これがアメリカの底力だ」と自信を見せていたが、日本の不動産バブルを経験していた私には、「これがバブルでなくて何なのだ」と思っていた。そして、その通り、翌年の2001年には、このITバブルはまさに泡のように消え去った。25万人の億万長者が持っていた紙の上だけの資産は全て消え去った。
私が経営していた会社が事務所を借りていた大家までもが、私の会社にストック・オプションを要請してきた。「この会社は、日本の会社の100%子会社で米国では上場していないのでストック・オプションはない」と言うと、「そんな会社には事務所は貸せない」と脅しまがいに凄んでみせた。こんな理不尽な要求がまかりとおるなら、この国はいつかきっと亡びるに違いないと恨んでみたりしたこともあった。
優秀な社員も一人ずつ、毎日、会社を去って行った。「伊東さん、私は、この会社が嫌いなわけではないのだが、1億円のストック・オプションをオファーされたら、行かないわけにはいかないのだ。こんなチャンスは一生に二度とないだろうから」と言われた私は「それは是非行くべきだ。君みたいな優秀な社員に去られるのは辛いが、万が一、また戻ってくるつもりがあるのなら、我々はあなたを大歓迎して迎えるだろう」と言って見送った。
アメリカのスタートアップへ入社する際に与えられるストック・オプションは行使まで5年待たなければならないことが多い。私の会社を去った優秀な社員の多くが半年もしないうちに入社した会社が破産し、与えられたストック・オプションが紙くずになった。そのうちの何人かが、また私の会社に戻ってきた。アメリカで働く人たちの力強さは、元の会社に戻って来たときに、元の部下の配下につくことも全く厭わないことである。そして、周囲も会社を去った人が、また戻ってくることに何の抵抗力もなく受け入れ、むしろ、「自分たちの職場も捨てたものではない」と歓迎することにある。こうしたオープンな職場を持つ会社の文化がアメリカの底力だと私は確信した。
ITバブルが崩壊した、翌年の2001年にアメリカは9.11同時テロというアメリカ史上最大の不幸に見舞われた。この不幸が、これまでアメリカの経済発展を支えてきた異民族に対する「寛容さ」を失わせる。アメリカの大学に留学した新興国出身の学生は、卒業後、周囲の住民の厳しい目に耐えられなくなり、アメリカに残らず、故国に帰国するようになった。この時に会ったシスコのチェンバースCEOは、私に、「もうアメリカも終わりだ。このシリコンバレーを支えてきたのはアメリカ国籍を持った技術者ではない。こうした不寛容さが、きっとアメリカを滅ぼすことになる」と嘆いていた。
そして、2007年、シリコンバレーには、さらなる不幸が襲う。リーマンショックに端を発するアメリカ金融恐慌は、シリコンバレーに豊富な研究開発資金を供給してきたベンチャー・キャピタルへの資金の流入を断った。シリコンバレーで豊かな資金を持つのは、中国政府ファンドから資金を預かる、僅かな中国系ベンチャー・キャピタルだけとなった。私が、かつてアドバイザーを勤めていた香港系アメリカ人経営のベンチャー・キャピタルは「胡錦濤主席から10年間で1兆円相当の資金を任された」と豪語していたが、こうしたベンチャー・キャピタルはむしろ希少な存在でもあった。
そうしたシリコンバレーが、今、見事に蘇った。Google, Twitter, Facebookと世界を変えていく新たな挑戦者が次々と登場した。また、これら大成功したスタートアップ達に初期段階で投資し4千億円もの資産を作り上げたリンクト・インの創始者リード・ホフマンは、その資産を、今もシリコンバレーのスタート・アップを育てるための資金援助に使い続けている。PayPalマフィアとも言われる、このリード・ホフマンの生き方こそが、今のシリコンバレーの憧れの存在でもある。
今回、私が会ったサンフランシスコの、とあるスタートアップ・アクセラレータの経営者は、外観は、無精ひげを伸ばし、粗末な衣服を纏い、身なりにも全く構わない方だったが、このシリコンバレーを世界のイノベーションの中心にするのだという情熱だけは凄かった。そして、私が「このアクセラレータの資金はどこから出ているのか?」と尋ねると、「私がベンチャーの上場益で稼いだ1000億円を元手にしている」と言うのである。どう見ても1000億円を持っている大資産家には見えない風体だったのに。
かつて、アメリカの経営者は莫大な資産を持つと、中西部に広大な牧場を持ち、悠々自適の隠居生活を楽しむと言うのが一般的だった。しかし、今のシリコンバレーの億万長者にとって、お金は、それ自体が目的ではない。「次のスタートアップを育てるゲーム」の単なる元手にしか過ぎないのだ。確かに100億円を超えたら、もはや自分で使いきれる額を遥かに超える。その時、そのお金をどう使うかが人間の度量を決める。そういう度量を持っているからこそ100億円以上の巨額の資産を若くして手に入れられるのかも知れない。確かに、今のシリコンバレーは面白い。