サンフランシスコのダウンタウンで、「ロングテール」と並ぶ新ビジネスモデルに関する2大著作と言われる「メッシュ」の著者であるリサ・ガンスキー女史が私たちを笑顔で迎えてくれた。そして会議室の机上には、私たち向けに署名した上で著者謹呈として渡す「メッシュ」の英語版と日本語版が数冊置かれていた。彼女は、屈託のない笑顔で楽しそうに話す、とてもチャーミングな女性だったが、どうやら、私が目の前に置いたミラーレス一眼カメラが、とても気になっているようだった。
別れ際に、一緒に写真撮影して欲しいという要望にも、快く答えてくれたが、「そのカメラをよく見せて、そんなに小さくても一眼レフなの?」と私のNikon 1がとても気に入ったようだった。私が、実際にレンズを外して一眼レフだという証拠を見せると、とても喜んで「ちょっと待ってて」と言い、自分の部屋に戻って彼女が持ってきたのは、デジタルカメラを模したケースを被せたiPhoneだった。「このケース、私が自分で作ったの。ほら、こうしてかまえると携帯電話には見えないでしょ」と自慢する。そう、リサは「カメラ女子」だったのだ。
こうした趣味のカメラを通じて、リサはデジタルカメラで撮った写真をシェアして楽しむしかけを提供する会社を創業した。その後、その会社をコダック社に売却したリサは、既に億万長者である。さらに、このたび著作「メッシュ」が世界的ベストセラーになったことで、さらに多くの富を手にしたことは間違いない。しかし、そういう振りは全く見せないで、雑居ビルの広い一室で、若いスタートアップの人たちを支援し、自らも、新たなソーシャルビジネスを始めようとしている。こんな有名人が、よくも私たちと気さくに話をしてくれるものだとまず感銘を受けた。
リサとの最初の話題は、互いの共通の友人である元デンマーク環境相、現在EU環境相でCOP15の議長を務めたコニー・ヘデゴー女史のことからだった。私が、コニーからCOP15の半年前に行われるビジネス環境サミットへの招待を受けたのは、代官山にあるデンマーク大使館の一室で行われたTV会議だった。この時に、私の、隣にお座りになってコニーと親しく話していたのは、防衛大臣も務められた元環境大臣の小池百合子さんだった。この時、初めてお会いした小池さんは、近くでお話をすると、とても可愛らしくチャーミングであった。そういえば、ダボス会議の準備会合で、たまたま、私の隣に座られた川口順子元外務大臣と話した時も可愛くてチャーミングな方だと感動した。リサも同様だが、仕事が出来る女性というのは、こうして個人的に話すときは可愛くてチャーミングな方々ばかりである。
「メッシュ」は、車など、従来は個人使用していたものを皆でシェアしようとすることを新たなビジネスとして発展することを書いた本である。ただ車を貸し出すだけならレンタカー会社として、既にビジネスモデルがあるわけで、部屋を貸し出すことだってホテルという立派なビジネスモデルは、古くからある。そこで、敢えて彼女が、シェアビジネスを「メッシュ」と呼び、これからはメッシュ社会となっていくと主張する背景を、私達に彼女は熱く語り始めた。もちろん、皆で限りある資源を共有するということは、地球温暖化問題を含めて環境問題に大きく貢献するのは間違いないが、リサが目指してるものは、それ以上にもっと高いところにある。
リサは、そうした「メッシュ」の考え方を私たちに一生懸命に語る。社会は、これからメッシュのように結ばれ自律分散系システムとして働くようになるのだと主張する。私が、「ヒトデ(Starfish)」の話をされているのですね」と言うと、リサは「そう、そうなの。私も読んだわ、あのヒトデの本。何という題名だったか、今思い出さないな。これからの社会は、そう、ヒトデになるの。私は、そう言いたかったの」と相槌を打った。残念ながら、私も、その時には本の題名と著者名は直ぐに思い出せなかったが、帰国して自分の本棚を調べてみたら、その本はオリブラフマン・ベックストローム著「ヒトデはクモよりなぜ強い:21世紀はリーダーなき組織が勝つ」であった。そうヒトデには司令塔となるべき脳に相当する組織が一切ない。ヒトデの各筋肉は自律分散系システムで制御されている。だから脳を持っていないヒトデは脳を持っているクモよりも遥かに強いというのである。
さて、脳のないヒトデの社会システムとは、一体、どういうものなのか? サンフランシスコで、実際にUBERタクシーを経験し、当社の従業員が参加しているレンタルルームシステムAirbnbの話を聞いてみたので、ここでご紹介したい。まず、私たちのチームは4人。サンフランシスコ市庁舎前からスマートホンを用いてUBERから車を呼んだ。まず乗車人数、自分たちが行きたい場所を送信する。当然、今いる場所はGPSをONにしているからUBERはわかる。すると利用可能な車が複数台表示されるので、到着するまでの所要時間や料金、好みの車種、ドライバーの評価などから、どの車を呼ぶかを決めて選択する。
タクシーは3分ほどでやってきた。黒塗りの高級ミニバンで、もちろんタクシーの看板などどこにもついていない。まさに、リムジンである。ドライバーも降りてドアサービスもするなど、礼儀や接客態度も一般のタクシーとは全く違う。目的地に到着すると、またドアサービスをしてくれるが、そこで金銭の授受は一切ない。降りると直ぐに、スマートホンに請求が来るので利用者は車とドライバーの評価を入力して決済をする。さらに、どの道を通ってきたかもスマートホン上に表示されるので不当にお金を取られる心配も全くない。
タクシーのドライバーは営業免許は持っているが、どの会社にも所属していない個人営業である。料金決済はPayPalで行われるので回収リスクは全くないし、顧客サービスをきちんとやれば評価もあがり、営業成績もあがるのでやりがいがある。UBERは、こうしたインフラだけを提供しているだけで、個々の取引に直接関わることはない。まさに自律分散システムである。こうすれば、利用者もドライバーも管理会社に収奪されるマージンを最小限で取引が出来る。こうしたシステムが定着すれば間違いなく既存のタクシー会社は、皆、倒産してしまう。
もう一つの宿泊サービス、当社現地社員がサンフランシスコでAirbnbを利用して個人宿泊サービスを行っていると言うので、いろいろ様子を聞いてみた。彼は、夫婦子供二人の4人家族だが、子供が未だ小さいので一部屋余っており、そこを綺麗にして宿泊に必要な家具を揃えて、Airbnbを通じて貸している。Airbnbは、今や、全世界190カ国にわたり1,000万室を用意して、売上高4千億円、世界最大のホテルチェーンとなった。話はわかるが、自分で、個人として、そうした部屋貸ビジネスが出来るかを考えると、いろいろ悩むこともある。
AirbnbのB and Bは、元来Bed & Breakfastの意味でベッドと朝食を提供する意味だったが、最近は朝食なしも普通になっている。泊まる利用者は、独立した部屋を提供されるので、プライバシーは守られるが、トイレや風呂は共有である、玄関も一緒だし、とうぜん廊下をすれ違うこともある。私は、その同僚に聞いてみた。「どんな人が泊まりに来るか不安じゃあないの?」と。すると、彼は即座に答えた「全く不安はない。アメリカ人の9割は個々にクレジットスコアを持っていて、泊まらせても心配ないかを判断するにはクレジットスコアを見れば良い」と答えた。
つまり、利用者側からも部屋を提供する側からも、お互いに、その個人のクレジットスコアをAirbnb社が独自に提供しているのだ。日本でクレジットスコアと言えばクレジットカードの利用者が支払いを延滞しているか、いないかという情報だけだが、アメリカでは、こうした情報に加えて、ネットでの売買を通じた信頼度や、ソーシャルネットにおける発言状況まで含めた、もっと詳細なクレジットスコアがあるのだという。資源をお互いに共有するには、利用する側にも提供する側にも一定以上のマナーが必要である。今のアメリカ社会は、もはやプライバシーがない社会、つまり壮大なムラ社会になっているからこそ、こうしたシェアビジネスが定着するのだろうと推定される。
ネットを通じて、個人のプライバシーが共有されるのが良い事かどうかは未だ多くの議論があると思うが、こうしたネット上で構築された信頼関係を通じて、今のアメリカでは、いろいろなシェアビジネスがどんどん拡大している。リサが書いた「メッシュ」によれば、あらゆるビジネスは、こうした自律分散型のシェアシステムに変化していくだろうと言うのである。日本だって、ポイントカードを通じて個人のプライバシー情報の共有は、どんどん進んでいるから、いずれアメリカのようになる時期はそう遠くないだろう。