181 ブラジルの現在と未来

昨日、経団連会館で行われたシンポジウム「ブラジルの現在と未来」を聴講した。マルコス・ガウヴォン駐日ブラジル大使とJETROの二宮中南米課長が講師で、ブラジルの状況を丁寧に解説して下さった。

さて、私は、今年6月Rio+20に参加するために、初めてブラジルを訪れた。訪れた場所がブラジル経済の中心地であるサンパウロではなく、どちらかと言えば観光地であるリオデジャネイロだったせいもあるだろうが、今を時めくBRICsの中でも、人口(2億人)と資源(エネルギー、食糧、水)においてダントツの優位性をもつ国の勢いというものが感じられなかった。むしろ、ブラジルの町並みは、中国やインドで見られるアジア特有の喧騒さよりも、ヨーロッパの静けさを漂わせていた。

昨年、日本の銀行の窓口で、競ってレアル建ての債券を買い求めていた人達は、一体どうなったのだろうか? 2011年8月の、12.5%の金利で1.5レアル/USドルは、今は、7.25%金利で2.0レアル/USドルに下がっている。リーマンショックで一度は打ちのめされたブラジルやインド、中国の経済は、その旺盛な国内需要に喚起され、見事に甦ったと思ったら、欧州経済危機を契機に、また大きな下降局面に悩んでいる。しかし、昨日の話を聞く限り、ブラジル経済の停滞は、中国のそれとは、どうも全く背景も様相も違うようである。

1999年から2003年まで続いた第二期カルドーソ政権は、アジアに端を発する世界経済危機への対応に追われたが、その成果を出すには至らなかった。その後、2003年にブラジル史上初めて誕生したルーラ左派政権は、政策的にはカルドーソ政権の方針を継続し、その開花を結実させ、見事に収穫することが出来た。左派でありながら、社会保障政策は大きく変えたが、前政権の経済政策は全く変えなかったというのが見事な手腕である。

その結果、8年間続いたルーラ政権時代は、マクロ経済の安定化を実現し、ハイパーインフレからの脱却、中間層の拡大と消費市場の確立に成功した。しかし、リーマンショック後の世界同時不況は、当然、ブラジル経済にも大きな影響を及ぼし、年率5%以上を続けていた経済成長が、2009年には突然マイナス成長となった。ルーラ第二期政権は終盤を迎えていたが、この危機に見事に対処し、翌2010年には年率で7.5%成長という驚異的な回復を見せて、子飼いであるルセフ政権に見事に引き継いだ。

この結果が、昨年、2011年に起きたブラジルブームの引き金である。しかし、今から考えると、この経済刺激策が2011年後半からのブラジル経済の失速に繋がっている。景気刺激策の反動による経済の失速と言う点では、丁度、中国の4兆元の景気刺激策と、外観的には全く同じ様相を呈しているが、中身をよく見ると、やはり大きく違う。それでも、過度のダイエットは必ずリバウンドを招くという教訓はブラジルや中国の経済政策で繰り返されている。

さて、中国とブラジルの経済の違いを見ていくと、中国はGDPの7割近くがインフラ投資・設備投資及び輸出によって支えられている。一方、ブラジルのGDPは6割が個人消費支出依存でありアメリカ型経済となっている。2009年にマイナス成長した時でさえ、個人消費支出の伸びは3.9%もあった。逆に、インフラ投資や製造業、牧畜業は二桁のマイナス成長となっていた。ここで、ルーラ第二期政権が行った景気刺激策は、個人消費の伸びを牽引する消費税減税などの措置であった。

この結果、2010年の国内景気は絶好調、レアル高で輸入価格も下落し、個人消費はさらに伸び、伸長率は7%にも達した。その個人消費も自動車などの耐久消費財に偏ったため、いわば需要の先取りをしてしまった。2011年後半からの景気減速は、こうした耐久消費財の大幅な減速によるものだ。同じく、日本でも、エコカー減税、家電エコポイントで一時的に耐久消費財の需要を喚起したが、結局は、単なる需要の先取りにしかならなかった。消費インセンティブによる景気刺激策は結局、後の反動が怖い。現在のブラジルの経済減速の一時的な要因となっている。

しかし、それでも消費経済に支えられた経済は健全である。景気減速にも関わらず、ブラジルの名目賃金は上昇の一途をたどり、失業率も順調に下がっている。だから、ブラジルでは国民の間で景気減速に対する表立った不満は出ていない。そこが、インフラ投資と設備投資への過剰な依存をしている中国経済との大きな違いでもある。国の経済をインフラ投資と設備投資で支えた中国は、地方政府の莫大な借金と、国有企業の過剰設備、及び生産在庫と、そこへ貸し出した銀行の巨額の不良債権によって身動きが取れなくなっている。今は、中国政府が発表をやめた貧富の格差を表すジニ係数も、もはや0.5を超えたとも言われており、国民の不満は爆発寸前である。

一方、逆にブラジルは、ハイパーインフレ時代の名残で、これまでインフラ投資は、殆ど行われてこなかった。未舗装率は国道で20%、州道で50%、市道では、なんと85%にも及ぶ。ブラジル政府は、今後10年間で道路や鉄道で5兆円規模のインフラ投資を計画している。しかしながら、これまでブラジル投資の主人公であった欧州が金融危機で、欧州からブラジルへの資金投入は必ずしもうまくいっていない。その欧州の代わりに、今、ブラジル投資の主人公に躍り出たのは中国である。石油ではシノペックが、電力配電網では国家電網が大型投資を開始し、ニオブなど希少資源の買収にも積極的である。当然、インフラ建設にも中国が得意な分野で資金供給と合わせて一気に参入してくるだろう。

結論から言えば、新興国(BRIC)の経済減速のなかで、ブラジルだけは、少し様相が違う。今後、世界経済の牽引役になる可能性がBRICの中で最も高いということだ。人件費も新興国の中では圧倒的に高いが、だからこそ逆に消費力がある。猫の目のように変わる税制は、確かにやる気を削ぐ面もあるが、中長期的にはBRICの中では最も有望なビジネス対象国である。そして、今後のブラジル市場での日本の競合相手は、中国、韓国であり、価格競争で勝ち抜くことは、もはや極めて困難だと思った方が良い。ブラジルが、日本に求めていることを的確に読み、それに応えていく必要があるだろう。

今、ブラジルで最も成長している産業は教育、特に英語塾だと言う。この国は、いよいよ外に向けて本格的な活動を始動する。そうなった時に、人口と資源と言う底力がある分だけ楽しみな展開がありそうだ。我々は、もっとブラジル市場に目を向ける必要があるだろう。

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