いよいよ、来月11月6日に米国大統領選挙が行われる。オバマの再選か、それともロムニーが破るか、両者のTVリベートは白熱を帯びてきており、事前の予想を裏切り接戦の様相を呈してきた。アメリカ国民が、大統領選挙で、最も気にするのは外交問題でも社会保障問題でもなく、やはり経済問題である。私が毎週取っているBusinessWeek 10月15日号では、この大統領選挙特集として、オバマ大統領が正式に就任した2009年1月から今日までアメリカがどう変化したかを議論ではなく写真と数値で表している。こうした纏め方は、極めて客観的で判り易い。
結論から言えば、第二次世界大戦後アメリカ経済は誰が大統領になろうと全く関係なく一定の成長を遂げてきた。これを裏返せば、アメリカビジネスの経営者達は、アメリカの政治には全く期待しないで、あらゆる世界の変化をポジティブに利用してきたと言えるかも知れない。丁度、政府の失政によって矛盾が出れば、それを巧みに突いてヘッジファンドがしこたま儲けるように。但し、さすがに2008年に起きたリーマンショックの落ち込み分マイナス8.5%分だけは、未だにカバーしきれていないが、その後のアメリカ経済は順調な回復を見せている。このリーマンショックの要因もクリントン大統領時代からのグリーンスパンFRB議長がもたらした経済運営の失策から起きているので、オバマ大統領の責任とは言い難い。
実際、2009年1月からの、この4年間で、アメリカの企業は$1.7T(136兆円)ものキャッシュを貯めこんだ。そのTOPはアップルの$117B(9.4兆円)である。株価もS&P500-stock indexで見るとオバマ大統領就任直後の2009年3月における676.53から2012年9月現在では1440.67と、ほぼ倍になっている。つまり、ロムニー共和党大統領候補が言うのとは異なり、オバマ大統領は結果的にアメリカの経済運営で大きな失敗はしていない。しかし、一方、926の企業に投入した総額$604B(48兆円)の救済金は、ファニーメイ、フレデリーマック、AIG,GM、GMAC,クライスラーなどから、未だに$174B(14兆円)が未返済金として残っている。
マクロ経済的にみれば、オバマ大統領は米国経済運営において大きな失敗はしていないということになる。ところが、国民生活の視点からみると、この4年間は苦難の歴史であった。アメリカの平均家庭の収入は2009年1月の$50,590から2012年8月の$50,678と少しも増えていない。しかし、この4年間でアメリカの平均家計消費は8.2%減った。アメリカ経済の大半が消費によって支えられているので、この落ち込みが米国国内経済に影響を与えないわけがない。アメリカ国民は収入が増えない中、将来に不安を覚えて貯蓄を増やしたのである。
そして、インフレは着実に進行していた。特に食料品は野菜・穀物の5%値上がりから肉・乳製品の10%値上がりは、エンゲル係数の高い貧困層の生活を直撃する。貧困家庭では、もはや一日3食をファーストフードで取るのが当たり前となっているので、アメリカの生活に困窮している人々が住む地域では生鮮食料品を売る店が全くなくなったという現象も起きている。インフレは食料品だけにとどまらず、アパレルや家庭雑貨まで平均して5%から10%の値上がりとなっている。日本では平均家庭収入が1999年の655万円から2009年までの10年間で548万円と、ほぼ100万円減ったものの、デフレで物価も同時に下がっている。さて、日本とアメリカのと、どちらが良いかは難しい判断だ。
さて、こうしたインフレの中、大幅に値下がりしたものがある。それは不動産価格である。BusinessWeekの記事は、ラスベガス郊外の瀟洒な住宅街を空から撮った写真を掲載し、その1軒1軒にコメントをつけている。リーマンショック前に25万ドル前後で販売されていたプール付きの立派な住宅の殆どが、今は買い手がローンを支払えずに、抵当権流れで8万ドル前後で販売されているが、それでも買い手がつかないでいる。幾ら安いからと言って、殆どが空き家になったゴーストタウンに住みたいと思う人は居ないのだろう。
2009年ガロンあたり$1.27だった灯油価格も、今は、$3.80と高騰しているが、消費者のエネルギーに対する支払は2%減少し、米国でのトータルエネルギー消費量は7%も減っている。節約知らずだった米国民が、これだけ節約するのは、よほど生活が苦しいからであろう。2010年以降、AppleのiPadはアメリカだけで3,500万台以上売れた。ジョブスが生み出した革命的なイノベーションともてはやされているが、実は、消費者はTabletが好きだからでも何でもなくてiPadの$500という価格が、パソコンの平均価格$700より安かっただけだと、このBusinessWeekは述べている。もし、本当にそうだとすると、このたびグーグルが出したNexus7は、$198で、ほぼiPadと同様に使える(私が使用した感想)ので、今後Appleは苦境に陥ることになるかも知れない。
さらに、この4年間で最も売り上げを伸ばしたのはコンドームだと言う。2008年から2011年の3年間で23%増と、これだけ飛躍的に伸びた商品は他に例を見ない。生活難の家庭が子供を安易に産むことに慎重になっている証拠ではないかと評論家は言う。確かに、これまで、一般的に出生率は収入の少ない家庭ほど高かった。同じように、この4年間で20%以上売り上げを伸ばしているものがある。それは銃だ。米国最大の銃メーカーであるS&Wは2009年以降、23%も売り上げを伸ばし、$412Mと過去最高の売り上げとなった。それでも、この4年間に銃による殺人事件は10%減っているので、購入者は次第に悪化する治安に対応しようと防御のために銃を買い求める中間層、富裕層ではないかと言われている。
さて、失業率はオバマ大統領が就任した2009年1月の8.3%から、一時2009年10月には10%まで上昇した。総額$700B にも及ぶ米国史上最大の景気刺激策は、直接大きな改善には結びつかないまま、今日現在は、8.9%に高止まりしている。今後10年間で$150Bのお金をかけて、トータル500万人の雇用を生み出すと、華々しくぶち上げられたグリーン・エネルギープロジェクトも、4年たった今日現在、225,000人の新たな雇用しか生み出せなかった。あと6年間で675,000人位は行くのかも知れないが、残りの4、325,000人の雇用は計画倒れである。その計画の中には、$2.8BをかけたR&Dプロジェクトで3,231人の雇用しか生み出さなかったし、$296Mもの費用をかけたエネルギー効率家電インセンティブプログラムでは、たった2人の雇用しか生み出せなかった。
こうして、このBusinessWeekの記事を読んだ結果、わかったことは、アメリカの経済は政治には影響されずに、独自の論理で動いている。そして、多くのアメリカ企業は、低迷するアメリカ市場とは無関係にグローバル市場を相手に、グローバル拠点の人材を使って活動しており、業績はすこぶる好調であるが、それがアメリカ国内の雇用を生むことと、アメリカ国民の所得を豊かにすることにはなっていないことが判る。そして、もし、こうした好業績のアメリカ企業に対してアメリカ政府が課税強化でもしようものなら、アメリカ企業は、その本社機能をアメリカから外へ出してしまうであろう。グローバル化の進展とは、国内政治が制御出来ることを極めて限定する。つまりは、今回の大統領選挙が、どちらに転ぼうとも、アメリカ国民の苦悩が当分続くことは間違いなさそうだ。