178 高齢者の仲間入り

今月、65歳の誕生日を迎え、「高齢者」の仲間入りが出来た。自身で、特に意識することがなくても、周りが「お前は今月から高齢者だ!」と教えてくれる。生命保険は満期になるし、介護保険証も送られてくる。65歳以前は、介護保険は健康保険と一緒に支払っていたそうだが、65歳を超えると年金から自動的に天引きされることになるらしい。そして、年金受給開始のお知らせと共に、あなたは未だ働いているので年金は受け取れませんとの通知も来た。そして、年金を貰っていないのだから介護保険は別途支払うようにとの通知も来た。こんな具合だから、否応なしに、自分が高齢者の仲間入りをしたことがはっきりと判る。

昔、ゴルフを始めたばかりの30代の頃、60代になられた大先輩と一緒に回って「60代でもゴルフが出来るんだ!」と驚いたことがあった。子供の時に「今年60のお爺さん」が船頭として船を漕ぐ歌を聞いた感覚では、船は漕げてもゴルフは無理だろうと思ってもおかしくはなかった。その私自身、65歳になった今でも、月に2-3回のゴルフを行っている。もちろん若い時のような飛距離は出ないが、毎日1万歩のウォーキングをやっているのでカートに乗らずにコースを歩いて回ることは全く苦にならない。周りから見る高齢者の姿と自分が感じる高齢者の意識には相当大きなギャップがあるようだ。

日本は、これから超高齢化社会になるようだが、高齢者=要介護者という考えは、少し改めた方が良いかもしれない。私の母は、今年88歳になったが、3人の息子が東京や横浜に出て行ってしまったため湘南平塚の家で、一人で暮らしている。週に2回、訪問ヘルパーさんに洗濯や買い物をお願いしているが、それ以外は炊事も含めて、全て自分でやっている。一人暮らしは大変だろうが、緊張感を持って暮らしているせいか、話す速度と歩く速度は少しも衰えていない。そして携帯メールが出来ることが自慢で、電話するより、メールで連絡してくることの方が多い。確かに、その方が受け取る方は便利である。

私の、今の仕事の中心は外部講演である。大体、月平均で5回のペースで行っている。この仕事は、以下の2つの意味で自分にとって価値がある。一つは、絶対にキャンセル出来ないというプレッシャーである。主催者は会場を設定し、多くの聴講者を招待しているのに多少体調が悪いくらいで欠席できるわけがない。幸い、これまで一度もキャンセルをしたことはない。程度はまるで違うが、きっと芸能人の方々も、こうしたプレッシャーの中で暮らしておられるに違いない。しかし、このことは、逆に健康管理にはうってつけである。講演日にまで体調を万全にすべく毎日を大事に過ごすからだ。

もう一つは、人前で話すようになると、以前より沢山勉強するようになる。いつも同じ話はしていられないし、旬を外した話をしても興ざめだ。また新聞やTVで、よく聞くような話をしても、何の新鮮味もない。世界の経済は、どう動いているか? 世の中の議論は、どのような方向に向かっているか? いろいろなアンテナを張って情報収集する必要がある。そのためには、これまでに築いた社外の人脈が非常に役に立つ。

こうした方々との1対1での会話こそが、今は、大事な情報の収集源である。やはり、重要な話は活字や映像には出ない。特に、日本では「出せない」と言ったほうが正しい。正論を表に出すと四方八方から叩かれるからだ。政治も世論も、日本は全てポピュリズムで動いている。日本ではマスメディアが雁字搦めになっているからこそ、講演会というミニメディアに多くの方が聴きに来られるのかも知れない。私も、出来るだけ、そうした要望に応えられるよう、既存メディアが報道していることと重複しない話をするようにしている。

次の仕事は社内向けを中心とした人材教育である。実は、これが、一番楽しい仕事かも知れない。社内なので、かつ限られた人数なので本音が話せるからだ。しかし、若い人は説教じみた話は大嫌いだ。もちろん、話す方の私も説教話は最も嫌いである。幸いにして、海外勤務を経験し、何年か海外事業に携わったので、世界各地を数多く訪れている。こうした話が、若い人には一番受ける。そして、他人から聞いた話よりも、自分で実体験した話の方が受けが良い。そして、今から思えば、極めて幸いだったのだが、私は、入社以来、会社生活では全くと言ってよいほどエリートコースを歩んでいない。そうした回り道をした珍道中の人生の方が、聴いている方も面白いようだ。きっと「それなら自分でも出来る」と自信が沸いてくるのだろう。

会社の経営に直接携わらなくなった今、自分にとって一番大事な仕事は「教育」だと思っている。ここで「教育」というのは、教育者でもない私にとっては、少しおこがましいが、他に良い言葉が見つからないので、敢えて「教育」と言わせてもらう。社内の人材教育は、もちろんだが、お客様やパートナー様の「教育」に携われることが、高齢者の仲間入りをした自分にとって、まさに使命ではないかと思っている。幸い、この点について、富士通の山本社長からも、全く同じことを仰せつかっているので、私としても毎日迷いなく進めることが出来る。

さて高齢者の仲間入りをしたと言っても、体は至って元気である。そこで、「もうひと踏ん張りして働くか」という志は大変結構なのだが、世の中の変化は、私たちが生きてきた時代を遥かに超えて速度を増している。社会や会社の将来を決定づける重要な判断を、高齢者が過去の経験だけをベースに関与してはならない。そう、私たち高齢者は、もはや、その決定は、自分自身で責任を取る必要のある、次の世代に判断を任せなくてはならない。私たちは、むしろ、過去に失敗した経験を披露し、彼らの選択肢を狭めてあげる助言やアドバイスをするに留めるべきであろう。

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