2024年11月 のアーカイブ

487   アメリカ大統領選挙

2024年11月7日 木曜日

2024年11月6日、トランプ前大統領とハリス副大統領との間で争われた第47代アメリカ大統領を選ぶ選挙は、これまで伯仲といわれたが、トランプの圧倒的な勝利で幕を閉じた。アメリカ人だけではなく世界中の多くの人たちが、この結果に大きなショックを受けただろう。ヒラリー・クリントンに続き、カマラ・ハリスが挑戦した女性初のアメリカ大統領の出現はまたしても実現しなかった。一方、トランプは132年ぶりに再戦失敗の後の再選成功を実現した。トランプが勝利したのは、私としては、意外な結果だったが、今のアメリカの実情を考えてよくよく振り返ってみれば、やはりそうだったのかと納得する点も少なくない。

ハリスが圧倒的に勝利した州は、ハリスが上院議員に選出された地元でIT産業の集積地であるカルフォルニア州、マイクロソフトやアマゾンの本社があるワシントン州。そして、金融の集積地であるニューヨーク州、また租税回避地としてアメリカ大企業の多くの本社が集積するデラウエア州、また政治の中心であるワシントンと高額所得者が多い地域である。やはり、現状を変えて欲しくない人々が多い州が、結果的に民主党・ハリスを選んだ。それ以外の地域は、現状に苦しんでおり、何か変えてほしい思った人々がトランプを選んだと考えるべきだろう。一見、好景気にわいているようにも見える、今のアメリカは、それだけ多くの庶民が価格高騰や失業に苦しんでいる。

よく考えてみれば、現状を変えてほしいと考えている民意が、アメリカ以外の世界中で起きている。2年前にイタリアで右派政権交代が起きたことに続き、英国も労働党に政権移行が起きたし、フランスもマクロン政権が主導権を失い、ドイツでも右派の台頭が著しく、既存政権は連立でなんとか指導力を凌いでいる。先日の総選挙では、日本も長年過半数を保持してきた自公連立政権が過半数割れを起こしている。今や、世界中で既存政権が指導力を失っている。どこの国でも賃金は上がっているが、それ以上に食料品の価格が上昇していることが、各家庭のエンゲル係数を増やして、生活苦を感じる実感につながっている。

カマラ・ハリスが勝利した州は、IT産業や金融業が栄えている州であり、今のアメリカ経済を支えている産業が中心になっている。一方で、トランプが勝利した州は、製造業が中心で、「錆びた地帯・ラストベルト」と呼ばれる地域である。トランプは関税という手段を用いてアメリカの製造業の復活を図ろうとしているが、これは中国だけではなくて、欧州や日本を含めて大変危険な政策となるだろう。しかし、関税政策だけで、アメリカの製造業は本当に復活するのだろうか? かつて世界を制していたG M、フォードといったアメリカの自動車企業の復活を信じている人はもはや誰もいないだろう。世界の航空機産業の雄だったボーイング社、半導体の勇者だったインテルの苦境を見るとアメリカの製造業復活の兆しはもはや殆どないようにも見える。

こうした状況の中で、トランプはアメリカの製造業復活を導くリーダーとしてテスラやスペースXなど世界的な自動車産業、航空宇宙産業を起こしたイーロン・マスクを戦略策定スタッフとして選んだ。先日、このイーロン・マスクという奇人が成功した物語を読んだが、この人の後をついて行くのは並大抵ではない。彼の発想は、極めてシンプルで、あらゆることで複雑な仕掛けをなくしていく。つまり精密な部品を製造するための複雑な仕掛けを省いて、全てシンプルな方式で置き換えて、つまり殆どの組み立て作業をロボットでできる仕掛けにしてしまう。アメリカで成功する製造業には、長年修行が必要な緻密な製造技術に依存してはダメなのだとマスクは考えているのだろう。しかし、私には、これで成功できる製造業と、それではうまくできない製造業があるように思える。

もう一つ、アメリカ市民の多くが苦労しているのは、日本の庶民も嘆いている食料品の異常な高騰である。なぜ、世界中で、これだけ食料品が高騰しているのだろうか? 食料品の高騰は、石油価格のようにOPECのような怪しい組織が意図的に高騰させているわけではない。これは明らかに地球上のあらゆる地域で起きている温暖化に違いない。私も、食料品の買い出しに行くとよくわかるが、最近は野菜や果物の品質が良くない。農家の方々も、本来は出荷したくないものを泣く泣く商品として出しているに違いない。そんな中で、干上がってしまった南米ブラジルのアマゾン川の写真を見ると、温暖化による食料調達危機はもはや半端ないレベルに達していると考えてしまう。こうした危機に瀕している状況にあっても、トランプは、また「パリ協定から離脱する」と言い出し始めるのだろうか?

さらに、今回ハリスが苦戦した理由の一つとして女性であることがあげられる。トランプを熱狂的に支持するラストベルト地帯の男性たちは女性に大きなコンプレックスを抱いているからだ。ラストベルトで栄えていた巨大な製造プラントが次々と閉鎖される中で、彼らは職を失っていった。現在、ラストベルトで最も増えている職種は看護師、介護士、保育士であり、これらの職業は多くの場合は女性が就くことから「ピンクカラー」と呼ばれている。こうした家庭では、収入のない夫は家計の負担となるため妻から離婚を迫られ、妻は「ピンクカラー」の収入で子供達を養うシングルマザーとして暮らしていく。妻から離婚をさせられた夫たちは、多くの場合、アルコールや薬物に浸っていく。熱狂的なトランプの支持者は、こうした経験を持つ男性であることが多い。今回、ハリスと敵対した有権者が、かなりの割合の黒人男性であり、その人たちが熱狂的なトランプ支持者だったことの大きな理由になったであろう。

先ほど、ハリスを支持した、カルフォルニア州、ワシントン州、ニューヨーク州はIT業や金融業、あるいはコンサルタント業といった、いわゆるサービス業で栄えているが、この業種は多数の人材を必要とはしていない。少ない要員で巨額の利益を得ることから、かなり高額の収入を得ているが、この業界で長く生き残るための競争はかなり厳しい。2012年に起きたAIの進展から、毎年、AIに置き換わることで失業する人々が決して少なくない人数となっている。AIは、高学歴、高収入の職種の人々にとって大きな脅威なのだ。かつて、アメリカで豊かな生活を送ってきた中間層の人たちの大多数は製造業に従事していた。それが、今では多くの中間層はITや金融などのサービス業従事者である。その中間層の人たちの職業がAIに侵食されている。ハリスが選挙期間中に何度も言っていた中間層を増やすという政策は、実は、そう簡単ではない。

今回、ハリスが抱えていた課題は、実は誰が為政者になってもそう簡単に解決できる課題ではない。トランプが叫んでいた「Make America Great Again」というテーマも、実はそう簡単なテーマではない。トランプが大統領に就任した後に、多くの支持者が「Make America Great Again」は容易に実現できないと気づいた時に、トランプは、また新たな標的を探し出すのかも知れない。そうなると、アメリカは新たな内戦の様相を示してくる。内戦ならまだしも、アメリカの外に敵となる標的を定めた時には、もっと恐ろしい時代がやってくる。