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483   アメリカの最新事情

2024年7月5日 金曜日

今秋に行われるアメリカ大統領選挙、6月27日の公開討論会の後、バイデン大統領は大手メディアから撤退を促されている。今年77歳になる私が、殊更、年齢の問題を取り上げる資格もないが、私よりも更に高齢なトランプとバイデンの二人がアメリカの大統領選挙に出馬し、当選して、これから4年間世界で最も激務と言われているアメリカの大統領職に就くことを考えると、とてつもなく憂鬱になる。日本だけでなく、アメリカでさえも次の世代を担う政治家が、どこにも居ないのだろうか?と不思議に思う。それほどにも、誰もアメリカの大統領に就くことに対して大きな魅力を感じなくなってしまったというのだろうか?

一昨日、シリコンバレー在住の友人と久しぶりにランチを共にした。1998年にアメリカに赴任し、2000年に帰国し、2019年まで、毎年シリコンバレーを訪問して、その動向を見てきた私が、コロナ禍以降は行けなくなった。だからなのだろう、せっかく会えた久しぶりのランチで、大事な友人を次々と質問攻めにしてしまった。まず、最初に聞いたのは、サンフランシスコのダウンタウン事情である。今から四半世紀前には、私が住んでいたクパチーノからサンフランシスコ市は車で1時間ほど離れていたが、飛ぶ鳥の勢いにも負けないシリコンバレーの中心地であるサンノゼ地区から見たら、心休まる古き良き街だった。日本で留守を守っていた家族とサンフランシスコの街を巡り良き時間を過ごすことも出来た。

サンフランシスコは、真夏でさえも20度近くと涼しく、真冬でも15度近くで暖かいので真夏と真冬で殆ど同じ服装でも大丈夫な暮らしやすく大変素敵な街だった。そうしたサンフランシスコが大きく変わったのが、2005年ごろから、AirbnbやUberなど新たなシェアリングビジネスが勃興した時からだった。いつの間にか、サンフランシスコがシリコンバレーで最も新しいビジネス街として若い人たちが集まり活況を呈してきた。そして、Salesforceがサンフランシスコの中心部に高さ326m、地上 61階の本社ビルを建ててから、シリコンバレーの新たなイノベーションはサンフランシスコから始まると言われるほど若くてやる気のある人々がどんどん集まってきた。

特に最近、サンフランシスコで一番注目を浴びている企業は、ChatGPTで大きな注目を浴びているOpen AI社である。Open AI社は、サンフランシスコ市の南部にUber社のビル2棟を借り受け、従来比3.5倍の広さ(4.5万平米)に拡張している。こうした勢いのある新興企業で働く人々の給与は高く、その結果、サンフランシスコ市内の家賃は高騰し、これまでの住民が高い家賃を払えず退去を余儀なくされている。それだけではなく、現在、サンフランシスコ市内には多くのホームレスが集まっている。一説には、移民の大量流入に困った南部の州がサンフランシスコ行きの片道飛行機チケットを渡して追い出しているのだという。確かに真夏も真冬でも戸外で暑さ寒さに困らないで暮らせる気候もホームレスの増加に関係しているのかも知れない。

そして、サンフランシスコ市の窮状はそれだけではない。2014年に制定された州法で、$950以下の窃盗、万引きの初犯以外は無罪放免となることが定められた。つまり、貧困のために少額の品物を窃盗あるいは万引きしたりしても罪に問わないという法律を逆手にとって、白昼堂々と店から品物を盗んで行く連中が後を立たない。一方、店側の店員も、こうした犯罪を目撃しても暴力を振るわれるのを恐れて見て見ぬふりをする。こうした事が毎日多発すると店を運営する事自体が困難となり、サンフランシスコのダウンタウンから多くの店が閉店し、撤退していった。この結果、サンフランシスコ市のダウンタウンは日中、ホームレスばかりのゴーストタウンとなった。

このゴーストタウン化は、コロナ禍でリモートワークとなり街中から通勤する人々の往来が一時消えたことも一つの原因となった。そして、Open AIのような新興企業は、今や、リモートワークを一切認めなく毎日出勤する義務を課しているわけだが、従業員は通勤している車を駐車場で車上荒らしに遭い大変な被害を被っている。そうした状況の中で、サンフランシスコで一家を構えて子育てをしていた、私の友人の娘さんたちは、最近、ご主人も含めて一家でヒューストンに引っ越していった。二人のお嬢さんのうち一人は建築家で、もう一人はバイオ研究者である。友人が住んでいるサンノゼも、まだサンフランシスコ市ほど治安が悪くなってはいないが、少しずつ犯罪が増えつつあるという。それを危惧した友人は、将来、娘さんたちと一緒に暮らすことを考えて最近ヒューストンに家を購入した。

Open AIのようにリモート勤務を認めない企業はアメリカでは少数派ではあるが決して少なくはない。しかし、これまでサンフランシスコで働いていた多くの研究開発者はテキサス州のオースチンやヒューストンへ移住している。その理由としては、最近の治安の悪さもあるが、もっと大きな理由は住宅取得費用の高騰にある。日本と同じく、アメリカでも多くの労働者は住宅ローンを借りて住居を購入する。この金利が大幅に高くなったことも、地価の高いカルフォルニア州からテキサス州へ移動する大きな理由となっているのだろう。IT関連企業や半導体関連企業を目指す人々はオースティンへ、宇宙産業やバイオテクノロジーを目指す人々はヒューストンへ移住している傾向にある。

日米金利差の影響か?円安は一向に止まらない。シリコンバレーに住む友人は、「最近、シリコンバレーの賃金水準を聞くと、日本の賃金は安すぎるのではないか?」と言う。実際、サンフランシスコ市と近隣のサンマテオ郡において4人家族の年間所得が11万7400ドル以下だと「低所得に属す」と言われて、年間所得が7万3300ドル(1ドル160円では、1,173万円)以下だと「非常に低い所得層」に分類され公的支援対象になると言う。一方で、3億2600万人の人口を有するアメリカ全体では4,000万人の人々が年収2万5100ドル以下の貧困層だと言うことと比較すると、アメリカの所得格差、特にサンフランシスコ市の所得が米国の中でも突出して高い事がわかる。だからアメリカ南部の知事たちが浮浪者にサンフランシスコ行きの飛行機の片道切符を渡すのだろう。

こんなに高い賃金を支払うシリコンバレーで、Open AIやNVIDIAはどんどん新規雇用を増やしている。富士通でプロセッサ開発を行なっていたエンジニア達も最近、何人かNVIDIAに入社したらしい。彼らは、時価総額で世界一を目指すNVIDIAの給与は驚くほど高いが、勤務内容も給与に応じて厳しく「長く勤めるには大変だ」と言っているらしい。まさに、世界中から腕に自信のある天才や秀才と呼ばれているエンジニア達が夢を追いかけてサンフランシスコに集まってくる。彼らには、サンフランシスコ市が「少々、治安が悪い」くらいのことは殆ど気にならないのかも知れない。彼らは、まさに銃を持って戦地で戦っているような昂った気持ちなのだろう。

それでも、アメリカ全体の景気は良くなっているというが、本当にそうなのだろうか?日本でいうプライム市場に相当するアメリカのS&P500株式市場では、全体の10%の会社が市場全体の70%の時価総額を占有しているらしい。つまり、「マグニフィセント7」と呼ばれるApple, Amazon, Alphabet, Meta, Tesla, Microsoft, NVIDIAという7社の株は大きく上昇しているが、この7社を除くS&P500の中で493社の株は、殆ど上がっていない。「やはり、そうだろうな」と思うのだが、問題は、この7社の従業員数がアメリカ全体の労働者数に比べて著しく少ない。アメリカの中でも極めて高い給与が、ほんの少数の従業員で占められている。こうしたアメリカの所得格差が、アメリカ国民の政治参加に対する意欲を失わせているのかも知れない。

今日、英国の総選挙で14年ぶりに保守党が大敗して労働党政権に変わった。逆に、今まさに、フランスでは極右勢力が政権を奪取しようとしている。日本も含めて世界は大きく変わりつつある。こうした政治情勢の中で、世界の経済はどう変わっていくのか?そして、AI(人工知能)は、各国の企業活動にどのように関わっていくのか?いろいろ考えてみたい。