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473    これから先はどうなるのか?中国とアメリカ

2023年9月15日 金曜日

今、中国の書店で川端康成の翻訳本が売れまくっているらしい。売れている最大の理由は没後50年が経って著作権が消滅したので、多数の出版社が翻訳版を発行したためだ。書籍の著作権は、日本もかつて死後50年間だったが、欧米と整合性をとるため現在は死後70年間に変更している。中国は、かつての日本と同じく今も50年間を継続しているのだが、今年1月1日に著作権がフリーになることが分かっていたので、昨年から多くの出版社で準備を進めたいたらしい。各社とも、表紙のデザインに凝っており、どれも美しい本に仕上げられている。

川端康成の著作は、日本が戦争に突き進む前に書かれており、長閑でたおやかな物語として中国の若者の心を癒すのだろうか。16歳から24歳までの若者の失業率が50%近くまで上昇している時代に、大きな不安を持つ中国の若者が川端康成の著作に憧れるのも理解できる。毛沢東の時代に、なかなか経済発展がうまくいかなかった中国が、鄧小平の改革開放政策で一気に世界の超大国になった。習近平は、この超大国を毛沢東時代に戻そうとしているようにも見える。汚職撲滅や格差是正といった習近平の政策は、行き過ぎた中国の発展の方向を見直そうとしているが、一方で「中国の日本化」が進展している中で苦しんでいる。

国土全体が国有地で、地方財政は、その土地の切り売りで賄われていた時代が、いよいよ中国全土を覆う不動産不況で破綻しつつある。GDPの3割を占めていた不動産業がうまく行かなくなることで生じる不動産バブルの崩壊も、かつての日本で見られた現象である。そしてさらに深刻なのは、中国の製造業のコスト競争力が薄れていることにある。かつて、アメリカの輸入額の第一位を占めていた中国は、今や、カナダ、メキシコに次いで第三位まで落ちている。これは単に米中デカップリングだけでは説明が難しい。中国の経済力の発展とともに労働者全体の給与水準が高騰したのと、高学歴を目指した若者の比率が増加するとともに低賃金の工場労働者が足りなくなることで製造業の競争力が落ちている。

さらに気になるのが、習近平が推し進めるのが、国有企業に手厚い保護をする一方で覇権を握った民間企業には冷遇して押さえ込む「国進民退」政策だ。かつてアメリカのGAFAと並び立っていた中国のBAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)のどこも今は元気がない。アリババの創業者であるジャック・マー氏も長らく日本に滞在した後に、最近、また中国に戻ったようだ。中国でデジタル起業を目指した多くの若者たちは、皆、将来はアリババやテンセントのような大企業になろうと目指していただろうに。最後は国に押し潰されてしまうのか?という危惧さえ出てきている。今の中国の若者たちは、もはや、ジャック・マーのようになりたいという将来の夢を簡単に見ることが出来なくなっている。

今の中国の危機は、一体、どこから来ているのだろうか? 中国に毛沢東ですら出来なかった奇跡的な大成長をもたらしたのは鄧小平だが、彼は若いころに欧州へ留学して、西欧文化を吸収して成長した。私は、鄧小平の、この留学経験が果たした役割は非常に大きいと思っている。日本でも革命的な明治維新を成し遂げた伊藤博文、井上馨など長州5傑は、鎖国の江戸時代に藩主の命を受けてロンドンへの留学を果たしている。一方で、習近平は毛沢東が起こした文化大革命という大乱世の中で辺鄙な地方で大変な苦労をした青春時代を経験している。

話は全く変わるが、生成AIは、今後、世界中で仕事のやり方を根本的に変えるだろう。労働力不足の日本にとって生成AIは、少なくとも経営者にとっては「救世主」となるだろう。何しろ、これまで2時間かかっていた作業が10分ほどで出来てしまうのだから、使い方によっては大幅な労働力が省けることになる。ところが、日本と同じく生産年齢人口が今後減少する中国こそ、この生成AIが是非とも必要となるはずなのに、私は中国が生成AIに多くを期待できない姿を想像してしまう。その理由は、生成AIの実力は仕掛けとして動くソフトウエアよりも学習するデータに大きく依存するからだ。

Open AI社がChatGPTを開発した経緯を見てみると、その仕掛けはGoogleのトランスフォーマーなど他社が開発した仕掛けを多く利用していて、Open AI社が一番苦労したのは学習データの仕込みにあると言える。何を学習させて、何を学習させないのか。彼らは本当に苦労して、実力あるGPT-4になるまで時間をかけて蓄積されたデータに磨きをかけている。さらに、こうした学習データは基本的には膨大な量があればあるほど良いとされている。しかし、中国では、こうした大量データの学習を民間の企業が自由には出来ない。何が良いデータで、何が不味いデータかを政府のお伺いを立てないと「生成AI」が中国政府にとってとんでもない結果を生み出すからだ。こうした環境の中で、今後、中国で開発される「生成AI」はイノベーションを起こす役割を果たせない恐れが高い。

そうした状況の中で、アメリカは対中国で絶対優位を取り戻すのだろうか?と言えば、アメリカも実は少しずつおかしくなっている。今、世界中で生成AIの影響が一番大きく出ているのがアメリカだろう。今のアメリカを見ていると「生成AI」の影響がどうなるかが見えてくる。コロナ禍をなんとかやり過ごしたアメリカでは、GAFAと呼ばれる巨大デジタル企業だけでなく、アクセンチュアなどの大手コンサル企業も従業員を大幅に減らしている。さらに、これらの企業は、これまで巨額の投資でテクノロジーで勃興する新興企業を多数買収してきたが、こうした投資も今は大幅に縮小している。アメリカで起業する人たちのゴールは日本のように上場(IPO)することではなくてBig Techからの買収話を受けることなのだ。それなのに、今や Big TechのM&Aは大幅に減っている。

一体、アメリカでは何が起きているのだろうか?もちろん、FRBの利上げによる金融引き締めも、それなりの影響は与えているはずだが、どうもそれだけではなさそうだ。一つは、コロナ禍の影響でリモートワークが進展し、多くの労働者が会社へ出社をしないで自宅で働くことに慣れてしまったことがある。企業が出社を強制すれば退職をしてしまう労働者が増えている。こうしたリモートワーク現象は、不動産価格が高騰したサンフランシスコのような街では企業からも労働者からも歓迎されたが、オフィス空室率が極めて高くなっていることでダウンタウンへ出かける人が少なくなり、ひっそりした街になってしまった現在は本当に良かったのかと疑問が出ている。

それでも、こうして衰退を見せ始めていたサンフランシスコに再び人が集まり始めている。その人たちが「生成AI」の開発を目指す起業家たちだ。ChatGPTで世界中に名を馳せたOpen AIの発祥の地としてサンフランシスコが「生成AI」の聖地となった。この新たな「生成AI」は、これまでの顔認証や自動運転といった「パターン認識系のAI」とは少し様相が異なると思った方が良い。大手コンサルやGAFAなどのBig Techが開発人員を減少しているのも「生成AI」が、これまでとは異なる技術開発を必要としているからに他ならない。さらに、より人間に近づいた「生成AI」を開発したアメリカの開発者の多くが、実はアメリカ生まれではない。また、アメリカ生まれだとしても、これまでWASP(白人、アングロサクソン、プロテスタント)と呼ばれたアメリカのエリート人種たちではない。

さらに、最近大手コンサルやGAFAのようなBig Techが求めているデジタル人材の採用基準から「大学卒」の資格が消えた。もう、すでにGAFAの中では、多くの優秀なデジタル人材が大学進学をしていないか、中途退学者となっているからだ。このことは、これまでの大学教育で教えている内容が、新たなデジタル時代に整合していないことを示している。アメリカの一流大学は殆どが私立で授業料は滅茶苦茶高いが、その一流大学を卒業してから10年後の年収が、少なくとも半数以上の人たちが年間授業料を超えることが出来ないという現実がある。だから、学生ローンを返済できなくて自己破産を申請する人の数が数百万人以上にも及んでいる。かつて「貧しくても一生懸命勉強すれば富裕層の仲間に入れる」というアメリカンドリームが、今や消滅しつつある。

一方で、全人口の1%にも満たない富裕層が全米の金融資産の半分近くを保有し、相続税がほとんどかからないアメリカで、こうした資産格差の問題は未来永劫にわたって存続する。「生成AI」は、こうした問題を解消するのか?、果たして、さらに深刻化するのか?、アメリカの課題も中国に負けないほど大きいのかも知れない。下手をすると、近い将来のアメリカで再び内戦が起きるのではないかという危惧が高まっている。