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470    ChatGPTが見せる新たな世界

2023年6月5日 月曜日

毎日、どのメディアもChatGPT(生成AI)の話題で湧きかえっている。これまでのAIは人間と同じように画像や音声を認識し、人間以上に見事に囲碁や将棋といったゲームを行うものではあったが、誰も自身の存在を脅かす存在には思えてこなかった。実際には、それらを実現する人工知能の能力は想像を絶するほど凄いものがあるのだが、多くの人たちは「ずいぶん便利なものが出来てきたな」と言う程度の感覚だったろう。しかし、今回登場したChatGPTは登場してから、たった2ヶ月で世界の2億人の人々が使ってみることになった。今や、私も、ほぼ毎日のようにChatGPTを使っている。

そのChatGPTについて、「凄い」と言って高く評価する人が居ると思えば、「全然ダメ」と全く評価しない人も居て、一体、どちらが正しいのかと思われるかもしれないが、私は、その両方とも正しいと思う。質問を背景から説明し、きちんと条件を添えて問えば、かなり正確な答えが返ってくる。しかも、その答えは箇条書きにして丁寧に纏められている。先日も、「地域医療に関してAIは、どのように役に立つか?」と言う命題に関して、いくつかの質問をすると、次々と回答を示してくれた。これらの回答が本当に正しいのかとGoogle検索で調べてみると、どれも日本の各地で行われている施策で、多くの成果を上げていることも良くわかった。ChatGPTとは本当に見事なものである。今や、私の大事なアシスタントになってくれている。

しかし、ChatGPTはごく簡単な質問でも間違えることが頻繁に起きる。例えば、私は来週大阪へ行って地下鉄に乗らなくてはならないので、「大阪の地下鉄でPASMOは使えるのか?」とChatGPTに聞いてみたら「SUICAは利用できますが、PASMOは使えません」と答えてきた。本当かなと思い、Googleで調べて、さらに友人にも聞いてみたが大阪地下鉄ではPASMOも使えるらしい。この結果だけで、ChatGPTを非難するのは可哀想なので、私は「本当?」と聞いてみると「いや、最近の事情はよくわからないので、ひょっとすると、現在はPASMOも使えるかも知れません」と返答してきた。なんと可愛らしいのだろうと思い、私はChatGPTの間違いを許すことにした。こうして、学んでいくことでChatGPTはさらに回答精度を向上させていくのかも知れない。

さて、「AIの能力は凄いところまで来ている」と言うことについて、「AI囲碁」や「AI将棋」の能力は最強のプロでも勝てない領域まで到達していることや、音声認識や顔認証の能力も人間を凌ぐ精度まで実現していることは知っている人達までもが、今回のChatGPTには大きな関心と脅威を抱いている。2012年、トロント大学のヒントン教授がディープラーニング手法を開発して以来、AIはもの凄いスピードで発展を遂げている。しかし、この間のAIの急速の進歩も多くの人々には大きな衝撃を与えなかったと言うことなのだろうか? アメリカのジャーナリストは数年前からインタビューの録音をAIの力によって文字起こしをしてきた。これまで数時間かかっていたこの文字起こしの仕事を、ほんの数十秒で仕上げてくれるAIの力がなければ、もはや仕事ができなくなっていると言う。

ChatGPTの出現は、こうした実生活と密接に結びついてくるAIの存在を、これまでAIを身近に意識していなかった人々に想起させたのかも知れない。生身の人間と会話するような問いに対して適切な答えを返してくれるChatGPTは非常に便利なツールであると同時に多くの知識をベースに働く人々にとっては脅威でもある。このChatGPTに対する質問(プロンプト)によって答えの精度や品質が大きく異なることから、今やアメリカではプロンプトエンジニアと言う新たな職業が生まれてとんでもない高給で採用されている。ChatGPTは各種の知識が豊富な人にとってはさらに高い効率を産むツールとなっている。

そしてChatGPTは、いつも正解とする回答を与えるとは限らないので、その出力結果を検証できる高い知識や能力も必要とされる。つまり、さほど能力が高くない人が高いレベルの仕事ができるためのツールにはなってくれないのだ。このため、こうしたツールがオフィスで多く使われるようになると少数の質の高い人々だけで膨大な仕事を処理できるようになる。一般的には、ChatGPTはコンサルタントや弁護士や医師、教師の仕事を奪うと言われているが、むしろ高度なレベルのコンサルタントや弁護士、医師、教師が、このツールを使いこなすことにより彼らの数十倍の同じ業種の人員が要らなくなる可能性がある。

例えば医師が充足していない過疎地で、ChatGPTは患者と会話することによって医師の代わりに初期診断をしてくれるだろう。もちろん、ChatGPTを全面的に信用することは出来ないが、患者の病気が軽度なのか重篤なのかの判別や、どのような専門医にかかるべきかについて有効な助言をしてくれる可能性は非常に高い。特に病気の原因の多くが老化によって生じる高齢者医療の分野では定期的なリモート診療にはChatGPTは十分に使えるだろう。雇用を脅かす存在となる可能性が高いChatGPTのような生成AIは、逆に人材資源が逼迫している分野では大きな役割を果たすことができる。

もう一つ期待できる分野として教育分野がある。質の高い教育とは、生徒を一か所に集めて一人の先生が一緒に講義をすることではない。一人一人に対して能力に応じた個別の教育をする方が、遥かに効率が良い。今後、若い人達が夫婦で過疎地に入って新たな仕事に従事することを考えた時に一番不安になるのが子供の教育だろう。かつて賑やかだった小中学校は廃校となり遠方まで通わなければならない状況は日本全国で起きている。高校になると、通学もできないので寮に入らないとダメだと言う地域も従来以上に増えてきている。こうした過疎地の教育に生成AIを使った個別教育を行えば生徒は都会以上に充実した授業を受けられる可能性がある。アメリカでは、すでに今から30年以上も前にホームスクーリングが正式な教育制度として認められていて、オンライン教材も充実している。

そうは言っても、これまで一般的な高等教育を受けてきたオフィスワーカーにとってChatGPTのような生成AIは強烈な競争相手となる。優秀な社員がChatGPTを使いこなすようになって、これまで指示に基づいて事務作業をしてきた多くの普通の社員が不要になる。囲碁や将棋の世界で証明されたように、もはや誰もがAIとまともに戦っても勝つことは不可能だ。だからこそ、「どのようにAIを使いこなすのか?」と言う知識とスキルを身につけなければならない。これまで、仕事を得るためになされてきた高等教育の科目が大きく異なることは目に見えている。今や、多くのアメリカのテクノロジー企業では、既存の大学卒という資格が採用の基準から既に取り除かれている。これまで大学で教えている科目が実社会ではもはや役に立たないからだ。

今回、ChatGPTを開発したオープンAIのCEOであるアルトマン氏もスタンフォード大学のコンピュータ学科を中退してシリコンバレーで最も有名なベンチャーキャピタルであるYコンビネーターの代表を務めていた。2019年に彼はイーロンマスクと共にAIのオープンソースを世界に発信するNPOとしてOpenAIを設立した。私は、2019年にサンフランシスコのスタートアップの会議で、このアルトマン氏の講演を聞いた。会場から「そんな高邁な理想を言って、一体、どうやって会社を運営していくのだ?」との質問に対して、彼は「先日、マイクロソフトから10億ドルの資金を受けた。これを全て使い果たすまで研究を続けていく」と答えた。その後、アルトマン氏はイーロン・マスクと袂を分かち、2022年にはマイクロソフトから、さらに100億ドルの追加資金を得てOpenAIを事業会社に変身させた。

これまで、AIについてはヒントン教授を抱えたGoogleが世界をリードすると思われていたが、このアルトマン氏の出現でマイクロソフトがAIの世界をリードするのではないかと言われている。このAIの世界は、会社にとっても個人にとっても一寸先は闇である。ただ、ひたすら情熱を持って新しい技術を学び続けたものだけが生き残る世界を出現させる。ChatGPTは、そういう新たな世界をリードしていく最初のAIツールなのかも知れない。