昨年2021年の秋に、私は「2022年再起動する社会」と言う題の本を上梓した。2年近く続いたコロナ禍も2022年になれば落ち着いて社会は再起動を迎えられるが、その新たな社会とはコロナ禍以前の社会とは全く異なる様相を呈しているので、私たちは、その点に関して何を備えなくてはならないか?と言うことを中心に書いたつもりである。しかし、その2022年が暮れようとしている今、コロナ禍は決して落ち着いたとは言えず、また世界中で感染者が増えている。しかし、少なくともワクチン接種者は、一時のように重症者とはならずに軽症で済む人が増えている。しかし、このコロナ禍はたとえ軽症で済んでもブレインフォグなど深刻な後遺症もあると言われており、まだ安心できる状態ではない。
今、この2022年の終わりを迎えて、翌年の2023年は、一体、どういう年になるのかを考えている。私は、いつも日本がどうなるかについて論ずる時に、アメリカが一足先にどうなっているのかを見てみるのが正しい結論を持ち引き出すのに役立つと考えている。さて、そのアメリカでは現在何が起きていえるのかを見てみよう。私は、以下の3点に注目している。一つはデジタル化の更なる進展である。AIやIoTなど先進技術が、科学技術や研究分野だけにとどまらず、ごく一般的な仕事や手続きにまで大きな役割を持ってきた。このことが、現代のオフィスワーカーが携わってきた仕事の内容に大きな変化をもたらすだろうと言うことだ。
二番目は、おそらくAIやIoTなどの先進デジタル技術の影響も大きいと思われるが、一般的な雇用の状況が大きな変化を与えている。今、アメリカでは、いろいろな分野で人手不足が深刻で最低賃金が大きく上がっている。一方で、雇用統計を見ると失業者(正確に言えば未就業者)が増えている。特に、このコロナ禍で解雇された中高年層の多くが、そのままリタイアしてしまったのだ。コロナ禍で一時的に援護金を手にして困っていないからだとも言われているが、私は、本当にそうなのかと疑問を抱いている。特に、コロナ禍で多くのオフィスワーカーがリモート勤務でオフィスから自宅に移ったが、コロナ禍が落ち着いた現在でも殆どオフィスに戻ってきていない。リモート勤務が定常化したのだろうか?そうなのかも知れないが、一部の労働者は、リモート勤務のまま仕事がなくなってしまったのではないかとも考えられる。
三番目は分断されたグローバル経済である。コロナ禍以前は、中国を中心として世界中が、グローバルサプライチェーンに組み込まれていたのが、今回のロシアのウクライナ侵攻で大きく分断されてしまった。これは、石油や天然ガスなどのエネルギー問題だけでなく、先端半導体部品やネットワーク関連製品など多くの分野も含めて、今後は食糧の分野まで拡大していく可能性がある。こうしたサプライチェーンの分断で困るのは制裁を受けた国々だけでなく、制裁を課した国々にまで大きな惨禍を被ることになる。日本もそうした国際情勢を鑑みて軍備拡大に政策転換を起こしたが、これまでグローバルサプライチェーンで恩恵を受けてきた日本の将来にとって大きな課題を残すことになるだろう。2023年に突きつけられる課題は日本にとっても大きな問題となる。
こうした3つの課題の中で、一番目と二番目の問題は極めて密接にリンクしている。つまり、AIがいよいよ私たちが平生行ってきた仕事において怖い競争相手になってきたと言うことである。これまでAIやIoTを駆使したロボットやオートメーションといったデジタル技術を活用した製造業分野ではブルーカラーの雇用が脅威を受けてきた。しかし、今後はAIがオフィスで働くホワイトカラーの人々の仕事に驚異を及ぼしていく。特に、このホワイトカラーの中で、AIの影響を受けるのは、高等教育を受けた高度専門職の人たちと、ごく一般的な定常業務をしている一般的なオフィスワーカーの人々だ。
まず、AI は、弁護士や医師、会計士など現在高い報酬を受けている専門人材が行っている仕事の大半を高い効率でこなし、しかも人間よりミスを犯す確率が小さいので、今後とも高度専門人材にとっては、極めて脅威な存在となる。しかし、AIはこうした専門人材の業務に対して10倍から100倍の量の仕事をこなすことができる反面、こうした高度人材が行っている全ての仕事をこなせるわけではない。しかし、AIを駆使できる弁護士や会計士が、従来の20倍とか100倍の効率で仕事を引き受けたら、人手だけで仕事をしている他の事務所は従来のペースで仕事を継続することができなくなるだろう。つまり、こういう高度専門人材はAIも自由に使いこなす能力が必要とされる時代となる。
一方で、定常業務をしてきた一般のオフィスワーカーにとってAIの脅威は極めて深刻である。これまで多くのオフィスワーカーは、従来培った知識と予め決められたルールに従って仕事をしてきた。こうした仕事こそAIにとって最も得意な仕事である。RPAと言われる透明ロボットがオフィスワーカーが働く50%近くの仕事をこなすと言われている。RPAは単なる業務の手順書をパソコンの中に記憶することで実現し、それは決してAI(人工知能)の領域までは全く及ばない効率化ツールである。ソフトバンクの孫さんはRPAとAIを融合させれば現在パソコンを使って行われている定常業務は殆ど人間が要らなくなるかも知れないと仰っている。
しかしながら、すでに進んでいるアメリカでさえも、各企業において、こうしたデジタル化は決して順調に進行しているわけではない。それは、こうした変革を行うデジタル人材が全く足りないからだ。もともと、デジタル人材が不足気味の日本では一層厳しい状況にあり、一般的に見て企業のデジタル化(DX)は70%近くがうまくいっていないと言われている。そう言う意味で、今や、世界中でデジタル人材が不足していて各企業とも従来の賃金体型では考えられないほどの優遇措置をとってキャリア採用を進めている。これまでに日本の労働環境では転職市場が活況を呈していなかったが、少なくとも「デジタル人材」については、極めて活況となってきた。
12月22日の日経新聞記事では「20代転職者の賃金上昇が初めて起きた」と記載している。これまで、30代、40代の転職者年収は上昇するのが一般的だったが20代の転職者は下落するのが普通だった。それが、今回20代の転職者も年収の上昇が見られたと言うことは、どう言うことだろうか? つまり、これまでの20代の転職者は現在の職場に不満を持っていて、とにかく条件は無視しても、新しい職場に移りたいと言うことだったのであろう。
それが「デジタル技術者」と言う視点で見ると入社して数年で既に立派な経験とスキルを持つことができた若者が、自らをもっと優位に処遇してくれる職場を求めて転職を試みていると考えられる。つまり、「デジタル時代で仕事が出来る人たち」とは職場の経験年数や年齢に関係なく存在していることになる。
こうしたデジタル化時代が、極端な人手不足でありながら、一方で望む職を得られない人々が多く存在すると言う二極化現象を起こしている。企業(求人)側と労働者(求職)側の双方ギャップを解消するためには、各企業が、今の労働者に対してデジタル技術の習得を目指すスキル教育を積極的に行う必要がある。欧米の先進国では、各企業とも、こうしたデジタル分野の再教育(リスキリング)を活発に行っている。元来、欧米企業では離職率が高く、社内教育することのメリットを感じてこなかった。それでも、リスキリングを行っている企業のCEOは、リスキリングは会社への忠誠心、ロイヤリティを高めてエンゲージメント(やる気)を高揚するのに大きな効果があると言っている。
日本企業の経営者もようやくリスキリングに対して関心を高めつつあるが、日本の大きな問題は実は労働側にもある。これまで終身雇用制度で簡単には解職される危機を感じてこなかった労働者は、定常的に勉強して新しいスキルを学ぶという姿勢に乏しい。確かにデジタル技術を勉強しないからと言ってすぐに解雇されることはないだろう。しかし、このような旧来の人事制度を続ける会社は存続することすら難しくなる。つまり、経営側と雇用者側がお互いに、これまでのデジタル化時代へ向けての課題を真剣に見つめ合って努力を重ねていかないと、これまでのように日本が世界で優位に立っていくことが極めて難しいと言えるだろう。まず、2023年の日本の課題の一つは、労使共にデジタル時代に向けてお互いに何をしなければならないかを真剣に考えることだ。