2年半ぶりにシリコンバレーから来日した永年の友人である松本さんと二子玉川でランチをした。彼には、1998年に私がシリコンバレーに駐在する時から、もはや四半世紀もお世話になっている。もう、20年以上も毎年訪れていたシリコンバレーも、このコロナ禍が始まって以来ついに途絶えてしまった。日本では第七波が到来して、まだ終息の道も見えないが、このコロナ禍は世界経済を大きく変えてしまった。さて、シリコンバレーは、どのように変わったのだろうか? 久しぶりに対面で詳しい話を聞いてみた。
まず、日本でもコロナ禍を凌ぐために盛んに導入されている在宅勤務もシリコンバレーでも多くの企業で導入され、今でもリアル出勤と在宅を混合したハイブリッド勤務体制となっているが、各企業によって少しずつニュアンスが違うようでもある。一番厳しいのはAppleでクックCEOは、週1日から週3日と徐々に出勤日を増やしていく中で、これまでAppleのAIをリードしてきたキーマンが反発してGoogleに転社した。もちろん、Googleでも在宅から徐々にリアル出勤へ移行する体制を進めているのだが、周何日と強制していないのがAppleとは違うのだと言う。巨大IT企業と言えども、デジタル人材が持つ微妙な機微をもっと理解する必要があるようだ。
それでも、シリコンバレーの各社とも基本的には在宅勤務の割合はこれまで以上に増加した結果、例えばサンフランシスコでは、都心の高層アパートから、もっとスペースにゆとりがある郊外の戸建てに引っ越す人が増えている。しかし、それでも都心のアパートとの賃料は以前より高騰しており人々の生活は決して楽ではないという。そのせいか、多くのエンジニア達が、シリコンバレーからテキサス州のオースチンやヒューストンなどへ、もっと住宅価格が安いところへ転居し始めている。その結果、むしろ住宅価格の高騰が全米各地へと広がっている。
松本さんは、こうした勤務体系の変化だけでなく、このコロナ禍と時を合わせて、これまでシリコンバレーが培ってきた新ビジネスを醸成する特異なエコシステムが少しずつ崩壊しつつあると指摘する。つまり、これまでは、アメリカという国家機関が大学に研究開発の助成金を出して、それで育った若い研究者達が大学を卒業すると自分のアイデアを実現するために起業を目指す。こうした若いスタートアップにベンチャーキャピタルが資金を提供して大きく育て上げる。これまでは、こうした若い企業は、市場に上場するか、巨大IT企業であるGAFAのようなBigTechが巨額の資金で買収を続けてきた。
しかし、最近では、GAFAはあまりにも大きくなりすぎて、もはや若いスタートアップを買収する必要もなく、良いアイデアが見つかれば、それを自らの力で後追いして凌駕してしまうのだという。Z世代と呼ばれる若い人たちが、もはや離れているFacebookを除いて、Amazon, Google, Appleの3社は私たちの生活上、もはや必要不可欠の存在となっている。彼らは、中国やロシアなどを除くほぼ全世界を席巻し、人材面でも若いスタートアップに頼る必要もないほど豊富なスタッフを抱えており、やろうと思えば何でも自身でできる。加えて、トランプ政権の政策とコロナ対策で途上国からアメリカに移住できる上級IT人材ビザ(H1Bビザ)の発給が殆ど無くなったことからシリコンバレーへの新たな人材の流入も止まっていることも、この3社のBigTechがスタートアップへの無関心化と関係しているかもしれない。
それでは、何をターゲットにすれば、若いスタートアップに新たなチャンスが訪れるのだろうか? つまり、GAFAは既に全世界のあらゆる個人情報を入手済みであり、従来の世界では、もはや何をしてもGAFAには勝てないということなのだ。このため、今、シリコンバレーでは、GAFAがこれまで構築してきた世界とは全く異なる世界で戦うしかないと考えるようになった。そして、それがブロックチェーン技術をいろいろな分野で使うWeb3.0の世界だというわけだ。さて、このWeb3.0の今後の展開はどうなるのだろうか?
現在、GAFAやMicrosoftが行っている殆どのビジネスは、巨大なサーバー群をセンターに置いた中央管理システムで成り立っている。一方、Web3.0のアプリケーションは個々の端末が対等に交信する自律分散制御システムをとる。Web3.0における最も有名なアプリケーションには仮想通貨があり、その次には最近大きな注目を浴びているNFT関連ビジネスがある。しかし、ビル・ゲーツなど巨大BigTechのトップは「自分が買った価格より高く売れることだけを期待しているビジネスは持続的ではない」と批判している。現在、殆どの仮想通貨が、ロシアのウクライナ侵攻後に大暴落している状況を見ると「やはり、そうかな」とも思ってしまう。
それでも、かつて世界で初めてWebブラウザを開発したアンドリューセンが主宰する世界最大級のベンチャー・キャピタルファンドであるアンドリューセン・ホロヴィッツは、このWeb3.0の分野に対して、既に総額6,000億円のNFTファンドを設立すると表明している。確かに、今後、多くのオンラインゲームがNFTに裏打ちされたアイテムを仮想通貨に換金できるような仕組みで「ゲームで儲かります」とのキャッチフレーズで人気を博していくだろう。さらに、こうしたゲーム環境が三次元のメタバースへと進化することによりNFTによって決済するECショッピングモールへと発展していくかも知れない。いや、既に、このコロナ禍で世界中の多くの観光地において客が来ない合間を使って、将来メタバースによって観光事業を発展させようと企画しているスタートアップが誤差数センチの立体地図を作成しつつあるともいう。
このWeb3.0をベースとしたNFTビジネスは、既存の金融業界にも新たな潮流を築こうとしている。つまり、株券の代わりにNFTで投資を促進しようというのである。野村證券とSBIホールディングスはNFTを使ってスタートアップ企業の資金調達を支援する検討に入ったと報じられている。野村證券は海外にデジタル資産関連の新会社を設立する。一方、SBIインベストメントも年内にNFTで出資するファンドを設立する。つまり、NFT出資という手段を持たないとNFTでの資金調達を主力とするWeb3.0企業に投資できなくなるとの懸念からだ。
私は、こうしたWeb3.0による新たなビジネスモデルの追求は、ゲームやECあるいは金融業界だけに止まらないと思っている。例えば、今回のコロナ禍とウクライナ侵攻で、多くの企業が悩んでいる問題がグローバル規模に発展したサプライチェーンにある。現在、多くの商品が、たった一つの部品がないために出荷できない状況が生じている。私も現役時代に経験があるが、直接部材を購入している一次取引業者がその商品を完成させるために、どれだけ深いサプライチェーンを抱えているかまで全くわからない。こうした多くの部品が、戦争やパンデミックの状況で、どれだけ大きな影響を受けるかなど全く想像すらつかない。
日本企業の中でも、こうした大惨事によって生じたサプライチェーンの問題で一番苦労している業界は、従来から中間在庫を最小限に留めてきた優良企業だという。もちろん、今すぐには出来ないにしても、商品完成までに必要とする部材や原材料など、あらゆる部品をタグ付けしてブロックチェーン技術でトータルに管理できれば、世界で色々な大惨事が起きても対応方針が明確にできるようになる。また、食品廃棄物を減少させるためにも、ブロックチェーン技術で在庫状況と冷凍運搬プロセスを管理できれば必ず役に立つと思われる。こうしたきめ細かな管理は、中央集権型で管理すること自体が不可能であり、Web3.0の仕組みで自律分散型制御が必要とされてくるだろう。
最近、Googleを含む、いわゆるGAFAというBigTechが従業員をこれ以上増員しないとの表明を行っている。彼らは、もはやこれ以上人が要らないのだ。そして、クラウドを中心とした設備投資も、今より遥かに大きな規模が必要なわけではない。こうした中で、シリコンバレーにおけるスタートアップが目指すものは、第二のGoogleやAppleではないのかも知れない。BigTechが、この10年ほどで築いたプラットフォームとは全く異なる構造で動作する新たなデジタルシステムが、今回のような大惨事による影響を最小限に防ぐためにも求められている。