COVID-19禍は、今まで見えなかったことを顕在化する。世界最大の感染者数に悩まされるアメリカに、これまで内在していた経済格差、人種差別といった深刻な課題を人々の意識の中核に据えた。また、本当の豊さとは何か?幸せとは何か?ということまで人々に問うている。日本でも、例えば、TVのCMが減っている。東日本大震災の時と同じく、スポンサーが消滅した時の代行広告であるACジャパンのCMや番組宣伝(バンセン)が増えている。
元々、TV-CMや新聞広告は、勃興するネット広告に蹂躙され続けてきた。まさに、既存メディアの危機である。ところが、拡大を続けてきたネット広告市場でも大きな動きが起き始めている。きっかけは、もちろん、アメリカ一番のお騒がせ屋のトランプ大統領である。トランプ大統領が投稿した人種差別的投稿に関してTwitterが警告ラベルをつけたのに対して、Facebookは、同種のヘイト行為対策が不十分だとして一大広告ボイコット運動が起きた。
消費者向けビジネスを中心とした企業であるスターバックス(94億円)、ユニリーバ(42億円)、ハーシーズ(36億円)、ベライゾン(23億円)、米国ホンダ(6億円)などだが取りやめた広告金額(カッコ内)が半端ではない。こうした企業は元来、イデオロギーや政治的立場で行動することはない。しかし、最近のコーポレートガバナンス規定では企業の社会正義、すなわちポリティカル・コレクトネスが問われているのでFacebookの姿勢を無視するわけにはいかないのだろう。つまり人種差別発言の投稿を容認するようなSNSに広告を出すこと自体が社会的正義に反するというわけである。
ところで、一昨年に亡くなった私の母が、一人暮らし中に突然倒れて入院し一命を取り止めたことがあった。退院後にも一人暮らしを続けるのは無理なので老人介護施設をネットで、いろいろ探したことがあった。その直後からSNSだろうが検索サイトだろうが、ネットに足を踏み入れると老人介護施設の広告ばかり出現するようになった。しかも母が住んでいた実家の近くの施設ばかりの広告が提示されてくる。結局、ケアマネージャーから良い所を紹介して頂き無事入居できたのだが、それ以降、突然、介護施設の広告は出なくなった。
さらに、最近、引っ越しをしたばかりのFacebookの友人の投稿が気になっている。ホームセンターに部屋の壁に取り付ける棚を買いに行って、家に帰ってきてSNSを覗いて見ると、外資系の大手家具チェーンから「取り付け棚」の広告がやたら掲示されていたのだという。事前に、ネットで検索したこともないし、誰にも話していないのに、どうして自分が「取り付け棚」を探していることを知っているのだろうと不思議に思っていたら、前の晩にパートナーとAIスピーカーが設置しているリビングで「取り付け棚」のことを話していたことに気がついた。
何とも気味が悪い話ばかりである。こんな形で示される広告を有り難いと思って買いに行くのだろうか? 広告業で使われているAIアルゴリズムは、「便利」と「不気味」の差がわからない。 GAFAの中で、GoogleとFacebookの主要な利益は全て広告である。Googleも、いろいろな新規事業を手掛けているが広告の代わりになる事業の柱は、未だに、一つも見つかっていない。広告が売り上げや利益の増大に寄与しないということが判明した時、大手の広告主はこれまでどおり、ネット広告を出し続けるだろうか?
今回のFacebookに向けての大量の広告ボイコット運動は、単に企業の社会的責任だけから生じているのだろうかと私は疑問に思っている。多分、彼らは壮大な実験をしようとしているのではないか? Facebookの広告をやめても、売り上げや利益の増減に大して影響を与えないのではないか? このCOVID-19禍でビジネスが縮小している時に、各企業は試しているのではないか? この結果、殆ど影響がないことが判れば「広告神話」は、多分、今後崩壊する。
特に、テレワークが進んで、外出しないで自宅に巣篭もりしている人たちは、外観を気にしなくなった。会社の同僚と仕事をするのなら清潔でありさえすれば普段着で良い。通勤の行き帰りで遭遇する他人の目を気にする必要がないからだ。アパレル産業が不振を極めているのも、単にお店が休業しているからだけではないだろう。ポスト・コロナ時代は、おそらく「普段着の時代」に変わっていく。そして、他人の目を気にしない、今、何が流行っているかを気にしなくなる「脱・流行の時代」になっていくだろう。
世界で一番COVID-19禍に苦しんでいるアメリカ。そのアメリカでは、広告で成立してきたメディア産業の新しい流が生まれている。それが、既にアメリカでは衰退業種と言われた新聞日刊紙のニューヨークタイムズである。昨年の4半期売上は平均で約500億円(年間2,000億円に相当)で昨年比で1.1%増。昨年の4半期利益は平均約80億円で昨年比4.4%増となっている。アメリカ第3位の日刊新聞は衰退するどころか、今や売上も利益も成長しているのだ。
4半期売り上げ500億円の内、課金(講読料)は275億円で前年比4.5%増、広告収入は170億円で前年比10.7%減となっている。つまり、年々減っている広告費を購読料の増加が上回っている。紙とオンライン合わせて550万部だがオンラインだけの購読者は4半期ごとに35万人増えており、昨年同期比で130%増となっている。当たり前だがオンライン購読の比率が高まれば高まるほど事業採算は好転する。だからオンライン購読料は月9.75ドルと極めて安い。
このように広告依存度を減らしているニューヨークタイムズは広告主の影響を受けることなく、独自に厳しい企業批判、政府批判を繰り返している。トランプ大統領が最も嫌っているメディアは、今やCNNからニューヨークタイムズに変わっていて、トランプ大統領は同紙を最悪の「フェイクニュース」と呼んでいる。こうしたニューヨークタイムズの方針が、今後のアメリカを担うと言われているミレニアル世代から大きな支持を受けていて、2020年度は新規購読者を倍増させることを計画している。
なお、アメリカの広告費総額の49%がGoogleで40%をFacebookが占めており、TVや新聞などの既存メディアは残りの11%しかない。しかし、ミレニアル世代の多くが「広告ブロッカー」というアプリによってオンライン広告を阻止しており、その総額は1兆6000億円に相当すると言われている。COVID-19禍の中で何が真実なのかを求めているアメリカで広告産業は、今後、大きく変わるに違いない。