5月12日 世界最大のカジノ運営会社ラスベガス・サンズ社が日本市場参入を断念する声明を発表した。サンズ社は、既に大阪府・大阪市からの招請を断っており、横浜市に焦点を絞ってきたと思われてきた。このサンズ社の日本市場撤退声明はカジノ推進を図ってきた林横浜市長にとっては大きな衝撃だったに違いない。確かに、この度のCOVID-19禍によって、ラスベガスだけでなく、マカオ、シンガポール、モナコなど世界中のカジノ市場で閑古鳥が泣いている。
さて、サンズが日本市場から撤退したのは、この度のCOVID-19禍の影響だけなのだろうか? 実は、COVID-19禍以前から世界的にカジノ不況は始まっていた。特に、ラスベガスの衰退は顕著で、テスラがパナソニックと合弁でラスベガス近郊に建設した世界最大の自動車用電池工場「ギガファクトリー」は、このカジノ不況を補うものとしてネバダ州政府からも大歓待を受けた。そのラスベガスの数倍の規模を有していたマカオにもサンズは進出していたわけだが、多額の公金持参で資金洗浄をしていた中国人が取締りで、すっかり姿を消してラスベガス以上に深刻な状況にある。
つまり、IR政策と称してカジノを招いて日本経済の再生を図るという国家政策は、もはや、とっくの昔に時代遅れだった。まず、ラスベガス・カジノが、なぜ衰退したかを考えてみると、その理由は二つある。一つは、「インディアン・カジノ」の存在である。「インディアン」という言葉は、本来は「ネイティブ・アメリカン」という表現が正しいわけだが、1988年に連邦議会で成立した「インディアン賭博規制法(IGRA)」に「インディアン」と明記されているので、ここでは、その「インディアン」を使わせてもらう。
この法律が施行されて、アメリカ全土で562のインディアン部族が377箇所の居留地にインディアン・カジノを設立して、年々成長を遂げ、今では年間売り上げ1兆6500億円にまでなり、当然、ラスベガスの顧客はインディアン・カジノに取られている。元々、アメリカ連邦政府はインディアンに対して大きな負い目があるので、居留地には治外法権とも言える大幅な自治権を持たせている。カジノのようなギャンブル・ビジネスは法律の規制が無い方がビジネスはやりやすい。その意味で、日本は一応まともな法治国家なので、サンズなどのカジノ運営会社から見たらビジネス環境として好ましいものではなかったのかも知れない。
ラスベガスのカジノビジネス衰退のもう一つの理由は客質の変化である。これまで大きな収入源だったカジノ・ディーラーを介したルーレット、ブラックジャック、ミニバカラといった大金が動くビジネスが大幅に縮小してしまったのだ。これはインディアン・カジノも同様である。つまりカジノが富裕層の社交場からギャンブル依存症たちの賭博場へと変化した。
ギャンブル依存症の人たちは、カジノ・ディーラーのような対人行為を好まない。むしろ、長時間、無言でスロットマシンと向き合って自己陶酔に浸る環境を好む傾向にある。統計によれば、ラスベガスカジノの顧客の大半は、ラスベガスカジノに関わる従業員だとも言われている。彼らは、長時間マシンの前に居るが小額の賭けに専念しているので、カジノにとっては決して上客とは言えない。つまり、客は入っているがさっぱり儲からないのである。
さらに、自己陶酔型ギャンブル依存症の人々は、お金を儲けようと思ってやっているわけではない。彼らは、極めて冷静で、ギャンブルで金儲けができるなど微塵も思っていない。スロットマシンに向かって、ひたすら打ち込んでいる陶酔状態が大好きで、薬物依存にも似た嗜好を持っている。別に、大金を賭けて多額の借金をするわけではないので、大きな問題ではないという指摘もあるかも知れない。確かに、彼らは、多額の「お金」を失っているわけではない。しかし、膨大な「時間」を失っているのだ。
そして、ギャンブル依存症の人々を相手に大儲けをしてきたカジノ・ビジネスの最大の競争相手が出現した。それが、スマホ・ゲームである。さらに、ビジネスの競走条件が変わってきた。「お金」を奪う競争から「時間」を奪う競争に変化したのだ。スマホ・ゲームはオンラインであれ、オフラインであれ、いつでも、どこでも出来る。お風呂でもベッドでも、電車やバスで移動中もできる。COVID-19禍で「3密」が禁じられ、パチンコ屋のように閉店要請されるわけでもなく、自宅軟禁状態でも全く問題ない。実は、それが大問題となる。
今、世界大恐慌以来の不況の中で、唯一躍進している産業はゲーム業界である。大人も子供も、COVID-19禍で自宅軟禁状態にあり、する事がないので、ゲームでもしようかということになる。そして、徐々に、そして確実に自己陶酔状態に浸るギャンブル依存症になっていく。COVID-19に感染しても多少後遺症が残ると言われているが、このギャンブル依存症に陥ると、その回復は容易ではない。
COVID-19は、まだまだ二次拡大、三次拡大の恐れがあると言われている。また、COVID-19が収束しても、次のパンデミックの到来も、それほど遠い時代ではないだろう。私たちは、こうした中で、非接触状態を保ちながら、もっと人間らしい関係を維持できる社会やシステムを模索していく必要がある。