今、世界中を恐怖に陥れているコロナウイルスは、正直、私も怖い。いつになったら、収束するのか全く見えない。70歳を超えたのに、新幹線で日本全国飛び回っているから、いつか感染して死ぬかも知れないという恐れは拭えない。先週も、常宿にしている大阪のホテルが、いつも9割近くが中国人旅行者だったことを思い出してキャンセルをした。その代わりに、朝5時に家を出て、新横浜6時11分発の「のぞみ99号」で大阪に向かった。こんなことを考えている人は私の他にも沢山いるのだろう。
SARSに続いて、中国発のパンデミックは、いつも政府の初動が悔やまれる。感染症は情報統制の盲点を突くからだ。しかし、日本で発生したらどうだったか?と考えてみても、最近の日本政府は総理大臣も官房長官も国民に隠し立てなく真実を語っているとはとても思えないから、あながち中国政府だけを批判するのは、公平ではないかも知れない。それにしても、ここまで危機が到来しても、相変わらず、中国政府が発表する数字は信頼性を欠く。中国全土の感染者と死亡者の比率は、ずっと2.1%のまま変化しない。こんなに一定に推移するものなのか?
本来、中国政府は、こうした混乱に対処するために、既に国民全ての行動が把握できる超監視社会を構築したはずではなかったのか。NewsWeekは、その疑問に次のように答えている。中国政府の監視対象は、主として高学歴のエリート層で、社会の底辺で生きている農民工は、背番号に当たるIDすら持っていない。今回、武漢の閉鎖が発令される前に、事前に察知した中間層やエリート層は、いち早く武漢を脱出したというのである。だから、今、武漢において、コロナウイルスで苦しんでいる人々は、政府から見放された人々だろう。本当に気の毒である。
最初の発見があった12月初旬から17,000人もの武漢からの観光客が訪れている日本は、今や、水際で防ぐという作戦に失敗した。遅くとも、暖かくなる4月か、5月には収束するだろうと期待されているが、当事者である我々にとっては、未だ気が遠くなるほどの日数である。日本の医療機関は中国とは比べものにならないほど、しっかりしているので、もっと致死率は低いと期待しているが、感染者数は、4月、5月の収束時期までに、かなりの数にまで達するに違いない。オリンピック開催まで、少しの猶予期間はあるものの、最大の問題は風評被害である。ただでさえ欧米人から見て、日本人と中国人の区別は殆どつかない。その上、感染者数が中国に続いて圧倒的な2位だったら欧米人の東京オリンピックに向けた観光客は日本入国に二の足を踏むだろう。
そんな、毎日、滅入るようなニュースの中で、希望が持てる事実が一つある。それは、毎年、厚生労働省が発表しているインフルエンザの感染者数の月次推移である。今年に入ってからのインフルエンザ感染者が例年に比べて大幅に減っているのが何とも嬉しい。多分、日本国民全体で、マスク、うがい、手洗いを徹底している成果が出ているに違いない。だとすれば、インフルエンザと感染経路が酷似しているコロナウイルスに対しても、我々は、うまく対応できるかも知れないという希望が持てる。