先月末、神奈川県平塚市の実家の売却を終えた。引き渡しの当日、購入された方から「台風15号と台風19号が通り過ぎた後、心配ですぐに見に行きましたが、なんとも無くて安心しました」と言って頂いた。私も、築40年を過ぎて大丈夫かなと心配していたので、本当に安堵した。立ち会った不動産屋が「最近、ハザードマップを気にする方が増えてきました」というので、「今後、ハザードマップで危険だと示された所は、評価額が下がるのですか?」と聞くと、「評価額の変更は、取引価格の動向で行われるので、取引が行われなければ変わりません」と言う。何とも、さりげない答えにしては、意味深長な話である。
台風19号の豪雨で千曲川が氾濫し、北陸新幹線の待機車両が水没したことは、私にとっても大きなショックだったが、先日、JR東日本の経営幹部の方から、もっとショッキングな話を伺った。車両は椅子の上部まで浸水し、床下の電動機器だけでなく、内装も全て使えなくなったので、全て廃却し新規製造しかないと言うのだが、こんなことになった根本原因は、JR東日本は、首都圏、関東地区、東北地区では万全の体制を敷いたが、長野地方はノーマークだったという。だから本来、北陸・長野新幹線は計画運休する必要がないとも考えていたのだが、東北新幹線と上越新幹線が計画運休するので、ついでに北陸・長野新幹線も計画運休にしたのだという。今回の台風19号の影響範囲は、長年、鉄道を運営してきたプロの想定を遙かに超えていた。
これほどの大災害が頻発する昨今、想定範囲の定義は極めて難しい。100年に一度か、1000年に一度か、1万年に一度かという話になれば、もはや際限が無い。専門家によれば、どんなに堅牢な治水対策をしても絶対に氾濫しない河川などありえないのだという。古来、河川はいつか必ず氾濫するものと考えられてきた。だから究極の治水対策は、右岸と左岸のどちらを先に決壊させるかしかないのだという。ライバルの語源は川(River)で、右岸と左岸の高さ争いに由来している。だから徳川300年の治世では、親藩、譜代の側の堤防を高くし、外様の藩の側を低くした。その意味では、今回、徳川御三家の水戸藩だった茨城県側が越水し水没したことも、従来の想定範囲では、あり得ないことだという。
そして、今回、殆ど空の状態で貯水中だった八ッ場ダムが水害防止に大きな貢献をしたと言う。大変素晴らしいことだが、今後、八ッ場ダムがほぼ満水状態になれば、こんな幸運なことは、もう二度とない。もし、数日前に豪雨が予測できれば事前に放水をして備えることができるのだが、予測が外れたら、今度は渇水に苦しむことになる。自然の猛威には、本当に人間の力は無力である。やはり、家屋や田畑など、財産の毀損はもはや仕方がないと考え、何としても取り返しのつかない人命だけをどうやって守るかと言う基本に立ち帰るしかない。だとすれば、それは危険な場所からいち早く逃げることだ。
そのために、いかにいち早く危険を知らせるかだが、それが一番厄介である。ハリケーン、カトリーナでニューオリンズに住む多くの高齢者が命を落としたのは、彼らが逃げられなかったのではなく、逃げなかったからだという。自分の長い人生経験から言えば、今回の災害からも逃れることができるという根拠のない自信が貴重な命を奪うことになった。その高齢者の妙な自信こそ厄介なものはない。たかが100年も生きていないのに1000年に一度や1万年に一度の大災害に対して、彼らの経験は全く無力である。彼らに、危険をどのように知らせて、逃げなくてはならぬという危機意識を、どのように持ってもらうかが極めて重要である。
こうした高齢者の厄介な問題に、私は先週、真正面から直面した。所属する自治会の班長会議に出席した時のことである。広報の役員の方が、災害情報を知らせるホームページを作成されるというので、私は「ホームページの作成に関しては何らの異論もないが、先日の台風19号の際の、世田谷区ホームページのシステムダウンのことを考えるとTwitterによる告知という手段も考慮に入れた方が良いと思う」と発言した。これに対して、私とほぼ同じ年代の役員が「Twitterなど知らない。私は使った事がない」と声を荒立てて異論を述べられた。かねてから、自分が所属する自治会は世の中一般より民度が高いと自負していただけに、この発言には本当にショックだった。それでも、広報担当の役員の方が「Twitterはいいですね。ぜひ検討しましょう」と言ってくださったのが、せめてもの救いだった。
私たちの自治会も例外なく高齢化が進んでいる。そうした中で、昔のように、足を使って急遽、各戸を回って緊急情報を連絡するということは、もはや不可能である。もちろん、全ての高齢者にTwitterを使えと言っているわけではない。少なくとも、その高齢者の家族や親戚に、今、住んでいる環境が極めて危険な状況にあるということを知って頂く手段としてTwitterは有効である。今回の台風19号到来の時点で、世田谷区のホームページが25万アクセスでダウンした後に、保坂区長が代わりにTwitterで情報発信をした手段は50万人のフォローでもびくともしなかった。
今後とも、日本は想定範囲を超えた災害に見舞われると覚悟した方が良い。その時に、いかに大切な命を守かを真剣に考える時期に来ている。だから有効に利用できるものは何でも使うべきである。ちなみに、私はTwitterがあまり好きではなく、最近、投稿は一切していない。Twitterは匿名を許しているため、何か投稿すれば、すぐさまネット炎上に見舞われるからだ。それでも、危機回避のためにはTwitterほど有効な手段はない。私が、フォローしているのは、首相官邸(災害・危機情報)、気象庁、東急電鉄、横浜市交通局、東京メトロ、JR東海、JR東日本、ANA、JALであり、出かける前には、必ずチェックして行く。本当に便利になったものだ。しかし、それでも、私には、まだ、大きな不安が残る。
2011年3月11日、講演で出張先の青森で、東日本大震災に被災した時のことを思い出す。停電で電気は使えず、有線、無線を含む、全ての通信網が遮断された時の唯一の情報源はワンセグTVだった。当時の私の携帯電話は、まだスマホではなく、ガラケーでワンセグTVが受信できた。私たちを泊めてくださった青森のワシントンホテルは、限りある自家発電設備から宿泊客向けに携帯電話向けの電源を供給し続けてくれたお陰で、一晩中、ロビーに、皆で集まって、あの大津波が三陸海岸を何度も襲う様子を受信できた。
しかし、今の海外製スマホには、残念ながらワンセグTVの受信機能はもはやない。今を時めく5Gも結構だが、少なくとも災害対策において、技術が進展しているとは全く言い難い。社会は技術的に高度になればなるほど、災害に対しては、逆に脆弱になっている。この災害列島で生きていくために必要な技術とは何なのか?もう一度、議論してみる余地がありそうだ。