先日、ロボットや工作機械を製造する企業の集まりで、IoTの話をして欲しいと頼まれた。大勢の専門家達の前で、今更、IoTの技術的な解説をしても仕方がないが、どうやら、IoTによって、日本の「ものづくり」は、どのように革新されるのか?という依頼らしい。さて、そう言われてみると、IoTについて、私は、人前で偉そうに話をするだけの知識を持っているのだろうかと自問せざるを得ない。そう、IoTの本質って何だろう? IoTによって何が変わるのだろう?と真剣に考えてみた。
4−5年ほど前に、シリコンバレーに行った時に、NASAの研究員に聞いてみた。「IoTって何ですかね?」と。彼は「上司からの指示を待っているのではなくて、自分で考えて、やるべきことをきちんとやるシステムだね。」と答えてくれた。 そもそも、IoTとはInternet of Things、直訳すれば、「モノのインターネット」である。「モノのインターネット」と言うからには、「ヒトのインターネット」を意識しているに違いない。「ヒトのインターネット」で、直ぐに思い起こされるのは、多くのヒトが情報交換しているSNSを思い浮かべる。このとき、SNSを通じて、ヒトは、誰かに命令されて情報交換をやっているわけではない。
だとすれば、IoTとは、モノとモノが対等に会話をして何かをすると言うことに違いない。一体、どう言うことだろう。何年か前に読んだ本に、「ヒトデはクモよりなぜ強い」という面白い本があった。ヒトデには脳がないそうだ。それでも、獲物を嗅ぎつけ、近づいて行って、捕捉し、食べて、立派に生きている。そうだ、このヒトデの体こそ、IoTの典型的な見本ではないのか。しかし、この本が主張したいことは、IoTの説明ではなくて、「リーダー不在で上手く動ける組織は最強だ」と言いたかったらしい。
そう言えば、インターネット自身も、誰も制御していない分散型自律システムである。かつて、米国がソ連のミサイルによって一部破壊されても、全体としては途絶えることがない最強のネットワークシステムとして発明したものである。中央集権型で制御されているシステムよりも、分散型自律システムの方が堅ろうだと言うことだ。同じような事が書いてある本で「愛しのオクトパス」という題の本がある。詳しい説明は避けるが、その本の内容によれば、タコは、無脊椎動物で最も優秀な頭脳を持っていて、哺乳類のネズミより遥かに賢いという。さらに、タコは8本の足(手)を持ち、合計2,500個の吸盤を持っている。この吸盤が曲者で、それぞれが多様な感覚器官を持ち、筋肉と小さな頭脳も持っている。さらに、吸盤同士は、お互いに情報交換する神経網も備えているという。
タコは、その優秀な頭脳で獲物を捕まえると、あとは2,500個の吸盤がベルトコンベアーのように、獲物を、次々と隣の吸盤へ送り出して、タコの口まで運ぶのだという。しかし、いくら優秀なタコの頭脳でも、2,500個の吸盤の制御を直接しているとは思えない。吸盤が自律的に獲物をタコの口まで運んでいるに違いない。これって、まさにIoTではないか? 創造主である神は、ヒトデやタコにIoTシステムを組み込まれたのである。さらに、神は、ヒトにも、そのお恵みを下さったようだ。NHKが放映していた、山中教授とタモリの人体に関する番組は皆様もご覧になっただろう。ヒトの体の中では、脳を介さずに、臓器同士が血管を使って情報伝達物質をやりとりして自律的に健康管理を行なっている。
それはそれとして、なぜ、今、IoTが注目を浴びているのかという疑問である。どうやら、その答えは、ドイツが言い出したIndustrie 4.0にあるらしい。IoTを用いて製造業のあり方を根本的に変える、第4次産業革命とも言われているが、なぜIndustryという英語ではなくて、Industrieというドイツ語なのだろうか? Industrie 4.0の幹事団は、SAP、Siemens、Bosch、VWとドイツを代表するグローバル企業で、当然、社内公用語は英語である。それなのに、敢えて英語ではなくてドイツ語を使ったことには、確かな意図があると私は思っている。
実は、ドイツは、中国、アメリカと共に、世界の3大製造業国家を目指している。2016年の世界財輸出シェアをみると、中国が13.8%で第一位、次にアメリカが9.4%で第二位、ドイツは8.7%と第3位で、アメリカに肉薄している。ちなみに、自身では製造業大国ではないかと思っている日本は第4位だが世界シェア4.2%に過ぎず、ドイツの足元にも及ばない。つまり、Industrie 4.0は別に世界標準などは狙ってはいない。ドイツ製造業がアメリカを抜き、中国に追いつくためのドイツの国家戦略なのだ。
そして、ドイツの輸出を支えているのは、その7割を担う中小企業群である。かつて、ドイツの製造業は日本の勃興と共に大きく衰退した。特に、消費者向けに大量生産する家電などの産業は全くダメになった。それ以降、ドイツは日本と真正面から戦わないブルーオーシャン戦略へとシフトする。特に中小企業群は、ニッチな生産材に焦点を絞って、世界中に販路を切り開く。それぞれが世界シェア40%-50%を有する、隠れたチャンピオン企業群である。一方、消費財の大量生産を得意とした日本の製造業は、韓国、台湾、中国にシェアを奪われていった。ドイツは、とっくに、その泥沼の戦い、レッドオーシャンから脱皮していたのだ。
そうした、ニッチなチャンピオン企業群をさらに強化し、世界の製造業大国にしようとする戦略が、Industrie 4.0である。それぞれがチャンピオン企業である、ドイツの中小企業群が、IoTによって、お互いにタイトな連携を可能として、あたかも一つの大企業のように強く逞しく振舞うことができる。そして、これらの中小企業群は、あくまで対等であり、誰が主導権を握るというものでもない。まさに、自律分散システムとしてのIoTにぴったりマッチングする。
もちろん、日本の製造業においても中小企業群の存在はとてつもなく大きい。しかし、ドイツと違い、日本の中小企業群は、日本独特のケイレツ組織の中で、下請けという立場で、タテの関係しか築けていない。こうした関係では、IoTの真骨頂である自律分散システムの特徴は活かせない。日本の製造業界において、IoTは、単に技術的な問題だけでなく、産業構造の基本的な問題にまで関わる大きな命題であることを認識しなければならないだろう。