今、世界の自動車産業がEVシフトへ向かうと大騒ぎになっている。私は、なぜ、今更、こうした問題が日本で議論されるのか不思議でならない。中国に行ったことのある人ならば、中国にはガソリンエンジンのオートバイが全く存在しないことは常識である。4億台とも6億台とも言われる中国のバイクは、全てEVなのだ。オートバイ市場で世界を席巻した日本メーカーは中国では全くポジションを持っていない。中国の職場の駐輪場には全て電気コンセントが整備されており、就業時間中に無料で充電でき、従業員はEVバイクのメリットを享受している。
この中国の電動バイクは殆どが鉛蓄電池を搭載しており、とにかく安価である。日本の電動自転車のようにハイテクのリチウムイオンバッテリーなど全く眼中にはない。欧州発の鉛フリーの環境政策など中国では全く関係ない。逆に言えば、中国の大気汚染は、それほどに深刻である。北京に住む7人の皇帝ですら、庶民と全く同じ汚染し尽くされた空気を吸わされている。この中国の大気汚染は、本当に深刻で、北京のPM2.0の濃度は東京の50倍から100倍である。しかし、注目すべきは、北京のNOXの濃度は、実は東京の2倍でしかない。
石原都知事が東京のディーゼルエンジンのトラックに厳しい規制をかけて、大気汚染を大幅に防いだと言われる東京のNOX濃度は、実は、あの北京と殆ど変わらないのである。ガソリンエンジンはガソリンに点火して爆発させているのに対して、ディーゼルエンジンは空気を圧縮して高温にして、軽油を注入して爆発させている。つまり、ディーゼルエンジンは空気を燃やしているのである。空気は75%が窒素であり、窒素を爆発させている以上、NOXの発生は基本的に防ぐことはできない。ディーゼルエンジンは燃費こそ良いが、大気汚染に対しては全く無力なのだ。
昔、トヨタのエンジニアに、「欧州は大半がディーゼルエンジンなのに、どうしてトヨタはディーゼルエンジンを開発しないのですか?」と聞いたことがある。トヨタのエンジニアは、「我々はVWが開発したようなクリーン・ディーゼル・エンジンは、どうやっても作れない」と言った。北欧のVOLVOやSAABのエンジニアが言っていたことと全く同じである。裏を返せば、不正でもしない限りクリーン・ディーゼル・エンジンなど作れるはずがないと言っていたのだった。事実、VWは、とんでもない不正を犯していた。つまり、船舶のように常に尿素を添付してNOXを除去しない限り、普通の自動車のディーゼルエンジンには未来がない。それが明らかになった以上、VWもメルセデスもBMWもトヨタのハイブリッドに対抗するには、もはやEVしか残されていないのだ。
水素を燃料とするFCVには、もっと未来がない。水素は最小元素であり鉄の分子の中に入り込み鉄を侵食する為に、従来のインフラ設備が全く使えない。だから安価な水素インフラなど作れるわけがない。水素、水素と叫ぶ人達は、こうした技術的課題を全く理解していない。つまり、人類は、将来の自動車の駆動装置としては電気モーターしか使うことを許されていないのだ。日本も、この現実にもっと真剣に目を向けるべきである。これから失われるであろう、エンジン関連部品業界の将来はもはやないので、早く諦めた方が賢明である。今後の、自動車産業での競争力は「モーター」と「電池」と「自動運転機能」しかない。
モーターは、まだまだ日本に競争力は残っている。しかし、電池については、電池業界の見識者は、もはやそうした議論は遅いと言う。日本の優秀な電池の研究者は、すでに中国に移ってしまったと言う。今や、電池の基礎研究に関する論文では、中国が日本や韓国を遙かに凌駕していると言うのである。日本は、これまで研究者に対する報酬があまりに低かった。韓国や中国のメーカーは、日本の優秀な研究者に対して、短期的ではあるが、日本企業の3倍から5倍の年収を約束してリクルートを行なっている。「日本の技術を守れ」と言う掛け声ばかりでは実態としては守れない。人材獲得競争は、国境を越えて行われているからだ。
私の、これまで半世紀にわたる技術者の経験から言えば、「技術はシンプルな方向に収斂する」である。往復運動を基本とするピストンエンジンは複雑な運動であり、また非効率でもある。一方、単に回転するだけの電動モーターは極めてシンプルで、ロスが全くない高効率な駆動装置である。電動モーターはガソリンエンジンやディーゼルエンジンに比べてトルクも大きいので、加速性も優れている。ガソリンエンジンやディーゼルエンジンは、どうやってもEVに勝てる見込みは全くない。あまりに往生際を悪くしないで、早く、EVへの切り替えを図った方が賢明だと私は思うのだが、いかがだろうか。