シリコンバレーは、これまでとは全く異なる手法で既存ビジネスを破壊し、新たな起業を成功させる。そうした破壊的創造という観点で、世界の注目を集めてきたイノベーションの聖域である。この度、その典型とも言えるスタートアップに巡り会えた。その名はZymergenというバイオ・テクノロジー企業だった。この会社は微生物によって新素材を生み出すことを目的としている新興企業である。この会社の共同創業者で最高技術責任者(CTO)と会食をして話を聞くほどに、ソフトバンクが、この会社に$120M(134億円)を投資した理由がよくわかった。さすが、孫さんの目利きは凄いものだと改めて感銘した。
このCTOはバイオ・テクノロジーとは全く関係ない、門外漢の物理学者である。IPS細胞の発見でノーベル賞を受賞された山中博士も4つの遺伝子がIPS細胞の出現に関与していることでノーベル賞を授与された。そこに至るまで、チーム山中にとっては、本当に涙ぐむほどの努力が必要だった。このZYmergenのCTOは、そうした山中教授のIPS細胞発見物語の景色を見て、これは、なんだか少しおかしいと感じたのだ。何で、Ph.Dを取得した高級人材が、毎日朝から晩までスポイトと試験管の間で、黙々と同じ作業をしなくてはならないのかと思ったのである。
こんな作業はロボットがやる仕事だと彼は直感した。ロボットにやらせれば、誤ってミスしたりしないし、24時間365日、文句も言わずに、ただひたすら作業を続けるに違いないと考えたわけだ。もちろんPh.Dまで取得した高級人材にはインテリジェンスもあるので、可能性が高そうな遺伝子を選んで実験をするので効率は良いのかも知れない。しかし、遺伝子工学というのは、どうも理論的に納得できる結果を必ずしも得られるわけではない。それよりも、何も考えずに、あらゆる組み合わせを、ただひたすら総当たりで実験した方が、よほど効率が良いのではないかと、その物理学者は考えた。こうした発想は、バイオ・テクノロジー専門の研究者では発想できないものだったと思う。
実際に、それは正しかった。その次に、総当たりで見つかった遺伝子を二つ組み合わせてやってみることも、総当たりでやって見た。例えば、10%新素材の生産効率を向上させる遺伝子を二つ組み合わせれば、20%の性能向上というわけには必ずしも行かないのだ、殆どの組み合わせが0%に戻り、僅かの組み合わせが30−40%の性能向上につながることを発見した。次に、この有効な2つの遺伝子変更をした同士を、また総当たりで組み合わせて、その効果を測ってみる。そうした繰り返しで、衝撃的な新素材を生み出す、新たなバイオの発見につながるのだという。そうしたプロセスで発見された新素材を見せてくれた。透明な薄いフィルムだが、摂氏400度以上の高熱にも耐えられるのだという。
遺伝子組み換えというバイオ・テクノロジーの世界に、これまでバイオとは全く関わってこなかった物理学者が、バイオ・テクノロジーの世界の開発手法を一変させた。まさに破壊的創造である。これまで、閉じられてきた世界でひたすら研究開発してきた人たちには全く想像もつかなかった新たな開発手法を、全く別な分野の人たちが考え出す。これこそが本当のオープン・イノベーションであろう。祖国を捨ててアメリカに移り住んだ、不退転の決意を持った移民が作り出した破壊的想像力の文化こそがシリコンバレーの底力となっている。
よそ者だからこそ、何かおかしいと気付くことがある。それこそが多様性の強みであろう。私も富士通をリタイアして、富士通とは全く関係のない業種の社外取締役を務めさせて頂いている。もちろん、その業種に対しては全くの素人であり、長年、それをやってきた人たちには本来敵わないはずである。しかし、当たり前のように議論されていることで、私から見れば、全く腑に落ちないことが少なからずある。そうした時には、恥を忍んで、ご意見を申し上げることにしている。「この方は、何を言っているのだ?」と直ぐには理解いただけないことも多いのだろうが、後で、そういえばと気がついて頂ければ幸いと思っている。
オープン・イノベーションとは、何も競合企業と仲良く協業をするということを意味するわけではない。幅広く、異なる業種の人々の意見に耳を傾け、自分たちがやっていることは本当に正しいのかを改めて検証するという意味で価値があるのだと思う。イノベーターは、常に現状システムの破壊者でなくてはならない。そのためには、社内の既存勢力の抵抗にも贖わなければならない。その贖うことへの正当性を立証するのに、シリコンバレーは役に立つこともあるだろう。何しろシリコンバレーは、現状に対する破壊者ばかりの集団だからだ。