2017年5月 のアーカイブ

366 シリコンバレー最新事情 (3)

2017年5月14日 日曜日

シリコンバレーは、これまでとは全く異なる手法で既存ビジネスを破壊し、新たな起業を成功させる。そうした破壊的創造という観点で、世界の注目を集めてきたイノベーションの聖域である。この度、その典型とも言えるスタートアップに巡り会えた。その名はZymergenというバイオ・テクノロジー企業だった。この会社は微生物によって新素材を生み出すことを目的としている新興企業である。この会社の共同創業者で最高技術責任者(CTO)と会食をして話を聞くほどに、ソフトバンクが、この会社に$120M(134億円)を投資した理由がよくわかった。さすが、孫さんの目利きは凄いものだと改めて感銘した。

このCTOはバイオ・テクノロジーとは全く関係ない、門外漢の物理学者である。IPS細胞の発見でノーベル賞を受賞された山中博士も4つの遺伝子がIPS細胞の出現に関与していることでノーベル賞を授与された。そこに至るまで、チーム山中にとっては、本当に涙ぐむほどの努力が必要だった。このZYmergenのCTOは、そうした山中教授のIPS細胞発見物語の景色を見て、これは、なんだか少しおかしいと感じたのだ。何で、Ph.Dを取得した高級人材が、毎日朝から晩までスポイトと試験管の間で、黙々と同じ作業をしなくてはならないのかと思ったのである。

こんな作業はロボットがやる仕事だと彼は直感した。ロボットにやらせれば、誤ってミスしたりしないし、24時間365日、文句も言わずに、ただひたすら作業を続けるに違いないと考えたわけだ。もちろんPh.Dまで取得した高級人材にはインテリジェンスもあるので、可能性が高そうな遺伝子を選んで実験をするので効率は良いのかも知れない。しかし、遺伝子工学というのは、どうも理論的に納得できる結果を必ずしも得られるわけではない。それよりも、何も考えずに、あらゆる組み合わせを、ただひたすら総当たりで実験した方が、よほど効率が良いのではないかと、その物理学者は考えた。こうした発想は、バイオ・テクノロジー専門の研究者では発想できないものだったと思う。

実際に、それは正しかった。その次に、総当たりで見つかった遺伝子を二つ組み合わせてやってみることも、総当たりでやって見た。例えば、10%新素材の生産効率を向上させる遺伝子を二つ組み合わせれば、20%の性能向上というわけには必ずしも行かないのだ、殆どの組み合わせが0%に戻り、僅かの組み合わせが30−40%の性能向上につながることを発見した。次に、この有効な2つの遺伝子変更をした同士を、また総当たりで組み合わせて、その効果を測ってみる。そうした繰り返しで、衝撃的な新素材を生み出す、新たなバイオの発見につながるのだという。そうしたプロセスで発見された新素材を見せてくれた。透明な薄いフィルムだが、摂氏400度以上の高熱にも耐えられるのだという。

遺伝子組み換えというバイオ・テクノロジーの世界に、これまでバイオとは全く関わってこなかった物理学者が、バイオ・テクノロジーの世界の開発手法を一変させた。まさに破壊的創造である。これまで、閉じられてきた世界でひたすら研究開発してきた人たちには全く想像もつかなかった新たな開発手法を、全く別な分野の人たちが考え出す。これこそが本当のオープン・イノベーションであろう。祖国を捨ててアメリカに移り住んだ、不退転の決意を持った移民が作り出した破壊的想像力の文化こそがシリコンバレーの底力となっている。

よそ者だからこそ、何かおかしいと気付くことがある。それこそが多様性の強みであろう。私も富士通をリタイアして、富士通とは全く関係のない業種の社外取締役を務めさせて頂いている。もちろん、その業種に対しては全くの素人であり、長年、それをやってきた人たちには本来敵わないはずである。しかし、当たり前のように議論されていることで、私から見れば、全く腑に落ちないことが少なからずある。そうした時には、恥を忍んで、ご意見を申し上げることにしている。「この方は、何を言っているのだ?」と直ぐには理解いただけないことも多いのだろうが、後で、そういえばと気がついて頂ければ幸いと思っている。

オープン・イノベーションとは、何も競合企業と仲良く協業をするということを意味するわけではない。幅広く、異なる業種の人々の意見に耳を傾け、自分たちがやっていることは本当に正しいのかを改めて検証するという意味で価値があるのだと思う。イノベーターは、常に現状システムの破壊者でなくてはならない。そのためには、社内の既存勢力の抵抗にも贖わなければならない。その贖うことへの正当性を立証するのに、シリコンバレーは役に立つこともあるだろう。何しろシリコンバレーは、現状に対する破壊者ばかりの集団だからだ。

365 シリコンバレー最新事情(2)

2017年5月14日 日曜日

最近、「フィンテック」という言葉をよく耳にされるだろう。これは金融工学、フィナンシャルテクノロジー(Financial Technology)の略語であり、フィンテックはFin Techから来ている。最近の「フィンテック」の中身である「金融工学」は、リーマンショック前に盛んに行われた「クオンツ」とは全く違う。「クオンツ」は優秀な数学者たちが、信用度がBクラス以下の不良債券を切り刻んで再合成することにより最上位のAAA債券を新たに作り出すと言う詐欺まがいの技術だった。今の「フィンテック」は、誰も支配していないインターネット空間に「ブロックチェーン」と言う技術を使って新たな信用創造を計るものである。

中央銀行を含めてあらゆる金融機関は、これまでも、これからも信用をベースに成り立つ業態である。ここに、従来とは全く違った新たな信用を作り出すことによって、金融機関を通さないで金銭の取引ができるようになる。これが実現すると、仲介業者がいなくなるぶん手数料が安くなるだけでなく、取引のスピードも上がる。この新たなフィンテックが登場したのが、マイナス金利時代という現行の金融機関にとっては最悪の時期でもあった。こうした世界情勢と新たなテクノロジーの出現が、世の中を一層混沌とさせている一方で、既存ビジネスの破壊者にとっては千載一遇の機会を与えている。

元来、シリコンバレーはテクノロジーによって既存ビジネスを破壊し、自らが、その商圏を奪取すると言う破壊的創造者たちが集まる地域である。だから、フィンテックに限らず、「何とかテック」と言う領域は山ほどある。3年前、JMOOCの理事になり教育関連ビジネスの調査でシリコンバレーを訪れた時に「Ed Tech : Education Technology 」という分野があるのを知った。人工知能を用いて個人別授業を行うという最終目標に向かって、大学教授をはじめ多くの人が、いろいろな角度から挑戦をしていた。

今回は、自然エネルギーや大気や水の浄化を行う「Clean Tech」、農業関連の「AG Tech: Agriculture Technology」、そして宇宙ビジネスを目指す「Space Tech」に巡り合った。そして、いずれにも共通しているのは、その分野で昔から研究されてきた技術を、さらに磨いて使うというよりも、シリコンバレーらしく、ICT技術を駆使して一気に違う視点で新たな競争力を生み出すという考え方で開発が進められている。「AG Tech」のコンファレンスに参加して聞いた話では、地球温暖化に伴う気候変動に対して、いかに作物を守るかというという話だけでなく、労働力不足というアメリカ農業が抱える深刻なテーマもあった。

アメリカの農業では、小麦や大豆、トウモロコシといったメジャーな穀物については、大規模化と自動化が進んでいて労働力不足など全く考えられないように見えるが、例えば、イチゴやレタスなど、相変わらず人手による収穫作業が必要なものについては、現在、不法移民に頼っている。トランプ政権の誕生で、今後、不法移民が一掃されれば、アメリカ市民は、今のような安価な値段で、イチゴやレタスを食べられなくなる。この問題は、そう簡単には解決できそうもないが、日本だって同じ問題を抱えている。収穫作業を中国や南アジアの研修生に依存している作物は数え切れないほどたくさんある。

このAG Techに参加して、私は、大変嬉しいことがあった。センサー・モニター関連の分科会に参加しようと会場に行ったら、既に立ち見が出ているほど満員だった。そこで、どこか空席はないかと見渡したら最前列に一つ席が空いていたので、そこに座ることにした。席について壇上を見上げると、パネラーの一人が昔の部下、Manuであった。Manuは、インドからアメリカに渡ってきて富士通に入社した。社内でも評判が立つほどの最優秀のエンジニアだった。私は、製品が顧客先で問題が出ると、その解決策を、いつもManuに依頼していた。Manuも私に気がついてくれて、自己紹介では、自分は昔富士通に勤めていて、その時のCEOである伊東さんが、今、私の目の前に居ますと言ってくれた。本当に感動ものである。

さて、富士通を辞めて半導体の会社を起業したはずのManuは、今、何をしているのだろうか? パネル討論会が終わって、Manuは「メイン会場で開かれる私の会社の共同創業者であるロジャー氏の講演をぜひ聞いて欲しい。ロジャー氏はサイプレス・セミコンダクターの創業者だ。」と言った。サイプレス・セミコンダクターと言えば、シリコンバレーでも名のしれた老舗の半導体企業で、現在もグローバルに活躍している。その創業者であるロジャー氏が講演するというので、メイン会場は聴衆で満席である。どうやら、Manuとロジャー氏は土壌センサーを開発したようである。

半導体企業のトップが、農業技術フォーラムで講演するというのは、いかにもシリコンバレーらしいが、ロジャー氏は、最初に開発した土壌センサーの話を簡単に説明した後は、ナパバレーにおける5年間の栽培実験の話をセンサーから採取したデータをもとに丁寧に説明を続けていった。ナパバレーのブドウ畑は傾斜地にあるが、その傾斜の角度が土壌の水分量に関わってくるという話は何回か聞いたことがあるが、ロジャー氏ほどデータをベースに厳密に語られる話は聞いたことがない。

ロジャー氏が説明したのは、土壌センサーだけでなく、それを使った自動灌漑システムの話と、そのシステムを使えば、ブドウの糖度を自由にコントロールできるという、大変説得力のある話だった。講演が終わった後で、私はManuに「素晴らしい。感動したよ。」と言ったら、「伊東さん、今度、日本へ行って山梨や山形に売り込みに行きたいと思っている」と言うので、「出来ることは、手伝うから、また連絡を頂戴よ」と言って別れた。今度の、シリコンバレー訪問でも、また一つ良い話が聞けた。

364  シリコンバレー最新事情(1)

2017年5月11日 木曜日

今年のGWは9連休だったが、毎年、この時期にシリコンバレーを訪問しているので相変わらず私は連休とは無縁である。日本から一緒に同行して頂いた方々には大変申し訳ないと思うが、この世界屈指のイノベーション地帯を歩き回ることに9連休を潰すだけの価値は十分にある。私も、人前で偉そうに講演などしている立場から、少なくとも年に1回は、この地を訪れていないと話にならないという危惧がある。そして、今年は、いつもと違うジャンルの話を沢山聞くことができた。

そうした具体的な話をする前に、まず一般的な話をしたい。ご存知のように、世界最強のイノベーション聖地であるシリコンバレーの破壊力は移民に大きく依存している。Appleはシリア移民の子、Googleはロシア移民の子、シリコンバレーから少し離れるが同じ西海岸のシアトルの巨人Amazonはキューバ移民の子が興した企業である。この3社が、アメリカの株価上昇の大きな原動力になっている。それにも関わらず、トランプ大統領は移民制限を重要施策としているのだが、驚くことに、このトランプ大統領の移民制限政策をカルフォルニア州以外の米国の殆どの地域の人々は支持している。

つまり、イノベーションによって富を蓄積しているのは、全米でも、このシリコンバレー地区だけである。Amazonの創業者であるペゾスは、ビルゲーツを抜く勢いとなった。このように大富豪に上り詰めた人々の中には移民の2世、3世が多く含まれている。日本と同様に、アメリカも「やっかみ文化」で、他人の成功ほど面白くないものはない。つまり「移民がたくさん来るから俺たちはいつまでも貧しいのだ」と思っている白人が沢山居るのである。彼らは、古き良きアメリカの誇りを今でも持ち続けて居るので、トヨタやホンダが自動車工場を建設しても、そこで汗水流して働こうなどとは全く思っていない。だから、勤勉な移民は、ますます豊かになり、怠惰な白人はますます貧困になる。アメリカの新たな分断は本当に深刻である。

一方、シリコンバレーの勢いは一向に衰えることを知らない。クパチーノのアップル新本社やサンフランシスコのセールスフォースタワーなど大規模な建設があちこちで起きている。建物は、どんどん増えるのに道路は全く増えないのだから、深刻な渋滞は日常化している。さすがに、金曜日だけは、通勤に疲れ切った人々が自宅でテレワークするせいか、道路は休日並みに空いている。しかし、こんな活況の中で厳しい移民制限が行われると、シリコンバレーの原動力は間違い無く毀損する。今回、いくつかのスタートアップを訪問して話を聞いて見ると、そのための対策がすでに始まっているような気がしてきた。もはや、シリコンバレーに住む人たちだけでは、小さな会社ですら成り立たないようである。例えば、研究開発はロシアや東欧、ソフトウエア開発はバンガロール、ハードウエア開発は深圳へと、シリコンバレーから世界各地にアウトソーシングをしないと完結出来なくなっている。

そして、もう一つ、シリコンバレーの発展に寄与しているのが潤沢な資金である。新興国から行き場のない膨大な資金がアメリカへ流入しているので、優秀なスタートアップはベンチャーキャピタルを選別するようになった。つまり投資したくてもスタートアップから断られる時代になったのである。優秀なスタートアップは急成長するので、何段階にも渡って巨額の資金需要がある。その需要に間断なく資金を供給し続けられる立派なファンドでないと彼らも困るのだ。投資意欲さえあれば、いつでもスタートアップから歓迎され、彼らの話を聞けると思ったら大間違いだ。

今や、シリコンバレーは中途半端な気持ちで話を聞きに行っても、誰も相手にしてもらえないと思った方が良い。シリコンバレーのスタートアップが、忙しい時間を割いて真剣に議論をしたいと思っている相手は、一緒に協業できるパートナーか、彼らの商品を売るディストリビュータか、あるいは最終顧客になる可能性を持っている人たちである。特に、人工知能は基礎研究の時代から応用開発の時代に突入しており、人工知能を使って何をするかが重要となってきた。もちろん、それはスタートアップにとって重要な企業秘密であり物見遊山の訪問者に見せたり話してくれるわけがない。

自分たちは何者であり、今、どういうビジネスをしていて、どんな技術を持っているかを述べて、これから、こうしたビジネスをしたいと思っているので、あなた方と、こういう形で協業をしたい。こうした具体的な提案が出来ないと、シリコンバレーのスタートアップは簡単には会ってくれない時代になった。シリコンバレーだけで、年間17,000ものスタートアップが起業して、成功するのは5本の指だけあるか?という厳しい競争に、毎日、命をかけている連中には、今、日本で盛んに行われている「働き方改革」の議論など全く理解できないと思われる。

グローバル競争に勝ち残るには、誰もがやっていることと同じことをしたらダメだ。もし、世界との直接対決を避けてのんびり幸せに生きていきたいと望むならば、誰も考えないようなことをするか、誰もしたがらないことをするしかない。さて、貴方に、その覚悟は本当にあるのだろうか?