来週、11月8日に行われる米国大統領選挙。トランプ大統領出現という、本来ありえないことが起きるかもしれないという恐怖が金融市場を揺るがしている。英国のEU離脱というBrexitも大半のメディアが、ありえないと言ってきたことが見事に裏切られた。人類の歴史は、多くの人々が有りえないと思っていることが、たびたび起きていることを証明している。
1932年1月2日、ドイツでヒットラーが率いるナチは、内部分裂により勢いを失い、誰もが消滅するものと信じて疑わなかった。しかし、その30日後の1932年1月31日にヒットラーは正式な手続きを経てドイツの首相に選任された。その後、ありえないことが起きた後のドイツは狂気の歴史を刻んでいく。しかし、あのような狂気の沙汰が、ヒットラー、たった一人の力だけで出来たのだろうか? 当時の、多くのドイツ国民の気持ちが、ヒットラーの主張に寄り添っていないと、とてもできることではないように思える。
今回の米国大統領選挙も、それと全く同じであろう。そもそも、トランプ氏が共和党の正式な大統領候補になったということ自体がありえないことであった。だから、トランプ氏が米国の大統領になるということだって、ありえないことだと決めつけるわけにはいかない。日本には、社会的に地位のある方やメディアが直接語ることができないタブーが沢山あると言われている。そして、アメリカには、日本より遥かに多くのタブーがあるとも言われている。
一見、無茶苦茶な発言を繰り返すトランプ氏が、ここまで人気を博したのは、そのアメリカのタブーに果敢に踏み込んでいるからだと言われている。つまり、アメリカ社会には、建前の綺麗事で語られることとは程遠い格差と差別の実態がある。オバマ大統領の最初の選挙の時には、アメリカの弱者や若者は、息苦しい現実の打開に対してオバマ候補に大きな期待をかけた。今回の選挙戦で、彼らは民主党の予備選挙でクリントン氏と戦ったバニー・サンダース候補に期待をかけた。その彼らが、サンダース候補に勝利したクリントン候補を力強く応援するとはとても思えない。
アメリカから遠い日本に住む私たちは、今、アメリカで起きていることをアメリカ国民以上に冷静に直視し出来ている。一方、当事者であるアメリカ国民は、多くの共和党員はトランプ氏を支持するFOX-TVしか見ないし、多くの民主党員はクリントン氏を支持するCNN-TVしか見ないのだという。だから、共和党員も民主党員も、公平な立場で、両候補間で、どのような議論がなされているかが全くわかっていない。
アメリカのメディアが犯した、もう一つの大きな罪は、トランプ氏が、ここまでのし上がってくるということを想定しなかったことだという。当初、共和党内の予備選挙では十数人まで候補が拡大し、しかも、どの候補も圧倒的に優位という状況が見えなかった。その中で、メディアは、政治経験が全くない異色のトランプ候補を面白おかしく取り上げることに血道をあげた。その方が、視聴率が上がるからである。本来は、その間に、トランプ候補が、これまで生きてきた過程での多くの疑惑を詳しく調査して国民に知らしめるべきだったのに、それを怠った。
しかし、もう遅い。トランプ候補が、ここまで巨額の資産を築くまでに行ってきた多くの疑惑を丁寧に解説している時間は、もはやない。もともとアメリカの各州は、歴史的に共和党、民主党を支持する州が決まっている。大票田テキサス州は、これまでずっと共和党支持だったし、今回も、ほぼトランプ支持で決まっている。したがって、どちらに決まるかというキャスティングボードを握っているのは、両候補が拮抗する接戦州(Swing States)の戦いである。
それにしても、Swing States(揺れる州)とは面白い表現である。今日現在、このSwing Statesは次の11州である。州名の後の数字は、最初がクリントン支持率、次がトランプ支持率である。この数字を見ると、本当に接戦だということがよくわかる。Colorado(43.8 39.8),Florida(45.6 46.0),Iowa(41.2 44.0),Michigan(45.0 38.8),Nevada(46.0 44.2),North Carolina(46.6 45.6), New Hampshire(43.4 41.4), Ohio(44.2 46.4),Pennsylvania(47.6 42.4), Virginia(45.2 41.2),Wisconsin(45.4 40.2)という、これらの数字は、FBIでメール問題が再び取り上げられた、今日現在、益々トランプ氏有利に動いている。また、過去の歴史からも、Swing Statesの動向を占うにはOhio州を見るのが一番良いとも言われている。
誰が見ても、アメリカの大統領に相応しいのはトランプ候補よりクリントン候補に決まっている。しかし、同じ対比で言えば、過去には、ゴア候補はブッシュ候補に敗れた。人種間差別は一向になくならないアメリカ、格差は一層酷くなるアメリカ、中間層は益々弱体化し、貧困層が拡大するアメリカに置いて、いかに聡明なクリントン候補であっても、現状のアメリカを変えられない権力者側の立場にいると見られた時に、あり得ないことが起きる可能性は誰も否定できない。